深層の脅威
翌日の朝早く、中層奥部。4人の男女、玄武組面々が歩いていた。
「痛てて、あークソ!まだ脇腹痛てぇ!」
「俺も結構アザがある……」
「自業自得……」
「んだとぉ!青海!もういっぺんいってみろ!」
事実を突かれ、激昴して青海に叫ぶ猿吉。それに対し、サッと長貴の後ろに隠れて猿吉の手から逃れる。
「青海に当たるなよ…。昨日は確かに俺らが悪かったんだから」
「うるせえ、んなことは分かってるんだよ!」
「分かってるんだったらそんなに怒るなよ…」
「まぁまぁ、僕も少し怒って手加減無しにやったのも悪かったよ。でも、今度はやめてよ?」
「けっ!保証は出来ねぇな」
「そこは嘘でもいいから分かったと言えばいいものを」
「2人ともちゃんと約束してよ…」
何だかんだ言いながら直家も長貴の約束を守るつもりが無い事が今回の会話で分かり、心の中で次はもっと強くやろうと心に決める長貴。直家は少しづつだが、猿吉に染まってきている。
「はぁ……まぁ、今はいいか…」
中立かやや、長貴よりだった直家が、猿吉に染まっているというのは結構な懸念事項だ。頭の痛い問題だが、今はそんな事を考えている暇は無い。
「……………うん。そろそろだね」
「ッ!……近づいただけでこれか…」
「…………おもしれぇじゃねぇか」
「………………」
中層が終わる。深層がすぐ近くにある事が分かる。なぜなら、中層にすら漏れる出る今まで感じた時が無いくらい濃密な妖気。それに当てられ、全身に鳥肌が立ち全身が警戒をうるさいくらい警告してくる。手が震えているのは恐怖か、武者震いか。
これが深層。人類の敵、妖怪の主がいた場所。それを失ってもなおこれ程の脅威を維持し続ける。
完全に深層に入る前に最早のまれてしまっている4人。この先に進めば死ぬ、そう思ってしまった瞬間から頭が身体が足が固まってしまっていた。だからこそ、
「足を止めちゃいけない。進もう」
リーダーとして虚勢でもいい、玄武組を鼓舞する。頭が動かないのであれば自分が考える。身体が足が動かないのであれば自分が指示する。慣れるまでは自分が玄武組を動かし続けよう。玄武組に退くという選択肢は無い。退却は常に前に。その覚悟はもうついている。
「けっ!言われなくてもわかってらぁ!」
「あー、怖ぇ。死ななきゃいいけど」
「…私は大丈夫。ついて行きます」
しかし、猿吉を筆頭に長貴の言葉に特にあまり反応せずに、躊躇無しに深層に進み始める。気圧されたのは一瞬だけ、その後は皆頭も身体も足もいつも通りに動いている。気負っている様子は特に見られない。
「なんだ…。全員、結構平気なんだ…」
「おい!長貴!そこでぼーっとすんな!早く来い!」
チームを引っ張っていく覚悟はまだ必要なさそうだ。少なくともこの妖気如きじゃ、玄武組は揺らがない。やはり、成長著しい。
「ふふ、今行くよ」
「…何笑ってんだ?」
これが笑わないことが出来るだろうか。思った以上の成長と、それを踏まえた予測を越えてきたのだから。長貴自身の緊張が少し解けていくのがわかる。気負っていたのは自分の方だったということだろう。
「なんでも無いよ、さぁ行こうか」
まだ、僕がリーダーである必要はないようだ。皆自分の頭で考え動くことができる。なら、僕の役割などもう無いようなものだ。たが、いつか必ず必要になるだろう。それまで、リーダーとしてふさわしい実力を身につけ続けないと行けない。
腰に差してある刀を握る力が強くなる。チームの成長など、自分が考える間でもなく皆、ギリギリまで自分を追い込んで成長している。ならば、自分自身のの成長に全力を傾けるべきだ。自惚れではなく事実、直家や猿吉は自分を目標にしている。
