中層攻略最後の日
あの後、直家と青海が回復し動けるようになったら、速やかに中層から引き上げた。
朝井村に到着してから、疲れる身体を引きずり、組合に大蜘蛛の討伐部位を示しお金を貰う。そして、武器や防具、衣服なども基本的には売り払い、使える防具などはそのまま身につける。
その結果、大蜘蛛の討伐金。奪った装備を売り払ったお金。あの3人が持っていたお金を合わせて、銀判7と銀銭3となった。1人あたり、約銀判2と銀銭4と銅判3である。過去最高額となった。
これで、余裕の無い暮らしからは脱却出来る。稼ぐ額も前より多くなり宿を変えて、部屋もひとり一室にしようかと考えている。というより、もとよりお金が入ったらそのつもりだった。いくら節約の為とはいえ女性の青海と同室はよろしく無い。
「まぁでも、そういった諸々の事は休んでから考えよう。一応今日が初日だから皆んな疲れているはず。無理はしないほうがいい」
本人も疲労を滲ませる長貴の言葉に逆らうほど、体力の残っている人はいなかった。いつも通りの安宿屋に移動し、それぞれ藁の中に潜っていった。
そして、1ヶ月半が経った。暑い夏は過ぎ去り、残暑は残るが涼しい秋に突入した。木々の色は緑から茶や紅色に変わっていく時期だ。
そして、今日も玄武組は中層で狩りを続けていた。
「直家!そっち抑えろ!」
紅葉とした木々に囲まれる中、猿吉の声が響く。その声には1ヶ月前には無かった余裕が感じられる。
「わかってる!」
そんな、猿吉の声に直家が反応する。相手は大蜘蛛だ。直家と猿吉の2人の更に洗練された連携に大蜘蛛はなすすべが無い。上手く挟撃されて抜け出せないのだ。
「はっ!これで!2本めぇ!」
「こっちも1本潰した!3本目!どうした!俺の方が1本多いぞ!」
「チッ!勘違いすんなよ!俺は抑えてやってんだよ!今から本気出す!残りは全部俺が落としてやるよ!」
大蜘蛛の脚を斬り落した本数で、競い合っている猿吉と直家から少し離れて、長貴と青海が2人の様子を見ている。
この大蜘蛛との戦いは、青海は参加していない。つまり、妖術を使っていないのだ。そして、長貴も参加しない。最初から大蜘蛛はあの2人に任せている。それが出来るだけの実力はもう付いているのだ。
「うん、今日は早くすみそうだ」
「あの2人、どんどん強くなってますね…」
満足げに頷く長貴に、青海がなんとも言えない顔で見ている。
「いい事だよ。ん?あれ?この反応……?」
そんな中、長貴が覚えのある気配を感じた。急速に近づいてくる気配。
「あ、もう一体来たね」
「よ、妖術は必要ですか?」
「いや、いらない。僕ひとりでいいよ。そこで見てて」
「が、頑張ってください」
「もう慣れたものだよ。心配はいらない」
ひとり、新しく現れた大蜘蛛の元へ歩いていく。そんな、長貴に大蜘蛛が雄叫びを上げながら速度を上げて長貴に突っ込んでいく。
「はっ!」
ぶつかる直前、真横に避けて脚を3本纏めて斬り落す。その手にはいつ抜いたかわからない程速く抜かれた刀が握られていた。
斬られた事に気が付き脚から血が吹き出す。痛みに耐えられず雄叫びを上げながら暴れ回る大蜘蛛。
そんな動き回る大蜘蛛の脚を的確に更に斬り落としていく。そして、数十秒後には全ての脚が無くなり、逃げる事も攻撃することも出来なくなった大蜘蛛がいた。
「これで、終わり」
そして、動けなくなった大蜘蛛の眼前に立ち顔を真っ二つに斬る。身体を大きく仰け反らせ、その後ピクピクと痙攣し、そして完全に動かなくなった。
「ふぅ、直家くん達も終わったかな?」
刀に付着した血を払い取り、鞘にしまいながら後ろの直家達を見る。
「はっ!大蜘蛛も弱くなったなぁ!いや?違うか、俺が強くなったんだ!ハッハッハ!」
「うるさい!そこからどいて早く剥ぎ取り手伝えよ!」
完全にピクリとも動かなくなった大蜘蛛の死体上に立ち高笑いをする猿吉に怒る直家。顔をつき合わせれば喧嘩が絶えなかった最初に比べ互いに信頼関係のようなものが出来てきたのだろうか、前よりも打ち解けた仲になっている。
「あっちも終わったね。こっちの大蜘蛛も剥ぎ取らないと」
「て、手伝います」
「ありがと。大蜘蛛は剥ぎ取りにくくて嫌になってくるから、助かるよ」
