出石村への帰郷2
これで帰郷編は終わりです。
「いててっ。あー、身体が痛い…」
何故帰ってきてこんな仕打ちを受けるのかという気もしなくも無いが、稽古つけてもらえるだけありがたいのだろう。そう思わなければやってられない。
空に登っていた太陽は地に落ち周りはもう暗く、手に持つたいまつの弱い光を頼りに伊吉の家へ目指す。伊吉の家までの道のりは1年も住めば覚えるので問題無いが、何が何処にあるかなどはまったく分からないためいつもより余計時間がかかった。
「…やっと着いた。光があるからまだ寝てないと思うけど…」
夜遅くに訪ねるのは失礼だろうか?と思ったが、1年も一緒に暮らしていたのだ、変に気を使うと伊吉が怒りそうだ。
「すいません!誰かいますか?」
「誰だ?こんなに遅くに…………って直家じゃないか!?久しぶりだな、帰ってきてたのか!」
「おぉ!伊吉!久しぶりだな!今日帰ってきたところだ!」
戸を開けたのは伊吉だった。最初の声は訝しげな感じだったが直家の顔を見た瞬間に嬉しそうな表情になる。
「兄ちゃん誰〜?って、直家さんじゃない!久しぶり!」
伊吉の声を聞いて与吉も出てきて、さらに奥から父親と母親も出てきて、ひとしきり挨拶をすると家の中に誘われ、懐かしい家の中へ入った。
「……変わってないですね」
「そりゃそうだ。貧乏農民なんて暮らしてくだけで精一杯なんだからよ」
笑いながら伊吉がそう言い、一年前と同じように囲炉裏を囲み座った。前から狭かったが身体が大きくなった分よけい狭く感じる。
「それによ、変わらずに暮らしていけるってのは、世の中が荒れてる時には恵まれている方だと思うぜ?だって、村を追われる人なんて今なんかザラだろ?それがないだけでありがたい」
「そうよ、皆と静かに暮らしていく、誰も死なずにゆっくりと出来るって言うのはいいことなんだから。生きていれば直家くんのように色んな人と会えるしね」
「そうだぞ。だからお前も死ぬなよ?開拓者なんてお金が貯まったら辞めてしまって土地でも買って農民やるもよし、商人やるもよし、命かけてやるなんてわりにあわねぇよ」
「ハハッ、そうだな。こんな仕事命がいくつあっても足りない。まぁ、仲間がいるからすぐには辞められないけど、いつか引退して、戦いから離れた何かをやるのもいいな」
「そうしと、けそうしとけ。ま、それはそれとしてだ。何か開拓者の話を聞かせてくれや。俺ら農民は静かに暮らしているのはいいけど刺激が無くてな。面白い話に飢えてるってわけだ!」
このノリ、正勝様の所と同じだな…。開拓者の話ってかなり人気があるのだろう。まぁ、命をかける分、刺激のある話という点においては腐るほどある。ない日が逆に無いくらいだ。
「そうだなぁ。本気で死ぬって1番思ったのは……」
本日2回目の開拓者話。少しこなれた感じに喋りだす。
この話も夜遅くまで続き、いつもは寝たそうにする与吉も興味深々に聞き、伊吉もその親も時には笑いながら聞き入ってくれた。
玄武組の仲間とは違う、家族のような関係で話をする事が出来る伊吉達とは、この世界で天涯孤独となった直家の新しい家族のような存在なのだろう。
「…ん?…あれ?」
「お、起きたか。相変わらず寝坊助だな。ほら、起きろ」
「……うし。起きた」
昨日の記憶が曖昧だが、何処かで寝てしまっていたのだろう。あと、寝坊助と言われたが今5時前位の時間だ。流石農業を営む人の朝は異常に早い。
「そうだ。昨日聞くの忘れたが、お前いつまでこっちにいるんだ?」
「あ〜、一応今日の昼頃には帰るつもりだ。あんまり長居も出来なくてな」
「今日!?うーん。長居出来ないんじゃ、仕方ないか…」
「もうちょいゆっくりしたい気もするけど…あんまり開拓者から離れると感覚が無くなりそうで…」
「は~、大変だな。昼なら正勝様の所に行ったほうがよさそうだな。俺らは仕事あるしよ」
「そうだね。あ!そうそう、昨日渡すの忘れたけど、担いできたあの籠の中身全部お土産だから置いといて」
「はぁ!?あれ全部か!貰えねぇよ、そんなの!」
「一年世話してもらったお礼だよ。そんなに高いものも無いし量だけ。気にする必要は無いから」
「無いって……。はぁ、分かった。母さんがいない時でよかったな…。絶対受け取らないか、何か他のお返しを考える人だから…」
