猿吉と直家
最初は猿吉視点です。
さて、結果的に大蜘蛛を倒せたとはいえまだまだ中層に行くのは早い。それは、本人達がよく分かっていた。それを再認識出来たというのは、結構大きな事だ。少なくとも猿吉は前ほどうるさく中層に行こうとは言わなくなり、玄武組全員が無意識的にも引き締まった。
実力不足というのは頭でいくら理解しても、成長してくるとその感覚が薄れてくる。そして、いつか無謀な事をして死んで行く。そのような最後を遂げる開拓者は結構多い。今やっていることをどれだけ長くやり続けられるか。生き延びている開拓者は皆この部分を徹底している。多分、本人がやり過ぎだと思うくらいが丁度いい。才能がある訳では無い直家達は特にそうだろう。
しかし、まだ中層に実力が届かないのを自覚できたとはいえ中層に一刻も早く行きたいという気持ちは消えてはいない。普通にしていればいつかは実力も付いてくるが、それでは遅すぎる。才能があるとは言い難い猿吉や直家は特にそうだ、普通にやっているだけでは長貴にも追いつけない、それどころかどんどん差が開いていくだろう。
死なないようにという長貴の方針、直家の考え方は間違違いでない。しかし、猿吉はそれだけではダメだと思っていた。確かに中層に行って実力不足は痛いほどそれこそ死ぬ目にあって理解した、させられた。今の自分ではすぐに死んでしまうと。
無謀な事を毎回言っているようで、猿吉は猿吉で玄武組の実力のギリギリの所を毎回提案していた。そうしないと、成長はないと思ったから。猿吉は愚かではない、猿吉なりにキチンと考えて考えて考え抜いて提案している。提案した内容には責任を持つし、調べるだけ調べている。
それでも、間違えた。実力ギリギリだと思っていたが全然足りていなかった。それで長貴も直家も、もっと保守的になっていく。死なないように、死なないように、安全に生き延びることだけを考えるように。それだけではダメなのだ。確かに今回は実力を見誤った。死にかけたりもした、しかし、それで挑戦をしなくなったら、それこそ終わりだ。敵は妖怪だけではない、同期や後輩、開拓者の先輩達すら将来仕事を奪い合う敵なのだ。それを蹴落とし、意地でも上に上がらないと行けない。そのための努力は怠るべきでないし、怠ることなど出来ないと、猿吉はそう思っていた。
「っけ。動かねぇ奴の言う事何て誰も聞きゃしねぇか」
あほらしい。頭でいくら考えたって仕方ない事だ。口で言っても聞か無いのであれば、動いて動いて証明するしかねぇ。お前らのやっている事じゃ、強くなれない、いつか強者に淘汰されて死んでしまうと。先に俺が強くなって手始めに直家の野郎をボコボコにして、長貴にも認めさせるしかない。その為にも強く強く一刻も早く強く。
「死にかけても治らねぇ馬鹿かもしれねぇがな」
自嘲気味に笑いながら、自分の考え方を皮肉げにこき下ろす。
「守りに入るなんてなぁ、もう二度とゴメンだ。頭でっかちで動かねぇグズにも戻りたくねぇ。ならどうする?やるしかねぇだろ?迷うなよ、クズ」
迷いの入った自分に、言い聞かせるように、迷いを断ち切るように呟く。
「要はやるかやらねぇかだ、ならやって死ね。動いて動いて動き疲れて死ね。じゃねぇと、どっちみち死んだも同じだ」
夜、大蜘蛛戦から丸1日休みに使い、いつもより少し良い酒場で全員で飲んで食べてそれが終わり、数時間。今の時間に起きているのは猿吉しかいない。直家と、さっきまで模擬戦をやっていた。それも終わり先に井戸で身体を洗い流し終えた直家は先に戻り寝たが、同じく身体の汗を流し終えた猿吉はまだ宿屋には戻らなかった。
頭の中でグルグルと考えていた。そして、いつ通り答え。いつもそうだ、色々考える。あらゆる情報、色々な角度から考えて考えて考え抜いて、それでも答えはいつも変わらない。変えてはいけないのだ。それでも考えるのは猿吉の昔からの癖、なんだろう。
昔、猿吉はこのように行動的では無かった。それどころか、頭で考えて考え抜いて、それでも自分で動く人では無かった。自分の考えを親しい人に言うだけで満足していた。身体が小さくて力が無い、気も弱く人と上手く喋ることすら出来ない。そんな、今の猿吉とは似ても似つかない人であった。
