中層へ4
猿吉が見つけた見つかる可能性が低い茂みに身を潜めしばらく体を休める。そうして傷を癒し、妖力を少しだけ回復させる。日はもう落ちかけ、目がまだ慣れていないのかほとんど見えない。この状態で動くのは自殺行為だろう。
「しかしよ、このまま日が出るまで待ってるって訳じゃないだろ?腹も減るし、ずっと中層にいると気が滅入る。第一ここだって絶対安全という訳じゃない。早い所出た方がいいだろ」
「……僕も迷ってはいるんだ。でも、今動くのは危険だ。もう少し目が慣れてから動こうと思う。野宿用の調理器具なんて持ってきていないし、この時期木の実もなっていない。体力が尽きるのは時間の問題だからね」
「分かってんなら良いんだよ。少なくとも俺はもう大丈夫だ」
だからいつ出発してもいいということだろう。直家も長貴ももう傷も回復して、直家は妖力の保有量自体が少ないのでほとんど回復した。しかし、問題は青海だろう。妖術使いで一番妖力を行使する機会も、保有量も直家と比べたら文字通り桁違いだ。少しは、顔色も良くなったがあまり芳しいとは言えないだろう。
「わ、私も大丈夫です」
長貴の目が慣れたらというのが、青海を休ませるための方便だと青海自身も気が付いているのか迷惑をかけまいと大丈夫だと言ってくる。猿吉が少し急かした結果になった。
「無理しない方がいい。君は僕達の生命線だと伝えたはずだよ。君の体調が悪ければ僕達の生き残れる確率が下がるんだ。いい加減それを自覚してくれ」
こう言ったことを言うのはもう何度目なんだろうか、どうしても無理をしてしまう癖が抜けない青海に少しだけ、苛立った口調で答える。
「は、はい……すみません」
それを言ったあとに口調が厳しかったのに気がついたのかも、小さい声で、すまない、と言い罰のバツの悪そうな顔で青海から顔をそむける。
青海は自分自身の重要性を理解していなかった。これは、直家自身も思っていたのとなので何も言えないでいた。どことなく気まずい雰囲気になる。
「もう四半刻ほどたったら、出発しよう。それぞれ心の準備をしておいてくれ。僕らが全滅するなら、この時間なんだから」
夜は妖怪が活性化するし、それが無くとも人間には夜目が無い。ただでさえ、視界の悪い状況で活性化した妖怪を相手するなど余程余裕でも避ける事だ。ましてや視界のいい状況でも大苦戦をした玄武組は妖怪に遭遇したが最後の可能性すらある。ましてや夜は他の開拓者もいない。運良く助かる事もまず無いだろう。
そして、その時間が訪れる。皆それぞれ準備を終えている。
「行こうか」
じっとりと嫌な汗をかいていることを自覚しつつ直家は歩き出した長貴に付いていく。完全に夜になった瞬間から今までの雰囲気が一気に変わった。朝よりも濃密な死の気配が強く直家達のプレッシャーになる。横を見ると珍しく静かにしている猿吉も汗が1滴地面に落ちる所だった。全員何かしら感じとって緊張しているのであろう。
暗闇を歩く。目はとうに慣れた。しかし、なお視界は狭いのは人間が夜行性じゃないからだろう。それは朝よりも強く警戒しながら歩く直家達の体力を着実に体力を奪って行く。直家はいつもより多くの妖力を目に振り分けて妖気の気配を見よがさないようにする。今の直家や、長貴のレベルでは木々や葉の先に妖力を見る事は出来ない。体から出る淡い妖気の光を直接見ないと気がつくことは出来ない。なので、夜の暗闇は姿は見えないが木々や木の葉の隙間の先に淡い光を探すは容易くなっている。
だからよく分かる。いや、分からざるおえない。夜は妖怪の時間だと。
「長貴……。これは……」
「………あぁ。そうだね。…これは想像以上だよ」
何処を見ても、何処に進んでもその先に妖怪の妖気しか感じない。数が多すぎる。とてもじゃないがこのままじゃ進めない。しかも、何組かこちらに向かってきているのもわかる。
「どうする?このままじゃ」