「ハハッ、そういやそういう人だったな。じゃ、俺は準備したら正勝様の所のお屋敷に行ってくる」
「出てったら、この家の近くに寄り付かない方がいいぞ。じゃ、俺も行くわ」
「あぁ、また来年」
「また来年。ありがとな直家」
そう言って、鍬を肩に担ぎ走って畑に行ってしまう。一年越しの再開と別れだがあまりしおらしくならないのが伊吉の持ち味だろう。男のツンデレって誰得だよと思わなくもないが。
直家の方も手早く服を着て、槍を背に担ぎ準備を整えて家を出る。昼頃には出るのだとすれば早めに向かった方がいいだろう。
「ん?あれは…」
直家と同じ屋敷の方に向かっている人影が見える。朝早くなのでほの暗く薄らと霧が出てひんやりとしている時に幽鬼のような足取りで今にも倒れそうなほど濃い隈を目に刻みやつれている男。
「道勝様…?だよな…。そういえば、昨日見てないし…」
また、正勝様に働かされていたのだろう。疲労の度合いはかなりのものだが。いくら身体が丈夫な武士とはいえ、不眠不休は流石に無理だ。あんまり話す人ではないが、心配なので声をかけておこう。
「おーい、道勝様!お久しぶりです。お元気でしたか」
あ、やべ。聞かなくても分かることを聞いてしまった。どうみても元気な訳が無いのに。
「ぁぁ。直家か…。久しぶりだな。見ての通り元気だ」
「そうですか。それは何よりです」
どの通りなのか分からないが、愛想笑いするしか無い。
「お屋敷に行くのか?だったら、一緒に行こう」
「はい。ご一緒させていただきます」
やっぱり気さくでいい人なんだけど、笑い方が哀愁に満ちてる所が何とも言えない。ストレスで精神病んで、自殺する少し前のサラリーマンの何もかも諦めた笑い方に似ている。
この、なんというか、下手なことを言ってしまうとこの人は死んでしまうのではないかという、変な緊張感に駆られるのだ。
「ハハハ、こうやって歩いているのが唯一の自分の時間でな。気が楽なんだ、歩いていれば眠ることも無いし…」
「そ、そうですね」
言ってることが完全にブラック。というか、黙っていれば寝てしまうのってもう限界だろ…。なんか、声も枯れてるし。
「お、珍しい組み合わせだな」
屋敷の外で刀を振っていた松五郎にがこちらを見つけ、手拭いで汗を拭きながらこちらに近づいてくる。
「…………………ッ」
「…………何で、槍を構えているんだ?」
「だっていつも不意打ちするから…」
「馬鹿野郎!お前が予想出来ている時に攻撃してもつまらねぇだろ!」
「松五郎、それでは身構えるのも無理ないと思うが…」
「俺らの教育方針はこんな感じだ。お前も昔はこんな感じだったろ?」
「……直家。常に気を張っていろ。死ぬぞ」
なんか、道勝様の昔が垣間見えた気がするが、怖いので聞かない。スパルタにも程があるだろう。
「ま、正勝様も起きているだろ。道勝様の事を首を長くして待っているぞ。早く行ってやれ」
おお、流石一人息子。働かせてはいるが、親として顔が見たいのだろう。何故か凄まじく嫌そうな顔をしているが、行かないわけにもいかないので、屋敷の中に入る。
「ただいま戻りました父上」
「おお!帰ってきたか!我が息子よ!」
嬉しそうな正勝様。嫌そうな道勝様。何故顔が渋顔なのか直家にもすぐ分かった。
「さっそくだが。この後ろの奴を全部片付けてくれるか?」
山のように積まれた書類。手紙から木の札まで何でもござれ。全部目を通すだけでも丸1日かかるなという量。
「いやぁ、お前のいない一月程で溜まってしまってな…。俺は妖怪を狩る事で忙しくて中々できなかったのだ。手伝いたいのだが、今から俺は山賊が来てないかの見回りがあるのでな、1人で頼むぞ」
固まっている道勝様の横を通り過ぎ、さらに追い打ちの一言。
「あ、その半分は明日の夜までにでかさないとヤバイからな。じゃ、頼む」
道勝様を部屋に残し、ピシャリと襖を閉める。いやー、よくグレないな…。俺だったらグレるぞ、これ。てか、1ヶ月も仕事ためるって小学生の夏休みかよ。
「直家も付き合え。山の見回りだ。」
「え、ええ。それはいいんですけど。いいんですか?あれ?」
「……ァァァァァァァァァァァ!ァァィャァ!」
なんか襖の奥から寄生が聞こえる。頭おかしくなったんじゃないかあれ?