本当に止まっては行けないの長貴だろう。すくなくとも、長貴が直家達の目標であるうちは玄武組の成長は止まらない。そう、長貴は思っていた。
深層に入った。凄まじい重圧だ。正直吐き気すら覚える。チラリと後ろの青海さんの方を見るとかなり青い顔をしている。それこそ今にも吐きそうな感じだ。そういう、自分も似たような顔色だろうが。
平気そうなのは猿吉と長貴。猿吉はどこに行っても顔色など変えない。しかし、長貴はやはり凄い。性質としては多分自分と似ている。良くいえば慎重、悪く言えば臆病。でも、顔色は変えず猿吉より平常心があるように見える。流石、我らがリーダー。頼りになる。
しかし、リーダーに頼ってばかりはいられない。気を強く持って自分も頑張らなければ。
「直家くん。分かるかい?」
「あぁ、いる。中層の比じゃないくらいの数…」
妖怪の気配、実際に目で見てみるとかなりの数がいるのが分かる。初心者狩りの時の男が使っていた遠見の術だかを使っているのを見てから目の鍛錬も始めた直家。妖気を見る精度はかなり上がった。それでも、まだまだ遠見が出来るわけでないので今の所あまり今は無いのだが。
「最初は出来るだけ孤立している妖怪を狙おう。戦っているうちに新しいのが来たら厳しいからね」
「そうだな。でも、パッと見じゃ分からないからほかの妖怪に会わないように隠れて移動しながら探そう」
「ふん、まぁ、仕方ねぇか」
猿吉は不満そうだが、納得はしてくれた。ここで無謀に突っ込むことはそのまま死を意味する。第一孤立した奴らに強襲をかけても勝てるかどうかすら怪しいのだ。
しかし、中層に比べて索敵能力のあがった直家の存在が深層の難易度を大きく下げていた。相手の居場所が分かるということはこちらが充分、相手不十分の状態で戦えることが多くなるし、こちらが不十分の時に戦う事が少なくなるだろう。
特に、不意を突かれたら全滅必至の玄武組からすれば絶対必要な事だ。直家もそれを充分理解し最新の注意を計って警戒している。
「右のほう、近づいて来てる。距離があるから気がついているわけじゃないと思うけど」
「わかった。迂回する」
直家が前のと右のほう、長貴が後ろと左を警戒する。数がかなり多く下手すれば囲まれる危険すらある。
じっとりと汗が身体にまとわりつくのがわかる。ひとつ間違えれば全滅だ。最新の注意を払い1歩1歩あるく。
「…間違いない。あそこの妖怪達の周りに他の妖怪はいない」
直家が途中で目星をつけていた妖怪達。その周りを見渡し、ぐるりと回ったが近くにほかの妖怪の姿は見られない。
「これだけ、離れていれば戦っている時に乱入される心配もないと思う」
「わかった。決まりだね。青海さん妖術の準備をよろしく。最初から全力でいくよ!」
「言われなくても!」
勢いよく刀を抜く猿吉と長貴。直家も背中に担いだ槍を手に持ち妖怪のいる場所に進む。
近づき残り50メートルくらいになったとき木々が邪魔して見えないが妖怪に動きがあった。多分気が付かれた。
「ウガァァゥァァォァァァァァァ!!」
「ッ!なんだ!今の声は!」
「鬼、だな。小鬼でも何でなく純粋な鬼。小鬼の進化系と言われるやつだ」
そういえば、深層の資料に書いてあった。鬼、小鬼の進化系。赤黒い肌に2m近い身長に筋骨隆々の身体。頭に大きい角が生えている。凄まじい膂力を持ち知能そこそこもある。素手で殴る蹴るなどの攻撃が主。たまに、棍棒を持っている個体もいる。単体でいるわけでなく、常に10~20体の小鬼を率いている。といった内容のはずだ。
