村の生活
これが最後です。これからは不定期になるかと。皆さんの応援があれば早くなるかなーとか思ったり、はい。
伊吉の家に居候し始めて3日がたった。引きこもり生活の直家からすれば怒涛の3日であった。正勝様とのお話が終わった後に、借り受ける土地を見にいき、そこの畑を耕すのを手伝う事に決まった。(伊吉と直家がそこの畑を耕すので与吉は仕事の量が減らないことを知って落ち込んでいた。)その他には、薪割り、家から離れた清水の湧き出る水源までの水汲み、浅く山に入り木の実や山菜などを採取しに、その他色々な事をやった。全てが初めての事で、薪割りは斧を上手く振れず、水を零して、山では疲れて動けなくなり、何ひとつ満足にこなす事は出来なかったが、今までになかった充実した疲れが、失敗しても笑って許してくれる伊吉の家族が、直家に勇気を与えてくれる。頑張ろうと力が湧いてくる。元の世界で澱んでいた目も今では変わっている。
今日も伊吉の家族と一緒に朝食を食べ(正直全然足りないが)伊吉の借り受けた畑へでかける。そんな道中、伊吉に気になったことを色々と質問している。
「そう言えば、何で村の中とかに妖怪とか入らないの?たまに来るらしいけどこの3日はいないし」
「あー、それも知らんのだな。正勝様のお屋敷の隣に小さな神社があるだろ?詳しいことは分からんが、結界?のようなものをはっているらしい。それによって、魔物が近づかなくなるんだよ。それでも、あの神社から遠くなると小鬼だとかが、出てくるようになる。俺らの借りた畑は遠いから出るかもしれんから気をつけろよ」
「そうなんだ…」
畑を借りれた時は畑が増えたから良い事だと言っていたが、魔物が出るような畑を耕さなければいけない。伊吉にとっても負担は大きいはずだ。見知らぬ人のためにそこまでしてくれるのかと思う。もはや返しきれないだけの恩があると、直家は思っている。
「今更だけど、ありがとうな。こんな俺のためにここまでしてくれて」
「なんだ、急に。別にそんなんじゃねぇよ。俺は俺の考えがあってやってんだよ。畑だって遠いけど、借りれた。これで来年は今年より生活が楽になる。それに、お前だって記憶が戻ったら俺に対して恩返ししてくれるだろ?そこまで考えて、やってんだよ」
口ではこんな事を言うが、顔が少し赤くなり、照れている事がわかる。何だかんだ言いながら、すごく優しい奴だ。俺は商家の息子ではないのは何となく、伊吉も気がついているはずなのに。
「ははは、そうだな。そん時はちゃんと恩返しするさ。どんな形になるか分からんが」
「何を笑っている。ふん、良いからいくぞ!」
「ん?なぁ、なんか畑の方に変な奴がいないか?」
「!!ありゃ…」
畑の方に人影の様な物があると思って目を凝らして見てみると、何か猿の様な物が畑の方にいる。まだ畑には、何にも作物がなってはいないので取るものが何も無いはずだが。
「ありゃあ、はぐれ赤猿だな…。小鬼と同じで、作物を食い荒らす妖怪だよ。小鬼より小さくての逃げ足が早い。力も強いくて、厄介だよ。基本は群れで行動している奴らだから、臆病だ。まだ畑に作物がなってないから多分迷ってここに出たんだろう」
鍬をお互い持ち、武器自体はあるので前の小鬼戦よりは条件はよい。
「どうせ、1匹しかいないから少し脅かせば逃げるだろ。いく
ぞ。」
「わ、わかった。」
以前小鬼と戦った時は死ぬほど怖くて、実際何度か死んだと思った。正直もう、ああいった妖怪だとかとは会いたくも無いし、戦うなんて冗談じゃないが、ここは伊吉の大事な畑だし今以上に伊吉に頼る理由にはいかない。ここでしばらくは暮らして行くというのはこう言ったこともやらないと。