直家の焦った声に長貴は答えを返さない。返せない。進めないのであればどうしようもない。何処を進んでも大量の妖怪と鉢合わせる。
「俺は覚悟出来てるぜ」
「私も。いつでも出来ます」
そんなに直家と長貴の会話にある程度事情を察したのか、猿吉と青海が戦う覚悟が出来ていることを伝える。これは確かにどうしても戦闘を避けられない、そういう現実を言われなくとも感じたのだろう。
「そう、か。そうだね。やるしかないね……」
リーダーとしては色々な事を考え、決めきれないのだろう。はたして、このまま危険に突っ込んでいいのかと。そんな迷いは思いのほか腹の据わった仲間達の仲間を見ると長貴と直家も覚悟が決まる。
「じゃあ僕が先導するよ。直家君は後ろを頼む。何か来たら教えてくれ」
直家がもしもの時は殿となるのだろう。合理的な人選だ。逃げる時は一番死亡率が高いが。仲間とはいえまだ2ヶ月立ってない仲だ、そのために死のうなんてまだ思えない。できる限り助けてやりたいいい人たちではあるが。そんなことにならないように頑張らないと。
「じゃあ行こう。青海さんはいつでも妖術を放てるように準備して。出し惜しみはしない。時間をかければかけるほど僕達が不利になる。一気に突っ切るよ」
いま、玄武組は数の多い妖怪達に囲まれている形だ。なので時間をかける程に敵が増援にくる。いい判断だろう。
こちらに近づいてくる妖怪を避けて、ギリギリまで妖怪に遭遇しない所まで来た。直家達の少し前には30体近い小鬼が動き回っていた。妖怪は夜行性だ。小鬼の更に小さい鬼、子供なんだろう。その小鬼がキャッキャッと遊んでいたり。暗闇の中大人の小鬼が丸くなって座っていて何かを食べていたりと、初めて見る妖怪の生態だが、好都合だ。妖怪もこの時間に人間がいるとは思ってはいない。妖怪の方も完全に油断しきっていた。
「油断している。けど、数が多いね。青海さん妖術の用意を。あそこの大人達が固まっている所に向けて頼むよ」
「は、はい、水よ」
小声での詠唱が始まる。青海さんが妖術を放った瞬間に直家達が一気に突撃してその先に抜ける。全滅はさせないで、一時的に混乱させて通るだけだ。
「水球弾!」
放なたれた水球弾の少し後ろを走りながら長貴と猿吉が先行する。直家は青海の護衛と殿なので、少し遅れる。
青海が放った三つの大きい水球弾は、狙い通りの場所に着弾した。その効果は絶大である。小鬼にとっての団欒の時間にいきなり訪れた死の妖術は、確実な効果をもって小鬼の集団に大きな混乱を与えた。
弾け飛んだ6体の小鬼だったものを呆然と見つめる、子供の小鬼の首が跳ねられる。猿吉だ。そのすぐ横の生き残った小鬼の体をすぐに切り伏せる。近くでは長貴が槍で小鬼を殴り飛ばし再起不能にしていく。
「道ができた。いくぞ、走れ!」
「は、はい!」
長貴達が作った道を青海を先行させて走る。その前では我に返った小鬼の怒りの咆哮を上げ攻撃のしてくるのをいなし、吹き飛ばし、道を作っていく。作られた道の真ん中には小鬼の死体が転がっていて転ばなように懸命に走る青海の後ろで同じく我に返った妖怪が直家に襲いかかる所だった。
「直家さん!」
「いいから、早く行け!青海さんが逃げないと俺が逃げれない!」
「は、はい!」
走る走る。妖力で強化された青海の走る速度は元の世界ではオリンピック選手並だがこの世界では遅い。小鬼の走る速度も同じく早いのだ。先頭で、猿吉と長貴が小鬼の包囲から抜け出した。そこに青海がようやく追いつく。結果的にはタイミングは悪くない。
「おい!直家ぇ!早くしろ!」
「んな事は!わかっ、てる!先に、行ってろ!すぐに追いつく!」
「分かった!」
「っ!?猿吉くん!直家くんを置いていくのかい!?」
「あいつは大丈夫だよ。この中で一番しぶといのだから!」
