小鬼
「チッ!完全に気がつきやがったな!おい!逃げるぞ!流石に武器を持ってない状態で2匹は無理だ!あいつは足が遅い!全力でいけば巻ける!」
「えっ、あ、あぁ!」
身体を起こし小鬼の反対方向に全力でにげる。全力といっても歩きなれない道でましてやそんな運動してかなかったのでかなり遅い。伊吉との距離がどんどん離されていく。こちらに完全に気がつき叫びながら追ってくる。小鬼も結構早いこのままなら自分に追いついてくるだろう。全然鈍くないじゃないか!普通に早いぞ!伊吉が早すぎる!と、文句を心の中で言いながら走る。直家がいくら太っていて走るとが遅いからって言っても少し伊吉の走る速度は早すぎる。この違和感は感じても、このときはまだそのことには気がつかない。
「待って!追いつかれる!助けて!」
「チッ!遅いな!早く走れ!」
走るのを中断して止まってくれた。近くの木の太い枝を2本折ると追いついた俺に一本を投げ渡してきた。
「逃げられないとすれば、やるしかねぇ!お前も止まれ!」
なんとか枝を受け取ったが、戦うと聞いて脚が震えてきた。身体は小さいし、子供のような身体だが、鋭利な爪と、不意に覗く鋭い牙、何より剥き出しの敵対心が宿った恐ろしい目が戦う意思を砕く。
「ヒィ!無理だ!無理だ!無理だぁ!」
「俺だって怖えよ!やらなきゃ死ぬぞ、死ぬぞ!俺がお前を見捨てて逃げなかったことを感謝して覚悟決めろ!」
「ふっふっっ!ううぅ!」
そのとおりだ、あのまま逃げ足すことができたのだ。俺を置いていけば助かっただろう。覚悟決めて、やらないと今度は、見捨てられるかもしれない。わかってはいる、わかっては、いるのだ。ただ、身体が動かない、身体が震える、涙がでてくる。みっともなく泣き顏を晒しながら、頼りない枝を構える。
「ガァ!ァァァー!」
枝を持っているのとで少し警戒をしているのだろう。少し離れた距離で止まった。威嚇をしながら様子を見ている。でも、もう一回逃げ出そうとすると背中をやられそうな位置だ。
「声をだせ!威圧しろ!オラァァァァァー!」
「う、ウァァァァァァア!」
流石に、こちらの鬼気迫る表情と声に少し怯んだ。それでも、逃げる気配というものはない。
「ひ、怯んだ!今だ!ウラァァァァ!」
「うぁぁぁぁあ!」
持っている棒切れを振り上げて、小鬼に打ちかかる。二匹いるので一人の一匹受け持つ。少しだけ怯んでいた小鬼だが、反応は早い。小鬼達もこちらに向かってくる。
「うらぁ!このぉ!らぁ!」
伊吉は、手の長さと背丈がこちらの方があるので棒切れで叩きながら突っ込んで来られないように牽制する。それなりの経験者の戦い方だ。村人とはいえ、この世界ではこの位戦えなければ話にならないので小鬼を退治するというのは慣れているのだ。
「うぁぁぁぁあ!くるな!くるなよ!くるなぁぁぁぁぁ!」
一方、もとの世界でも格闘技などやった事などない直家は完全に小鬼の剥き出しの敵意、闘気にやられて狂乱状態に陥っていた。滅茶苦茶に棒切れを振り回し体力だけが消費していく。それを見て棒切れが当たらないほどの距離を保ちながら様子を見ている。体力が尽きるのを待っているのだろう。
「ひぃひぃ、く、くるなぁ!くるな、くるなぁ。はぁはぁ、クソぁ!」
声を出して棒切れを振っているが思い切って攻撃に移れない内にどんどん体力が無くなってくる。腕が下がり、息が乱れ、振り方も適当になってくる。そこで、もう一回小鬼が雄叫びを上げて攻撃の構えを見せる。
「はぁはぁはぁはぁ、うらぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ガァァァァァァ!ガァァァァァァ!」
それが最後の抵抗だった。体力が尽き、腕が上がらなくなる。棒切れを降り始めて3分も経っていない。結局、一発も当たらないまま動きを止める。