「前は正勝様に怒られたが、今回こそ村の中だ大声を出して追っ払うぞ」
「わかった」
赤猿がいる所まで少し小走りで行き、鍬を構えて大声を出す。それに対して、近づいてくる伊吉と直家に警戒しながら、森の中に逃げる。しかし、奥まで逃げたわけでは無く、少し遠い所からこちらを見ている。
「どうする?」
「気にせずやるしかないだろ。俺らじゃあいつに追いつけないし、こんな事に正勝様を呼ぶわけにはな。あいつも食べるものが無いとわかれば諦めて他のところに行くだろ」
無視しろ無視、と言いながら畑を耕し始める。何となく気になるが、そういうものと思うしかないだろう。あいも変わらず、非力だしもし襲われたらと思うと怖いが。伊吉にあまり離れないようにしよう。
日が高く上り、そろそろ休憩かなといった時間になった。この国では1日2食らしく昼食というものは無いらしい。とはいえ小腹は空くので、軽くおにぎりとかを食べる。伊吉のお母さんの作った塩味の付いたおにぎりは美味しい。量としては全然足りないが、すごく充実感がある。この3日で少し痩せて来た。目指せ、スリムボデーだ。
「あ!そういや、母ちゃんのおにぎり持ってくんの忘れた!!」
「え!!本当!!ど、どうする?」
「うーん、仕方ない。走って取ってくるから待ってくれ。」
「あー、わかった。悪いけど頼む」
じゃ、行ってくる。と言って、伊吉が走って行った。赤猿が近くにいる状態であまり1人になりたくないが、そんな事でここに引き止めるのは悪いと思ったので引き止めなかった。さっきから赤猿も見ないし、多分大丈夫だろ。
「っと、思ったら出やがったよ」
さっきまでいなかったはずなのに伊吉が姿を消した後、森の置くから出てくる。まだまだ、遠いが鍬を持って警戒した方がいいだろ。なかなかしつこい奴だ。たった3日しかたってないが日に日に身体が強くなっている気がするので、少し気が強くなっている。よく分からないけど、この世界には妖気とかがあるらしいし、俺もそれで少し強化されてるとかだろうか?まぁ、分からんが。
「伊吉が、帰ってくるまで四半刻ぐらいだろうし。大丈夫、大丈夫」
とはいえやはり怖いことは怖い。なんか少しづつ近づいて来ているし。に、逃げたい。
「えぇい、先手必勝!こらぁ!こっち来んなぁ!わぁぁぁ!」
「キキ!シャァーー!!」
こちらから赤猿に近づいていき威嚇する。伊吉と一緒にいた時はこれで逃げたが、今度の赤猿は逃げない。それどころか、今にもかかって来そうな位の剣幕だ。それに、こちらが少し気圧される。それを見た赤猿は相手が弱いと確信したのか襲いかかって来る。
「わ、わ!くそ!こっち来んな!」
その迫力に、完全に腰が引け物凄い逃げ腰のような感じだが、何とか鍬で応戦する。赤猿の方が素早いが小さい、現実世界にいた猿と同じ位のサイズ感だ。顔は遥かに凶暴だが。鍬を槍のように使い相手の届かない所から赤猿を叩く。伊吉の真似だ。
「こら!この!オラァ!ひぃ!」
とはいえ、赤猿は力が強く体の小ささの割には丈夫だ。直家の攻撃などたいして効いてはいない。とはいえ、距離を置き近づけさせないこと位は何とかなる。直家の方が力が弱いのだから、押し倒された終わりだ。悲鳴を上げながら必死で、赤猿をいなし続ける。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、クソォ!いい、かげん!諦めろ!よ!このぉ!」
近づくたびにボコボコと殴られるが、一切怯まず、疲れた様子もなく突進してくる。最初から危うい鍬捌きだが、疲れてきてほとんど力が入らなくなって迎撃するのも怪しくなってきた。
「はぁ、はぁ、このぉ!ぐほぉ!」