直家と猿吉と比べ、青海と長貴の関係性はあまり変わっていない。超奥手の青海と鈍感長貴の2人では変わらないのも無理はないのかもしれないが。
「ふぅ」
ふと手を止めて木々の隙間から見える青い空を見る。中層進出して1ヶ月半。当初の予定ではここで半年程と思っていたが、思った以上に成長が早い。これは、直家と猿吉の頑張りによるものが大きい。毎日欠かさず鍛錬をし狩りも積極的にやる。そんな、2人に負けない様に長貴も頑張るし、青海さんも妖力を高めたり新しい妖術を編み出す研究や鍛錬を毎日やるようになった。玄武組全体でいい雰囲気が出ているのだ。
なので、玄武組の実力の伸び率は他の開拓者に比べ結構高い。勿論、直家達にはいわゆる才能といわれるものは乏しい。たが、それでも努力量では他の開拓者と一線を画するほど違うと言ってもいいのだ。
三ヵ月前の最初の日、あの時の同期の開拓者を集めてもう1回模擬戦をするとなれば結果は大きく違ってくるだろう。
勿論、優勝出来るとは言わない。天才はいる。妖力量が段違いに多い奴もいれば、卓越した戦闘技術を天性の勘だけで持ってしまうやつもいる。そういう奴らはもうかなり先をいっている。我々の同期にも数日で朝井村から出ていった人がいるらしい。しかも1人で。そういう世界なのだ。
それに比べると我々の成長は遅い。亀のようなものかもしれないが、それでも着実に進む。いつかは追いつける日が来る。
と、ここまで考えて笑ってしまう。そんな長貴に、近くで剥ぎ取りをしている青海が心配そうな顔でみる。
「いや、うん。何でもないよ」
よくよく考えてみれば、リーダーになり強く、色々な能力を得る事が目的で目標であった。一部の天才たちと追いつこうとか考えもしなかった自分が、いま確かに天才たちの背中に視線を合わせている。
眩しくて、あまりの光の差に絶望したくないから、見なかった背中を今、見据えているのだ。これが、おかしくないわけが無い。
「こう思わせてくれたのはあの2人…なんだろうね」
後ろで互いにどちらが勝ったのかの喧嘩をしている2人。才能は長貴よりも無い、天才たちの背中すら見ることが出来ない2人にそう思わされた。
おかしくてたまらない。現実的に不可能だとかそういう考えがあのふたりを見ていると湧いてこない現実が。
そして思う。もっと先に進める、進まないといけない。いつまでも燻っていてはダメだ。ここで満足してはダメだ。天才たちの背中が見えた気がしたのだ。幻想かもしれない、夢かもしれない。それでも、もしかしたら。
「………先に進もう。僕達はそれが出来る」
熱い何かが胸の中に灯るのを感じる。自分自身、玄武組の安全のために抑えていた何かが、吹っ切れた。
その日の夜。玄武組全員で食事処にいた。ここ最近は、収入も安定したしてきたので全員で食事をとることが多くなっている。そんな中、猿吉がある話を切り出す。
「なぁ、長貴。俺達はもう大蜘蛛を楽に倒せるだけの力がついた。中層にはもう敵はいねぇ。そろそろ、他の村に移った方がいいんじゃねぇか?」
実はこの話を切り出すのはこれが初めてではない。10日より前からこの事を長貴に言っている。それに対し長貴は、まだ早いと言って猿吉の提案を飲まなかった。
それに直家自身もそろそろ他の村に移るべきという意見には賛成だ。猿吉と一緒になって何度も提案をしている。
「……ダメだ」
「ッ!?なんでだ!まだ足りねぇってのか!」
今までは素直に引いていた猿吉もついに我慢の限界なのか声を荒らげる。座敷から立ち上がり長貴を見下ろす。
「落ち着け!こんなところで怒るな!」
「うるせぇ!じゃ、てめぇはこのままでいいのか!あぁ!?」
「それとこれとは違うだろ!いいから一旦座れよ」
「さ、猿吉くん。あまり怒らないで…。長貴くんには長貴くんの考えがあると思うから、聞いてあげて…」
2人の言葉に不満気な顔を滲ませながらドカリと座る。
「じゃあ、聞かせてもらおうじゃねぇか!俺が納得する理由をな!」
「長貴。俺も知りたい。実力的には悪くはないはずだ。何故まだ早いという結論を出す。理由を教えてくれないか?」
まだ興奮冷めやらぬ猿吉と、少し不満気な直家。そして、心配そうに見つめる青海。3人の視線が長貴に集中する。
その視線を受け、重く閉じた口を開く。
「………他の村には移らない。そのまま、深層に進出する」




