中層へ1
「水球弾!」
赤猿の身体に命中した妖術はその威力で赤猿の命を確実に刈り取っていた。これで、残りは23体。
「行くぞ直家!」
「おう!」
妖術を放ち群れを混乱させたら猿吉と直家が突撃。そして、何体か斬り、刺し殺したあと、一旦後退してまた妖術を放ち妖怪を着実に仕留めていく。それを繰り返し数を減らしていく。今回の突撃でようやく半分近く倒してきた。
最初は小鬼の少ない群れであった。それと戦っている時に横から更に小鬼の群れが突撃してきて、それを何とか耐え両方全滅しかけた時に更に新手の赤猿と遭遇してしまい3連戦である。
地面には倒した妖怪の死体が沢山転がっていてその数は30体近くに登る。流石に疲れも溜まってきていた。更に何度も妖術放って突撃という流れを繰り返した結果相手も分かってきたのか妖術を放つタイミングで警戒してなかなか当たらなくなったり、纏まって戦うようになってきた。
「小賢しいんだよ!猿風情が!」
「お前らには嫌な思い出しかない!俺の槍で死ね!」
しかし、それでも直家と猿吉の勢いを止めることは出来ない。猿吉の動きについてこれる赤猿はいないし、直家の守りを崩して攻めるほどの攻撃力のあるのもいない。
「行きます!水球弾!」
そして、定期的に来る遠距離からの死の攻撃。先にあの女から倒そうとそちらに向かうと長貴に邪魔されてどの赤猿もたどり着けないで殺されていた。
「逃げる出すぞ!追え!」
「いや、ダメだ!追うな!これ以上は必要ない!」
このままでは生きている自分らも殺されてしまう。そう思ってしまえば後はもう逃げるのみだろう。残り16体で全員が続々と背を見せて逃げ出して行った。そんな赤猿の背中を斬りつけ、踏みつけながら猿吉が追撃を叫ぶ。それに対しこちらも疲弊してきているので追撃をやめるように言う。
「ッチ!………分かったよ」
一旦足を止めたことにより完全に追うことは難しくなったので不承不承追撃を諦める。
「これだけでも十分だよ。早速剥ぎとろう」
その声に緊張が解けて青海さんが適当な大きの石に腰を降ろす。
「ふぅ、はぁ、つ、疲れました…」
「あれだけ連射したからね。しょうがないよ。でも、もう少し頑張って貰うよ。これが稼ぎに直結するのだから」
「は、はい!」
フラフラと立ち上がり早速赤猿の死体に近づき証拠部位を剥ぎ取りに行く。
「今日は大量だな」
「はっ、もっと多くするつもりだったけどな」
そんな会話をかわしながら直家と猿吉も慣れた手つきで剥ぎ取っていく。
「……よし、終わったね。今日はそろそろ帰ろうか。日が落ちそうだ」
時間は空が赤くなる少し前位の時間帯。そろそろ戻る頃合だ。
「なぁ、今日は結構稼いだからよ、美味いもん食いに行こうぜ!」
「いいな。最近は稼ぎに余裕が少し出てきたから、俺は賛成だ」
「ふぅん。でも、2人とも今日は文字の勉強の日だよね」
その長貴の発言に肩をビクッとさせて冷や汗を流しながら互いに視線をさまよわせる。
「き、今日くらいいいじゃねぇか。なぁ、直家!」
「そ、そうだ。楽しむ時は楽しまないとな!」
「前もそんなこと言って勉強の日を潰そうとしたじゃないか。頼んだのは君達だろ?ちゃんとやらないと!」
「は、はい」
そんな会話を聞いていた青海が、謎が解けたような顔をし手をポンとやる。
「あぁ、だからたまに2人とも様子がおかしいんですね。いいじゃないですか。文字を覚えられるなんて。高いんですよ本当は」
その発言に対して苦い顔をする直家と猿吉。文句は言えないのだ。だが、その時だけ長貴のキャラが変わり厳しく指導してくるのである。ちなみに青海は、妖術を覚える過程で文字を習得しているらしい。
「ほら、2人とも何処かに食べに行くにしても先に勉強終わらせてからだよ」
「絶対終わらねぇだろ!」
そんな猿吉の叫びは長貴に黙殺され、寂しく響き渡るのみだった。
新しい狩場に移って約1ヶ月がたった。着実に実力を伸ばし多少のイレギュラーな事があっても対応出来るだけの力が付いてきた頃合である。そして、青海を加えた玄武組の方が長くなりすっかりこの形が馴染んできた。
「長貴よぉ、あれから1ヶ月待ったぜ。そろそろ中層に行ってもいいんじゃねぇか?」
文字の勉強が終わり、4人で蝋燭の火が灯る食事処に来て夕食を取りに来た。そんな中、唐突に猿吉が話を切り出してきた。
「俺らの同期の連中の約半分はもう中層に狩場を移しているらしいぞ?時期としては悪くねぇはずだ」
「この問題は他人がどうこうではなくて、僕達自身の実力の問題だよ」
「どれでも同じだ。俺らは毎日他の組の奴らより遥かに鍛錬をやっている。そんな俺達が何にもやってない連中に負けるわけねぇだろ」