遂に、赤猿に近づかれ腹にタックルを受ける。直家の方が遥かに身長が、高くて重量もあるが凄まじい衝撃に少し吹っ飛ばされ背中から転ぶ。
「や、やばい!この!猿!どけ!ひぃ!なんだよちくしょう!」
「キシャァァ!」
勝ち誇ったような顔でこちらを強い力で押さえつける。
「なんだこの赤猿!小鬼より力が強いぞ!?」
ギリギリと赤猿の手が肩にくい込むが、まだまだ赤猿は余裕がありそうだ。この赤猿は小鬼と違い人間を食べる訳では無いが、邪魔なら容赦なく襲うらしい。普通の人ならこのような弱い妖怪に負けない。赤猿も小鬼も脅威なのは群れでの数だ。1匹に負けるというのはいかに直家が、弱いかというのがわかる。
「だれかぁ!たすけてぇ!死ぬ!」
村から少し離れた所だから人がいる可能性は少ないが助けを呼ぶ。マウントを取られた状態ではもうどうしようもない。
「キキ!」
その時、何かが近づいて来る足音が聞こえる。それに赤猿も気が取られたのか、少しだけ力が緩み足音のした方を向く。その瞬間に、火事場のバカ力とか色々なもの全てを動員して起き上がる。
「この!がぁりぁ!」
「キ!?」
直ぐに力を入れたがマウントから抜け出し、慌てて距離を取る。
落ちた鍬を拾いまた構える。先ほど近づいて来てくれた、人の方も見る。
「おい!大丈夫か?なんか、悲鳴が聞こえてたから来たが…。お前、最近この村に来た奴だろ?」
「は、はい。そこにいる赤猿に襲われて…。来てくれてありがとうございます」
「あぁ、そうだったのか。災難だったな。ただでさえ記憶が無いとかで大変なのによ。んで、他には?」
「他?」
「赤猿は1匹だけじゃねぇだろうよ。1匹だけだったら、やられるわけがないし、自分の方が強いと思わなければ襲ってこないような嫌な妖怪だぞ」
「…………1匹だけです。それにやられました。」
「……………そりぁ…まぁ、悪い。他にいないのはいい事だ、流石に何匹もいちゃあ分が悪い。」
駆けつけてきた30位後半位の無精髭の生えたおじさんとの間に微妙な空気になったが、持ってきた鎌で少し威嚇するとまだ少し様子見をしていた赤猿が山の奥に逃げて行く。だが、まだそれほど遠くに行ってない。本当にしつこい妖怪だ。
「そういや、おめぇ伊吉と一緒じゃねえのか?何でいないんだ」
「あぁ、それは」
おにぎりを取りに行っていることを伝え、納得していた。名前は安兵衛と言い、この畑の近くの山で木の実や山菜などを取っていたという。運がよかった。と、色々と話をしていると伊吉が帰ってきた。
「取ってきたぞ〜。…どうかしたか?」
「おお、伊吉帰ってきたか」
「あれ?安兵衛さんじゃないか、どうしたんだ?」
「いやよ、こいつが赤猿に襲われていてよ助けに来たんだよ」
「そういう事です…」
「あいつまだいたのか…、そりゃ悪かったな直家。怪我とか無いか?」
「いや、特に無いよ。危うくやられるところだったけど」
「なんにしてもだ、無事で良かった。言いにくいが、おめぇは妖怪と戦うには弱すぎる。危ないと思った時は直ぐに村の人に助けを呼べ。俺らみたいな村の人は助け合いだからな」
本当にそうだ。この3日が調子良くて気が大きくなっていた。まだまだ自分は、弱い妖怪にも負けるくらい弱い存在だということを自覚しなければ。今回は安兵衛さんが近くにいてくれたから何とかなったが次はどうなるか分かったものではない。それに、怪我はないが服が破れたら大変な事になっていた。ちなみに今の姿は正勝様に前着ていた服を差し出した代わりに、下着(褌である)を含めて古着1式貰ったので、それを着ている。前の服では目立ち過ぎる。
「はい…。もしもの時は頼りにさせてもらいます」
