常道の化け物
お久しぶりです。かろうじて生きてます。
しかし、困ったものだ。勢いで二日とか三日とか言ったが、曲がりなりにも一地方の制圧がそんな短時間で終わる筈がない。猿吉とて半分冗談のつもり…。
「いや、無いな。あいつが二日って啖呵きったら二日だ。どんな手を使うかサッパリだが…ハァ。気が重いなぁ」
「いやいや…弱気とは…これは聞かなかった方がよろしかったでしょうかねぇ…?大将殿」
……驚いた。まさか、こんな独り言が聞こえる距離に人がいたとは。少しびっくりしてしまった。
「……い、いやだなぁ…そんな殺気をぶつけないでくださいよ。漏らすところだったですよ…」
「悪い…しかし…」
まぁ、そうか。よく考えればいるに決まっているか。なにせ注目の戦だ。
「漏らすのは殺気か、武器の類か?」
「…へぇ…バレているのに殺さないのですか?」
「お前の目的によるな。ただの偵察だけなら殺すまでも無い。ぶっちゃけ都合がいい」
将軍家である神室家が何に苦労しているか。それは地政学的に包囲されているとか、収入源が無いとか色々あるが何より大きいのが、侮りだ。
これはかなり致命的である、外交をしようにも交渉のテーブルにすら立つことはできない。ましてや、反撃などできないであろうという侮りが余計な敵すら産んでいる。現状の多方面作戦はそのせいでもあるのだ。
ならば、その侮りが消し飛ぶような武功を。神室家に手を出した勢力がどうなるか、要は見せしめだが、それが欲しい。それが結果的の平和につながる…などと綺麗事を言うつもりはない。ただ自家の傷が減るその為の戦争だ。
どうせずっと松戸家と野原家で終わらない永遠の小競り合いをやっているような所だ。直近の脅威としてはかなり弱いと言っていい。そこをわざわざ狙うのだ、その戦略目標は直家にもわかる。
「わかってて手の内を見せるんですかい?」
「残念ながら手の内を隠せるほどの余裕はないんだ。まぁ見るなら俺の側を離れるなよ?」
「少しでも離れたら?……ッ⁉︎あぁ…はいよ。理解したぜ」
両手をあげて引き攣った笑みを浮かべる男。暴力を使わない平和的解決方法を理解してくれる物分かりのいいやつはやりやすい。
「まぁ、悪いことばかりじゃない。死にそうになったら助けてやる。大事な広告塔だ、折角生かしたのに死なれるのは惜しい」
槍を担ぎニッと微笑む。どうせならいい風に報告してほしいものだ、必要以上恨みを買ってもしょうがない。守ると決めたら他の兵士と同じだ。
「……へぇ、うん。なるほど、こりゃいいや」
調子者の間者は驚いたように目を見開き、直家を見つめ妙に納得したように頷いた。立場上あんまり喜べねぇが…と置き。
「そうなりゃ、よろしく頼んますぜ。大将!」
心なしか間者だとバレる前よりリラックスした表情で直家の肩を叩くのだった。
「で、大将殿はどんな奇策で敵の拠点を落とすんですか?」
「そんなものはない」
「ないって……」
直家の発言にまっさか〜と言っているが冗談は言っていない。本当に何にもないのだ。元々奇策、奇計を案じる方ではないしそこら辺の戦術眼は猿吉には遠く及ばない。文句を言わせて貰えれば直家に電撃戦など向かない。
なら、速度をが犠牲になってもいいくらいの戦果を上げればいい。
考えた挙句直家が出した結論はそれだ。目標の達成である松戸家の制圧、それは当然としてそれ以外のなにか。
「速度じゃ猿吉には勝てない。なら、俺にできるのは」
素直に負け、など認める筈が無いだろう。猿吉に負けた…なんて絶対言ってやるものか。俺なりの勝負の仕方、俺なりの勝ち方で、勝つ。
「え……もしかして本当になにも無い…?」
「いいから見てろ、間者。俺の戦いを見せてやる。約束の戦いだ」
なにせ出陣前に全兵士に約束してきたのだ。それを果たす。