「ギャァ!アァァァー!」
頃合いと見た小鬼が攻撃を仕掛けてくる。人間より知性はないものの狩りの仕方というものをよく心得ている。この小鬼も森の中で戦ってきた者なのだ。戦った事のない人間に負ける道理はなかった。
「ひぃ!ぁ、うぁ!グフゥ、ガァッ!痛い!痛い!痛い!た、助けてくれ!伊吉ぃ!助けてくれぇ!助けてぇ!」
力尽きた直家の肩を殴り、その強すぎる衝撃で身体ごと地面に叩きつけられる。うつ伏せのまま、身体を地面に押さえつけられる。力が強い、強すぎる。今にも骨が折られそうな力だ、本当にメキメキ言っている。
「な!おま、今そんな余裕ねぇよ!自分でなんとかしろ!」
「痛い痛い痛いい!無理だって!助けて!助けてぇ!」
ギリギリと力を込めて直家の身体を押さえ込んでいる。力尽きたらそのまま喉を喰いちぎるつもりなのだ。火事場の馬鹿力とか、色んな力を雑巾から水を絞り出すようにして暴れている直家もこのままでは直ぐに体力が尽きるだろう。そんな直家の上に乗っている小鬼は勝ちを確信したように笑みを浮かべている。
「チィ!くそがぁ!」
そんな直家の嘆願を聞き、自分でなんとかしろと言いつつ、逃げながら殴ってボコボコに殴ぐっだ小鬼に体当たりをかまして小鬼を吹っ飛ばす。伊吉の相手をしていた小鬼は流石に体力も尽きてきたのか軽く吹っ飛ばされる。
「オラァ!そこからどけぇ!」
「グギャア!?」
そのまま直家を押さえ込んでいる小鬼を後頭部を棒切れで思いっきり殴る。その瞬間小鬼の力が弱まったので転がりながら振り落とす。転んだ小鬼に対して伊吉は何度も棒切れで殴る頭から赤黒い血を出し長らく腕を交差させてなんとか逃げようとしてる。
「た、たすかった」
「何をしてやがる!早くお前もやれ!」
そう言われ、立ち上がって初めて自分の棒切れがないことがわかる。暴れているうちにどこかに飛ばしてしまったのだろう。棒切れを取りに行こうとした時、伊吉が吹っ飛ばしたボコボコの小鬼が起き上がり、静かに伊吉の後ろまで移動してるのが見えた。
「伊吉!後ろ!後ろに小鬼のが!」
「なっ!がぁ!」
棒切れを取りに行きながら、叫んで危険を呼びかけるが、それがいけなかった。そうして攻撃を止めてしまった瞬間にずっとガードしていた小鬼が、伊吉にタックルを仕掛けて押し倒した。
「な!くそ!離れろ!」
棒切れを拾って急いで伊吉の上に乗っかっている小鬼を棒切れ殴るり飛ばそうとして、足がとまった。
「おい!直家!助けてくれ!この状態じゃ無理だ!」
あと、3メートルなのに足が震えて動かない。そんな一瞬の迷いが直家にも致命的な隙を与える。伊吉の後ろに回っていた小鬼がターゲットを変えて直家の方に襲いかかってきた。
「うぁ!くるなぁ!うぁぁ!」
怖いくて、腰が引ける。伊吉がかたずくまでの時間稼ぎだろう。しかし、ついさっきまで顔の形が変わるまで殴られ続けて元気が無いだが、鬼気迫る表情で直家の行く手を阻んでいる。この小鬼も必死で苦しいのだ。そう思うと、こんな小鬼のような奴らにも負けているのかと。こんな瀕死の小鬼にすら足が震えて動けないのか、情けない、情けない、こんな事の繰り返しだっただろう、情けない、そう言うだけだ。決して自分からは動かない。そんな自分のいる世界からいなくなって、こんな遠い異世界にまで来てまだ動けないのか。
「…ち…違うだろ。」
変わろうとしたはずだ、変われなかった。でも、変わろうとすることをやめたら変わるこは完全にできなくなる。このまま死んでいくことは、変われなかった事よりも恐ろしいか?死というのは恐ろしい、それはこの世界に来て心の底から思った事だ。死は恐ろしい、死を運んでくる小鬼は恐ろしい。だが、このまま生きていったとして何がある。ここで動けないの物が何ができる。また同じだ。この世界に来ても、元の世界と同じ。それは、死よりも恐ろしくないか?