「差というのは、そんなに簡単に埋まるものじゃ無いよ。それこそ1ヶ月じゃあ、足りない」
「…………じゃあ、俺達じゃまだ実力不足だって言うのかよ」
不満げな顔を隠そうともせずに長貴に問い詰める。難しい所だ。今日の戦いだって色々と不幸が重なったが楽な戦いじゃ無かった。あそこに転がっていた死体の一つに自分がなっていた可能性がある戦いだった。勿論、普通はあれほど追い詰められはしない。楽々と相手を全滅させることも最近は多くなってきた。
しかし、中層に行ってまだ見たことが無いような妖怪が出てきてその一体一体を倒すのに苦労していたらダメなのだ。いつ新手の敵が来るか分からないのである。運、不運で左右されてしまうような状態では全員の命を預かる長貴としては許可できない。もう少し実力を養ってから、余裕を持って次に進みたいと思うのは間違った考えではない。凄く優秀で、信頼できるリーダーである。
「そう、だね。まだ、ダメだ」
だが、それでは時間がかかりすぎる。と、直家も思うのだが、これは若気の至りの1種であろう。まだまだ先は長い、今急ぐ必要なんて無いのだ。それこそ、死んでしまえばなんの意味も無くなってしまう。自ら死地に向かう必要があるなんて前は考えていたが、考え方が少し変わってきた。死地になんて向かわなくてもこんな仕事をやっていると向こうの方から死地なんて寄ってくる。それは、今日の連戦で十分わかった。
「ッチ!そうかよ!クソが、あんまり遅いと後輩に追い抜かれて馬鹿にされるぞ」
「言わせたい奴に言わせておけばいいさ。事実そういう奴らの大体は死んでいくのだから」
そう、猿吉が言った半数以上が中層に行ってもう結構数が全滅ないし組員が何人か死んでしまった人が多く見られるのである。何故わかるのか、それは色々な開拓者の組が仲間の募集をしていて、その数が日に日に多くなって行ったからである。何名かの実力のある組が中層に行きそれに対抗した実力不足の組が中層で痛い目を見るという構図だ。そういった情報を長貴は的確に掴んでいるからの判断というのもあるのだ。
「別にいいじゃねぇか、足りねぇの思ったら残った体力振り絞って鍛錬にでもまわせば。それでも十分強くはなれるぞ?」
「それじゃあ、いつまでたっても馬鹿にされるだろうが!稼ぎも増えねぇしよぉ!」
「でも、つい最近俺らを馬鹿にした奴ら今腕無くしたやつ以外全滅したろ?ああいう風にはなりたくねぇだろ?」
つい一週間前に玄武組の慎重さを馬鹿にした開拓者の組が暫くして聞くと片腕をなくした男以外全員全滅したらしいのだ。
「あーあー!分かったよ。暫く待てばいいんだろ!」
「そんなに怒るなよ……」
「で、でも、次の狩場に移る準備をするのは悪くないかも」
「ん、そうだね。新しい妖怪に、危険な土地。調べなければ分からない危険な要素は潰しておくに限るからね」
偶然の要素を減らし、必然の要素を増やす。それが生き残る道だ。いつもさいころのいい目ばかり出ると思うな。ある酒場で引退した開拓者のおじさんが喋っていた台詞だ。その言葉は今ではよく分かる。
「……そんなもん、だいたい調べた」
「…………たまにいないと思ったらそんな事をやっていたのか」
たまに変に真面目だというか、元から真面目な奴か。朝早く起きて鍛錬しているくらいだし。乱暴な口調や粗暴な動作はあるし、無謀な提案もたまにはするから誤解されやすい。しかしそれは、有り余る向上心の現れなのだろう。だからこそ、必要な事はすべて調べた上で提案していたのだ。
「なら教えてくれるかい?恥ずかしながら全然中層の事は知らないからね」
「………中層と言ってもそれほど新しい妖怪がでてくるわけじゃねぇ。出たとしても、火鹿、大蜘蛛くらいだ。それ以外の妖怪は基本的には今までと変わらねぇな。あぁ、黒犬は出なくなるな。そんで、火鹿はこちらを見て襲ってくることはねぇらしい。逆にこちらを見ると逃げ出す。んで、問題は大蜘蛛だ。こいつが一番厄介な奴で中層の至る所に生息していて神出鬼没な妖怪らしい。だいたいが、こいつに奇襲されて一気に全滅だ」
「じゃあ、どうするんだ?そんな奴」
「小鬼も赤猿だってもれなく中層では強くなっている。油断なんかしてねぇんだよ。でも、奇襲をもらっている。理由はな、あいつら真上から来るんだよ。小鬼や赤猿を警戒している時に真上なんて見ねぇだろ?」
「なるほどね。なら、上にもある程度気を配る必要があるね」
「そうだな。でも、大蜘蛛に関しては奇襲を抜きにしても充分脅威だよ。今までの小鬼や赤猿の数で押す妖怪とは違い、単体で開拓者を1組全滅させるだけの力を持っているらしい」