これは直家にもわかる。これが一番合理的だし、生存率が高い。走り回って逃げるだけなら直家は絶対の自信があるのだ。それに、猿吉は直家の事が嫌いで言っている訳では無い、そんな直家の特性を分かっているからこその判断だ。長貴はその事を分かってはいるがそれでも心配なんだろう。
「いいから!いくぞ!このままじゃ、俺らも、もう1回囲まれるぞ!他の妖怪が、こちらに向かっているんだろ!?」
その通りだ。猿吉は見えないはずだが、戦場の勘の様なものは冴えている。猿吉は何かを感じ取ったのだろう。驚いた目で猿吉を見る長貴。確かに決断の時だ。
「…わかった!直家くん先に行っている!僕達はこのまま先に進むよ。合流出来なかったらそのまま朝井村に帰るように!」
「分かった!」
その言葉を最後に長貴達がはなれていく足音が聞こえる。
「久しぶりの1人だな。懐かしいような、寂しいような!」
もう少しだけ、足止めをして小鬼達が追いつかないようにしないと。青海がいる分だけ時間がかかるだろう。
「っ!やばっ!数が増えてきた」
この戦闘音を聞き駆けつけてきたのか他の小鬼の集団が駆けつけてきたのであろう。赤猿辺りが来て小鬼と争わないかなという淡い希望は打ち砕かれたが仕方がない。
「流石にこの数はキツイ!」
仕方が無いので長貴達だ逃げて行った方向と別の方に走って逃げる。勿論手痛くやられた小鬼の怒りは逃げ遅れたと思われた直家に集中し一斉に追いかけてくる。
「やべっ!本当に死ぬかも!」
逃げながら戦うのが得意な直家ですら苦戦する数。数だけで言うと修行中にもあったが質が違うのだ。思ったよりも不味い状況に直家にとっての死の退却戦になったのであった。
危うく捕まりそうな場面が沢山あったがなんとか今のところ逃げおおせていた。
逃げ始めてはや四半刻ほど。もはや長貴達とは距離が離れすぎて合流することはまず無理だろう。こうなっては仕方がないが、正直森の中どちらに進めばいいか分からない。月を見て判断するのだが、今は雲で隠れている。森の中を闇雲に進むのはダメなのだが小鬼に追われている中、止まることも出来ない。
そんな中、嫌な気配を一瞬感じた。この気配は感じたことがある。何処だったか、思い出そうとした瞬間カサカサと音が聞こえた。
思い出す。あの恐ろしい記憶を、玄武組がこんな所に来る原因を作った初心者殺し。大蜘蛛の気配を。
その気配は少し遅れて小鬼も感じ取ったのだろう。直家を追う足を皆一斉に止めてバラバラに逃げ出す。小鬼の本能だろう。バラバラに逃げれば一部の小鬼は死ぬがその他の小鬼は逃げ延びる可能性が高くなる。
「……やばい。やばい!やばい!!これは、死ぬ!死ぬ!!」
さっきまで死闘を演じていた小鬼に混じって直家も走る。先程まで殺し合いをしていた小鬼と肩が触れ合うような距離で互いに走る。速度は直家の方が早いのですぐに追い抜くが、それでも争いを止めるのはその場の絶対的な強者なのだろうと関係の無いことがふと頭をよぎる。それもすぐに掻き消えた。後ろから、小鬼が潰れるグシャって音と、他の小鬼の悲鳴が聞こえてくる。
全力で脚力を強化し走る。どのくらい距離が離れたのか後ろを振り向く。これがいけなかった。
「あっ……」
紅く光る目がこちらを完全に捉えていた。目と目があったのである。猛獣は目が合うと襲ってくるというが、これもその類だ。
一瞬の空白。大蜘蛛が動き出す。こちらをしっかりと見据えて高速で。
「ヒッ!やばい!死ぬ!死ぬ!死ぬ!!」
久しぶりに情けない声を出しながら逃げ出す。直家の死の退却戦は小鬼から大蜘蛛へ大幅な難易度の上昇という結果になる。
ムシャバリグシャ!という後ろの小鬼だろう。肉体が潰れる時の嫌らしい音がもう振り向かない直家の耳に届く。耳を塞ぎたい所だが、その音を頼りにどれだけ大蜘蛛と離れたのかを聞き取る。
無情にも距離は直家が思い、願う程離れてはくれない。直家にとっての地獄の死のレースはまだ続きそうだった。