情報通りなら、鬼と一緒に20体の近くの小鬼とも戦うことになる。鬼一体でも勝てるかどうかわからないのに厄介極まりない。
なので、初撃で一気に持っていこうという長貴の判断は正しいのだろう。なにせ、相手の力量をこちらはまだ知らないのだ。できるだけ、反撃の余地なく完膚なきまでに攻めきる事が大事だろう。
もし、それが外れたり効果が薄かった時にはそれこそ自分の出番だ。退却するにしろ攻撃を続けるにしろ相手の反撃を抑え込まないと行けない。それは自分の役割だ。
「詠唱終わりました!」
「わかった!じゃあ行くよ!みんな一気に決めるつもりで!」
「最初からそのつもりだぁ!俺に続け!」
「いや、普通リーダーの長貴が先頭じゃない?まぁ、いいけど」
適材適所という奴だろう。確かに猿吉が先頭を走っていると勢いが付く。1番適任だろう。ブレーキが効かないという欠点はあるが。
「ガァァァァァァア!」
ビリビリと肌に突き刺すような咆哮と共に、ついに姿を見せた鬼。と、それを守るように固まる小鬼の集団。
「青海ィ!やれぇ!」
「はい!水球連弾!」
走る猿吉の合図で青海が最近編み出した妖術を使う。ただの水球弾よりは小さいが連続で3発もの水球弾を撃てる強力な妖術だ。だが、その代わりに消費妖力も激しくこれと同じ技は後2回も撃てない。青海ができる中での全力攻撃だ。
このうち2発の水球弾は小鬼の集団に当たり8体が即死または四肢欠損、吹き飛ばされるなどのダメージを受けた。残りの1発は鬼に直接当たった。しかも顔面に。
「よっしゃ!決まったか!」
完全に入った。直撃するだけで小鬼であれば身体が弾け飛ぶ程の威力なのだ。無事で済むはずが無い。
後は小鬼を蹴散らすだけだ。そう思い猿吉は狼狽える小鬼に攻撃をしかけようとする。
「ッ!猿吉くん!避けて!」
「あん?なっ!くっそ!」
「ガアァァァァァアア!!」
長貴の声で慌ててかがんだため間一髪助かった。鬼の蹴りが凄まじい風圧と、共に空振る。いや、空振りではない。射程圏内にいた小鬼が2体身体から上が無くなっている。威力も凄まじい。
「チッ!何で効いてねぇんだ!」
「いいから!早く離れて!」
効いていない訳じゃない。顔を見れば分かる。皮膚が剥がれ筋繊維が頬から見える。角は折れ、酷い有様だ。しかし、死んでいない。それどころか完全にキレている。
これはかなりやばい。最高攻撃力を誇る妖術が効かないとなれば槍や刀ではダメージを通す事は難しいだろう。
「青海さん!もう1度妖術の詠唱!それまで、3人で抑える!」
「は、はい!」
だとすればおのずと青海さんが、攻撃の要だ。それを守り詠唱する時間を稼いぐほかない。
「いくよ!直家くん!猿吉くん!」
「ま、このくらいねぇと歯ごたえねぇしな」
「さっき1歩間違えれば死んでたくせによく言うな」
もう、詠唱は始まっている。鬼も馬鹿じゃない。あの女が危険だということは分かっている。次の攻撃が来る前に潰そうと考えるのは当たり前。残った小鬼に女を狙うことを伝えたのだらう。小鬼も女を見る。
青海さんは、3人を信じて集中して詠唱してくれている。一体の小鬼も通してはならない。
この状況こそが直家のもっとも得意とする事だ。今回で何度目か分からないが、今回もやれる。ひるんではならない。
槍を構え3人の1番前に出る。後は、死ぬ気で耐えるのみ。
「こいやぁぁぁぁあ!」
虚勢とやけっぱちとほんの少しの勇気を振り絞り。声を張り上げる。出来ることなどこれの馬鹿の一つ覚えしか無いのだから。