「大丈夫だ。この時期忙しくてな、少し叫べば仕事をやり始める」
「はぁ」
今度帰ってくる時にもう少し勉強して、何か手伝おうかな…。いくら何でも扱いが酷すぎる気がする。
「なに、武士とはこういうものだ。本当は兄弟が多くて仕事を分担するのだが、あいつ1人だからな。ほかの家に負けないように1人で切り盛り出来るだけのチカラを身につけないといかん」
絶対現代じゃ、虐待で訴えられるなこれ。時代と世界が違うから出来る事だ。
「それはそうと、直家はいつまでこっちにおる?」
「えっと、今日の昼頃には村を出るつもりです」
直家としては昼までに帰れれば時間的に問題無い。
「なら大丈夫だな。山で最後の稽古をつけてやる」
「あれ?見回りは?」
「俺は息子の為を思ってだな…成長して欲しいのだ」
「…嘘ついたんですね…。そりゃ、こんな平和な村でそんなに見回りなんて必要無いですよね」
「何を言う。俺の無意味な見回りのおかげで最初にお前らを見つけられたんだぞ」
今、自分で無意味って言ったよな…。まぁ、確かにそのおかげで命が助かったのは本当だから俺は強く言えない。
「まぁ、でも、たまには手伝ってあげたほうがいいですよ」
「気が向いたらな」
絶対やらない顔してる。この話も十秒も覚えてはいないだろう。まぁ、いいか。格上との稽古の機会はそれほど無いのだ。大人しく胸を借りよう。途中で松五郎も加わり一緒に山の中腹まできた。
「さて、ここらでいいな」
「昨日もやったが、これでしばらくできないからな。キツめにやるぞ」
「えっ…。2人で来るんですか?というか、キツめっていつも死ぬほどキツイじゃないですか!死んじゃいますよ!」
「なぁに、ちゃんと手加減する。それに、戦いというのは1体1より対複数に慣れていた方がいい」
「まぁ、下手したら死ぬかも知れねぇが…。大丈夫だろ」
なにそのアバウトさ。いや、毎回そうなんだけど。スパルタにもほどがあるだろ。知ってたけどさ!
「ふぅー。分かりました。よろしくお願いします!」
何言ってもやる事には変わりはない。槍を構えて死なないように妖力を身体に充満させ今出せる全力で対峙する。
「じゃ、始めるぞ」
「全力出せよ?手加減してもたまーに強く叩いちゃう時があるから…死なねぇようにな」
たまーに強く叩いちゃうのも絶対わざとだろうけど、それ避けるか全力で受け止めないと本気で死ぬから気を抜けない。
帰るだけの体力が残ればいいんだけど……。
「ハァハァ……グッ」
稽古が終わりしばらく意識が無くなっていたらしく、屋敷で目が覚めたらもうすぐ日が落ちる時間帯。
長く、随分長く稽古という名目でなぶられていた気がする。致命傷は全て何とかしたが、妖力がほぼ無くなるまでやり続けた。2人とも楽しそうで疲れた様子など微塵も感じなかった。
昼には出るつもりだったのだ。5、6時間近い遅刻。急いで飛び起き、正勝様と松五郎、道勝様にも挨拶をして村から走ってでる。
そうして、走り続けて深夜に宿がある街道にやって来た。もとより、妖力がゼロに近い状態までやられて身体中傷だらけだったのが、しばらく寝ていたことによりかなり回復したが、何時間も走り続けてまた妖力が尽きてきた。
「ハァハァ!あぁ!」
今は槍を杖がわりにして身体を支えて歩いている。流石に限界であるので、宿に泊めてもらうのだ。
「それでも5時間後にはまた走らなきゃいけない…」
身体にムチを打ってやらなければならない。身体にムチを打ってばっかりなような気がするが。こういった、機会が多いため日に日に丈夫さに磨きがかかるのであろう。
まだまだ、社山城下町は遠い…。
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