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化け物と


「兄者、そっちはどうだった?」


「いいのが見れたぞ。実に面白いのがな。弟よ、お前は?」


「こっちも凄いぞ」


にやりと笑い合う兄者、弟と呼び合う二人の男がいた。場所は大門京から見て南西に位置する。丁度、大島家と三毛家、そして神室家の勢力拮抗帯と言える場所。


「そうか、そうか。それは楽しみだ」


「だけど兄者」


「あぁ、そうだな弟」


二人の服装は違う。それはつまり、二人は別々の主に仕える忍びだと言うこと。だと言うのに親しそうな二人はこの血で血を洗う戦国の世では異質。異質なものは見られてはいけない。それはほぼ例外なく秘事なのだから。


カサリッと。草が蠢く音が聞こえた。それは常人では耳を凝らしても聴こえるか聴こえないか、モグラが土の中で鳴くが如き小さい、小さい、不覚。


「俺は兄者のだと思うな」


「俺は弟のに賭ける」


ヒュッと、風をきる音は肉を刺す音とほぼ同時。今度こそ大きく草がガサリと大きくて音をたてる。ゆっくり歩く二人のいく先には苦悶の声すらヒューと空気が漏れる音がする瀕死の男。その男が胸に仕舞う木版は兄者が持っていた木片と同じ模様。


「俺の予想が当たった。この忍びは兄者の方だね。なんかね…疑われてんのかねぇ」


「いや、こやつ。知っているぞ。思い出した、ここら辺の哨戒に出された能無しだ。いなくなっても問題ない」


「ありゃ、可哀相に。って、もう死んでるか」


「とことん運がない奴だな。実力もなければ運も無い、こうして虎の尾を踏んだのだ。このような世に生まれた事を恨め」


今度こそ、その場にいるのはこの兄弟二人のみ。生ぐさい血の匂いは、嫌に爽やかな風がすべて掻っ攫ってゆく。


「…諸行無常ってやつかね。人が何やっても自然様、神様は関係ないってか」


「目をつけられるよりましだ。この世の中には神に目をつけられたとしか考えられぬものたちも存在する」


「おっ、その見てきた奴の話か」


「そうだ」


「言われてみれば確か。我々は才があった。だからこの戦乱の世で生きることができた。しかし、それは神に目を付けられていなかったから、だろうな」


確かに才能はある。生き残る才能は負けないと自負している。しかし、生きてきて自分が一番優れているとは思わない。実力も才能も兼ね備えている人間が蝋燭の弱い灯火の如く簡単に消し飛ぶ様を何度も見てきた。


「だからこそ、だ」


「だからこそ、か」


彼らが見た二人はその価値観からするとあまりに異質、異常。才あるものが次々に死んでいるこの終末が世に、ただ二人才なき者が有り得ないほどの力を持って存在している。


その半生、見てはいないが感じることはできる。あの信じられないほど練られた妖力に、何度も何度も無理矢理拡張された器は、もはや禍々しさすら感じるほど歪。


あり得ぬものが、存在している事実。これを面白いと表現せずしてどう言う。


「我々にも酔狂な心があったとはな。簡単に死なせるには惜しいなどと、どの口が言っているのやら」


「クックッ…。血も涙も無い忍びの台詞とは思えぬ」


そんな血迷いを起こさせる程の衝撃だ。生き残るだけなら問題ない才を持った二人は、その歪に今まで感じた時がないほどの執着を感じ始める。とは、無粋か。彼らはそのむしろ尊いとすら言える二人に惚れたのだ。生きることに飽きた二人は刺激を求める。人生を、命を賭けた、娯楽だ。


「ならば、聞こう。弟よ。そして喋ろう、我が見たすべてを」


「ああ、喋ろう。兄者よ。そして聞こう、我々の未来を託すに足るかどうか」


夜の帳に消える二人の姿はもはや誰も捉えることはできない。













神室家から南に位置する大島領。その中心に位置する屋敷にかの忍びはいた。若く新参ながら才を買われている忍び筆頭と言っていい彼は、特別にあくまでも非公式ではあるが大島家の現当主である大島勝典と直接に会うことが許されてた。


この大島勝典と言う男、非常に優秀な者である。その軍略は大胆にして豪快。そして、それを支える確かな基盤は隣国を唸らせる治世の賜物。戦乱の世にして彼の庇護下の領内は非常に安定している。それを裏付けるように安全な領内には沢山の商人が集まり、商業が発展している事は全国でも有名だ。