それが何故この様に豹変してしまったのかは、猿吉は言う気は無いし知られたくもない。ただ、胸の中で今も猿吉の強い行動原理になっていた。
そして、今度はどの様にすれば直家より遥かに強くなれるか。直家との鍛錬で疲労は限界に近い中、また木刀を握る。限界に近いのであって限界ではない、限界まで振るのだ。限界まで、振りながら考えよう。考えるだけでは何も変わらないのだから、動きながら考えるのだ。
猿吉の夜はもう少し続く。
実力不足だと思っていた。思った通り中層では荷が重かった。しかし、歯が立たなかった訳ではなかった。正直、思ったより出来たというのが本音だった。逃げるだけだったら1人でも大蜘蛛に出会わない限り大丈夫だったし、出会ったとしてもやりようによっては逃げることが出来た。
猿吉の言うことは無謀だと思っていた。確かに実力不足ではあったが、直家の思っている以上に猿吉の提案は的確であった。まだ、届かないが全く届かない訳では無い。それは今回の事で実感できた。
勿論まだ中層は早い。それは確かだ。今のままで次があったら今度こそ死ぬかもしれない。
「悪い事じゃない。俺に実力が付いてきたということなんだから」
しかし、それは正しく自分の力量を把握しきれていないという事にもなる。というよりは、自分に自信が無いのだろう。過ぎたるは自信は身を滅ぼすが、適度な自信はその人をより向上させてくれ、パフォーマンスも良くなる。それが足りていない。
「俺は変わったはずなんだけどなぁ」
元の世界の自分から脱却出来た。そう思っていた。体型も太ってはいない、筋肉が付いて身体が大きくもなった。人と上手く話せるようになった。前よりは遥かに強くなった。が、それでも人間の根本というのはそう簡単には変わらないらしい。
「何を……したら、変わることが出来るんだろうかな」
変わりませんでしたでは話にならないのだ。まだ、弱すぎるほどに直家は弱い。強く、もっと強くならないといけないのだ。でないと、簡単に死んでしまう。直家にも焦燥感はある、そういう世界に来たという理解も。
「……死にたくない。死んでたまるかよ。生きて生きて生き抜いて……その為に何をすればいい?」
手に持っていた槍を強く握る。夜、猿吉との鍛錬が終わり先に帰ると言ったが宿屋には帰らず朝井村の中で少し高い位置にある公園のような場所に来ていた。
「強くなるしか無い。分かりきっていた答えだな」
槍を振るう。限界近くまで猿吉と鍛錬していた。しかし、限界ではない。少しでも多く、槍を振らなければならない。直家はまだまだ強くは無いのだ。なら、一刻も早く強くなるしかない。
それに、中層に稼ぎの場を移すのはそう遠くない時に来るだろう。なんだかんだ言いながら玄武組は初心者狩りとして名高い大蜘蛛の討伐に成功している。しかも、一番危険な夜から生還しているのだ。
直家の思っている以上にみんな早く強くなっている。その速度に遅れたら死ぬ可能性が高くなる。
「とりあえず、猿吉の野郎をボコボコに出来るくらいを目標にするか」
あまりにも、大きな計画を立てても計画倒れになる確率の方が高い。なので、まず身近な猿吉に完全勝利出来るくらいを目指して頑張ろう。
というか、アイツにだけは負けたくない。という、結構単純な理由に苦笑いをする。自分ってこんなに負けず嫌いだったかと思うくらい意識しているのだ。
「俺ってこんな奴だったけかな?」
どうせ負けるからと、人と競走する事を嫌い、怖がっていた自分の変化に少し戸惑う。
自分がなかなか変われなくて悩んでいる所もあるが、それ以上に、気付かないうちに大きく変わっている事もあるのだ。それには気づくのはもう少し先の話だが。
槍を本格的に振るい始めて考えるのをやめた。後は無心でどれだけやれるかだ。
直家の夜はもう少し続く。
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