「……動けよ」
変わるのだ、その第一歩なのだ。命を助けてるもらった人を助ける。それができなくて、何ができる。
「オラァァァァー!」
急に動き出した、直家に小鬼も声を出して威嚇する。腰は引けてる、力も入っていない、ただ前へでた。それで攻撃は当たる。フラフラと今にも倒れそうな小鬼にはそれで十分だった。頭を思いっきり殴り、何度も殴り、叫びながら殴る。ついに、小鬼が力尽きて膝から崩れ落ちる。そのまま、伊吉の喉を喰いちぎろうとした小鬼に対して全力でタックルを仕掛け、吹っ飛ばす。
「ギギァ!?」
「馬鹿野郎!もう少しで死ぬ所だったじゃねぇか!でも、助かった!」
「ああ!やったぞ!やったぞ!アアアァァァー!」
流石に1匹で二人を相手するのは分が悪いと感じたのか、起き上がり、逃げていく。
「勝った!良かった、生きてる!生きてる…」
「おい!早く行くぞ。あの小鬼が仲間を引き連れて戻ってきたら、今度こそ死ぬぞ!」
そうだ、2匹であれだけ苦戦し死にかけたのだ。そう何匹もゾロゾロきたら次こそ本当に死ぬ。そうなるのは御免だ。
「わかった」
「少し急ぐぞ!かなりやばいからな今の状況!」
そう言うと、早足で歩いていく。正直疲れ果ててそのまま地面にへたり込みたいが、そうもいかない。最後の力を振り絞り伊吉について行く。
その瞬間、さっき小鬼が逃げていった茂みからガサリと音がする。そこから、新しい小鬼が現れる。その筆頭に先ほど逃げた、血だらけの小鬼が愉悦の笑みを浮かべながら、こちらを見ている。ゾクゾクと奥の茂みから出てくる。10匹はいる。皆殺気に満ち溢れた顔をしている。
「な、なんじゃこりゃあ!なんでこんなにいるんだよ!」
「え、え、な、何これ。無理だよ、こんなに」
絶望に染まる。しかも、逃げられないように包囲されている。血まみれの小鬼がそいつらに攻撃の命令を出そうと息を吸い込んだ。
「ここで、死ぬのかよ、ちくしょう!なんとか逃げれないか?直家!考えろ!」
「い、嫌だ!死にたくない!」
伊吉はここまで来てもなんとか生き延びようと足掻き、直家は完全に絶望に支配され、目をつぶり、耳を塞ぎ、伊吉の声を聞かない。
しかし、いつまでたっても小鬼の声は聞こえなかった。
「カァ…ギ…」
代わりに聞こえてきたのは、そんな呻き声と小鬼が地面に倒れる音だけだ。
「は?どういくとだ」
「え」
倒れた小鬼の後ろを見ると、槍を持ち、スキンヘッドの頭に額に鉄の板を貼ってある鉢巻をつけ、簡素な甲冑を着ている。35くらいの浅黒くいい笑顔をしている目が細い、ゴツいおっさんがいた。
「おう!大丈夫か!今助けてやる!」