「そんな奴が奇襲すれば、普通の開拓者ではひとたまりもない…か」
話を聞けば聞くほど嫌になっていくような所だ。猿吉は調べてもなお中層に行きたいと思っているようだが、正直そんな恐ろしいところに行きたくはない。話を聞いて直家と青海は同じように顔を少し青くしている。
「他には無いのかい?」
「他ねぇ。あぁ、そうそうあんまりねぇらしいが深層の妖怪がたまに中層に降りてくるらしいな。中層の開拓者がたまにそれに殺されているとか」
なんかそこまでくると運だな。運が悪ければ直ぐにでも死にそうな感じだ。ここまで来ると逆に腹が据わる直家だが、青海は顔が真っ青になっていた。
「うーん。大蜘蛛までなら何とか対策のしようがあるけども、流石に深層から来た妖怪に関しては対策のしようが無いね。猿吉くんは深層の方は調べたかい?」
「いや、調べたのは中層だけだ。深層からは一気に新しい妖怪が増えていくらしいからな。覚えきれるかよ」
「まぁ、それもそうか。こればっかりは運だからね。滅多にない事なんだろ?」
「あぁ、そう書いてあった」
こういう話をしていると、もう次の村に拠点を移したって奴はどんな化物なんだろうか?一部の特殊な奴なんだろうけども。聞いた話によると朝井村でだいたい1年か遅くとも1年半で次の拠点に移るらしい。こっちはまだ活動を初めて二ヶ月も経っていないからなのか話を聞くと勝てる気がしない妖怪ばかりだ。なんか開拓者としては、結構安全にやっている部類なんだろうけど、それでも何度も死にそうな場面はあったのである。正直、あと1年もこんな生活やって行って生きていける気がしない。元から開拓者というのはそんな職業なんだが。
「中層の話はこの位にしよう。それでも近い内に中層に出ると思うからそれぞれの気には留めて置いてね」
「近い内っていつぐらいだよ?」
「明確な期間は決められないね。さっきも言ったけども、僕らの実力が整ってからだよ」
「別に明確な期間は求めてねぇよ。知りてぇのは大体だ」
「そうだね。大体もう1ヶ月位は欲しいかな」
「遅すぎる!いつまで待たせる気だ!」
「さっきも言ったろ?実力は1ヶ月じゃ変わらないって。前の猿吉くんや直家くんが試合で他の人に負けたのは覚えているだろう?あの時の対戦相手でさえ中層では簡単に死んでいるんだよ。勿論僕達だって強くはなってる。あの時の試合を、もう一度すると結果は違うかもしれない。でもね、それでもまだ早いよ。死んだらなんの意味も無くなるんだから」
「…………ッチ。分かったよ。てめぇがリーダーだからな。従ってやるよ。それに俺達がお前の想像しているよりも早く成長出来たらそれも早くなるんだろ?」
「逆も有り得るけどね」
「ふんっ、そうかよ。やってやるよ。1ヶ月切ってやる。直家!てめぇも手伝え!青海もだ!少しでも早く中層行くぞ!」
「俺達に何を?」
「稽古の時間を増やす。それと、狩る妖怪の数を増やす。だから、てめぇらも死ぬ気でやれ!」
「わ、私は正直あんまり少しでも早く中層行きたいわけじゃないなー……なんて、はい、すみません。頑張ります」
青海の偽らざる本音の一言をひと睨みで霧散させ、話を続ける。
「要は、早く中層行きたいから俺らも頑張れってことだろ?でも、今でも結構ギリギリじゃねぇか?稽古の時間もかなり取っているしこれ以上増やすのは次の日に支障がでるぞ?」
「だったら、狩る妖怪の数を増やす!お前見つけるの得意だよな!もっと見つけろ!」
「無茶言うなよ……」
「猿吉くん。あんまり中層に行くためにあんまり無理するのはダメだよ。僕らは中層出なくても全滅の可能性があるんだから」
「あー!じゃあどうすればいいんだよ!」
「地道が一番だ。ゆっくりやって行こうぜ?」
「慎重過ぎるんだよてめぇらは!クソッ!もういい!今日もう帰る。直家付き合え、今から稽古するぞ!」
「えー、まだ今日は早いよ」
「いいから来い!」
「はぁ、分かったよ。長貴、俺と猿吉は先に帰るよ。はい、これお金ね後は2人でゆっくりして」
「悪いね。そうするよ」
「ふ、ふたりっ!長貴さんとふたり、きり。はぅぅ」
「ん?どうしたの青海さん?顔が赤いよ?体調が悪いのかい?」
肩を怒らせながら歩いて外に出ていく猿吉とお金を置いて急いで猿吉を追う直家。ふたりきりという状況に顔を真っ赤にして狼狽えている青海。それを体調が悪いと勘違いしている長貴。
明日、まだ当分先にしていたはずの中層へ足を踏み入れることになるとはことは、誰も想像など出来るはずが無かった。