その血筋は由緒正しく、その弛まぬ鍛錬は息子には及ばないものの高いレベルを保持。総合的に見ても比の打ち所が無い。血筋に恵まれ、鍛錬もし、運も持っていた、努力の成果は伸び続ける領内の発展と領地をみれば一目瞭然だろう。


優秀な家臣に恵まれ、実力を正しく評価する。だからこそ、俺はここにいるのだろうが。


この男に従っていれば将来は安全。なんの問題もない。全てが揃っている。列強ひしめく中央部において西部に広大な領地を持つ三毛家と唯一覇を競う存在だ。


あぁ、なんて、なんて。


「つまらない」


小さく、呟く。


惰性で仕えていた。自分の才が己をここまで連れてきたが、もはやこの目の前の男に何も感じない。あるべくしてある、存在。磨かれて、数千、数万の中の一人のような希少性は感じない。蠱毒の壺で磨かれたかのような歪さのない、綺麗な器はその半分も妖力がない。一部の鍛練を積んだ者のみが持つ、千里眼はその者が持つ才を見ぬく。


「よし、聞こう。見た事を話せ」


当主が生真面目そうに真正面に座る。これに比べて、あの時みた男の気の抜けた顔は比べるのもおこがましい。再度己の酔狂具合におかしくなる。いよいよ、ヤキが回ったかなんて柄にもないことも考え、ついに笑みが溢れる。


「…何が可笑しい?」


「いえ、見た者があまりのもご当主様とは違った者で」


「…珍しいな。お前がそのような事を言うとは」


「えぇ。私も驚いております。しかし、人として生を受けているのです。面白く生きねば」


「……」


一瞬息が止まる気配を感じた。それほど驚いたのだろう。それもそうだろうとも思う。


今まで、人間としての温度など感じないくらい冷徹に生きてきた。そんな男が面白く生きねばと血の通った人間のような事を言うのだ。


「何を見た」


語気が強くなり、詰問のような厳しい声が響く。興味より、警戒がまさった。


「血の丘に咲く花を」


「貴様…」


「又は、蠱毒の壺の生き残り。それが武器のない小さな蟻だから驚きです」


「何が言いたいッ」


ゆっくりと下げていた頭をあげる。そのような許可を出していないのに上げるのは厳罰対象だ。しかし、あげた。その顔は怪しい笑みが張り付いており、その目には当主に向けてはいけない類のものも含まれていた。


「忍び風情が…敵方に堕ちたか。ふん、もう良い下がれ。二度と俺の目の前に現れるな」


「いえ、まだです。本当は誰にも教えたくはないのですが…お伝えしましょう。私が見た全て。それは、新しき主の望みでもあるのだから」


「……」


語り出す忍びに、黙す。情報だけは手に入れる。それが偽物でも本物でも有用だから。なんとも優等生、そう言う判断をすることは分かっていた。


「神室家に二名。いえ、三名ですか?一人、よく分からないのがいましてね。新参者が入りました。彼らが力無き姫御を盛り上げ家中統一、隣国の弱小勢力の討伐、それらを短期間になし遂げました」


それは知っている。息子にも聞いた。強きものがいると。しかし、素直には信じられない。あまりにも出来過ぎている。


「彼らの名は、直家、猿吉。聞いたことがありませぬ、無名の輩」


しかし、その事実が本当だとすれば…すればだ。


「何処から現れたかも分からぬ、しかしそのありようは歪。死地を超えて、地獄を超えて行った形跡は隠すこともできない」


一つ、可能性がある。この中央部より東に今まで戦乱の気配が無かったある地方が戦乱に包まれた。その戦火の燃え広がり方の凄まじさはここまで話に聞くほど。何より不可思議なのは勝つべき勢力が負け、負けるべき勢力が勝利している事実。


戦乱の世の中でも珍しいほど巡るましく変わって行く情勢に度重なる戦。天下に名高き将の死も多く聞いた。だと言うのに、その地方を今手中に収めているのは開拓者の女。地獄だったと言う、死体が山のように積み重なる戦があったと言う、何度攻めても攻略できなかった城があったと言う。戦乱の世においても稀有なほど高密度に戦が重なる。


そこから、その地獄から這い出てきた者だとすれば。


「隠すことができないほど、常人が器。才なき者。それが今、生き残り立っている」


古きこの国の世の書物にも現れる、下賤の才なき者。神に呪われたとしか思えないような試練を越え、打ち壊し、そこに立つ。


「知っておりましょう。ご当主様なら。私は信じておりませんでした、その目で見るまでは」


かの者は、ほぼ例外なく、その身を焦がし進んだ結果、天下の者共にこう呼ばれる。


「化け物、が現れました」



生きてます

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