「あぁ、それでいい。ここら辺じゃ少ないが普通の人では相手にならない妖怪もいるんだ。村の中では助け合わないといかん。俺以外にも村の人は皆優しいから頼れよ」
じゃ、俺は行くからな。と言い、山の奥に消えていった。伊吉も今回ようなことがもう無いようするとも言われた。しかし、何時までも一緒にいるという訳にはいかない。ある程度は自衛出来るようになる様に鍛えろともいわれた。
「いくら何でもお前は弱すぎるぞ。力なんか子供並に弱い。そんなんじゃ記憶が戻る前に死んじまうぞ。ましてや、妖気も感じる事ができないのは致命的だ。妖術を覚えろとは言わんが、妖気を感じたりとか位はした方がいいぞ」
「うん、それは少し思ってた。でも、全然そんな妖気何ての感じないし…。どうやって覚えれば良いのか…。そう言えば、妖気と妖力って何が違うの?」
「あー、厳密には意味が違うらしいが…。あんまり気にしなくてもいいぞ。俺も聞かれるとよく分からんし」
「そうなんだ。うーん、どうやれば妖気だとかを感じることが出来るようになるのかな。なんか、子供の時とかにやらなかった?覚えるための事とか?」
「……そんなもの無かったと思うな。少なくとも特別な事など何もしなかったとは思う。お前の俺の普通が同じだったらな。ふー、しかし、あって当たり前のものを無いと思う人に説明するするのは難しいな」
結局結論は出ずに、午後の農作業に戻っていった。伊吉は、一応色々と考え方見ると言いった。ちなみに、赤猿はさすがに諦めたのか姿を消していた。
4日目の朝、朝日が登ると同時に起床。今までの生活では考えられない早起きだ。これでも、直家は起きるのが遅いほうだ。伊吉母さんはまだ暗い時間に起きて朝食を作っている。火を起こしす所から始めるので前の世界より遥かに時間はかかるのだ。妖術でパッとできる人もいるようだが、普通の人はできない。ちなみに、伊吉の出来る妖術は何かを切る事と、風を生み出す事、最後に長い時間集中すれば人を吹っ飛ばせる位の衝撃波を1回だけ出せるという事。有効なのは、何かを切ることと、暑い時に風を生み出す事くらいで、それにしたってもっと手早い手段はいくらでもある。最後のにいたっては自分から突っ込んで吹き飛ばした方が早くて威力も強い。この村で少ない妖術使える1人だが、実際に使えるのはほとんどいないらしい。
とはいえ、妖気、妖力を全く感じなく使うことも出来ないのはよろしく無い。この村での民間療法でも相手に妖力を与える事が治りを早くすると言う。そして、皆は自覚していないが多分妖気、妖力を知覚し無意識レベルで使っているのだろうとは思う。よく考えて見ると、小鬼から逃げる時の伊吉はいくら何でも早すぎたし、与吉もあの歳なのに直家よりも遥かに強い、ましてやこの村の女性は皆前の世界の男性並に力が強い。村で農作業をやっているからというのも理由にあるだろうが、それにしたって異常だ。
だから、妖力を使ってかどうか分からないが何らかの方法で肉体を強化しているのだろう。そう考えると、自分との異常な力の格差も頷ける。
「とは言えなあ、どうしよ…。全然それっぽいの感じないし」
「なに、朝から悩んでんだよ。飯食って、畑にいくぞ。まだまだ全然耕して無いところがあるんだからな」
わかったと言い、用意されていた飯を食べて、出かけようとした時だった。
「朝早くにすまないな。正勝様に伊吉ってのと直家ってのを呼んで来いと言われてな。今すぐお屋敷にきてくれるか?」
30代位の年齢の村人言った感じの人ではなく、正勝様と同じように戦いを生業とするものの雰囲気を纏い、腰に刀を帯びている。そんな、男の人が玄関に立っていた。