「ご報告申し上げます。西方より神室家の軍が松戸領内に侵入。西の砦が二つ敵の手に落ちました」
「なに?被害、敵の規模は?」
「被害は砦に詰めていた三百、敵の兵は五千ほどだと思われます」
その報告を聞いて焦りは引いた松戸当主の男。むしろニヤリと笑って見せる余裕を見せた。
「……くっくっ!ハハハッ!急に噛み付いてきたと思ったら随分と柔い牙ではないか!」
それだけの数を擁していながら、まだ砦が二つ?我が松戸領内の十四ある砦の内立った二つ!戦の正道すら分からん愚将だ!我なら部隊を分け、奇襲の効果があるうちに六の砦を落とせると言うのに。と、敵の無能さにほくそ笑む。
「この戦、簡単に勝てる。数は多いが的確に防御戦に勤めれば敵は松戸城まではこれまい。すぐに前線に兵を送れ、それより先には行かせん」
そして疲弊したところを逆に追撃し、地獄を見せてくれる。と、大口を開け笑う。その表情は
「ご報告いたします。敵軍の手により我が軍の砦が降伏いたしました。これで7つ目の砦が落とされました。この城もそろそろ範囲に…」
次の日の同じ刻に早々に崩れさった。
「な、なぜだ。なぜ止まらない!前線に兵を送ったのであろう⁉︎」
松戸当主の前に広がる領内の地図、その地図にまた赤いバツが刻まれる。
「……気味が悪い!すぐさま対策したと言うのに…なぜ敵軍の足は一切鈍らなのだ…」
一定間隔毎に砦が攻略されたと言う情報が届く。その時間はほぼ変わらない。まるで万力の力で徐々に締め上げられているような錯覚さえ起こすほど。歩みは遅いがその歩は決して緩まない。
「えぇい!残るこちらの兵力は!」
「…残るは千六百ほどになります」
「なにぃ!それだけか!砦から逃げた者共などはいないのか⁉︎損耗が激しすぎる!」
「……それが…」
凄まじく言いづらそうに身じろぎする伝令の男。なんだ!早く言え!と当主が怒鳴り急かすと意を決したように。
「敵軍、総勢で六千近くに……兵力が増大いたしております」
「…ハァ⁉︎」
それはつまり。脳が理解を拒否する。しかし、それしか考えつかない。身体から力が抜けていく、腑抜けていく耳に入る声はどこまでも非情に真実を伝えた。
「我ら…松戸家の足軽達です。一部武将格の裏切りも確認できました。敵軍は我らの軍を吸収し肥大しております」
「ん?なんだ?この砦空だな。逃げたのか?」
「いや〜今なら敵大将さんの気持ちがよくわかるぜ。こりゃ引くわ。色んな意味で引くわ…いでッ!」
「なんだその含みのある言い方は。気に食わんな」
「だからって叩かないでくださいよ…」
槍の殴打を受けて頭を抑えてうずくまる間者。この男の性格もあるが馴染むのが異常に早い。
「……まぁ、正直予想以上です。軍を分けずに一つずつ確実に潰していく、敵は圧倒的な兵力に戦意を挫かれ降伏。足軽には金を払いこちらに引き込みとその他の武士は領地の保護を約束。やり方は案外柔軟ですが堅実でここまでの被害は皆無。むしろ、その勢いと兵力は最初より多いときますか」
「流石にここで雇った足軽と武士は分断して隊も分けているけどな。こっちが優勢なら裏切りはないはず、なら優勢な状況を作り続けたらいい。ましてや新兵に白兵戦は被害を増やすだけ。弓と妖術、南蛮筒まである。使わない手はないだろう?」
「なるほど、しかし。敵さん多分残りの兵力全て城に集結させたぜ?流石に砦とは違って今度は苦戦するんじゃないんですかい?」
松戸城に残存兵力全て集結、その数千六百と砦とは違う本拠点である城。本格的な攻城戦だ。流石に被害が出るだろうと、直家を探る。
「変わらない。一つずつ潰していくのは」
しかし、表情の変わらない直家。その歩みは空の砦を踏み越えても変わらない。
「ご報告申し上げます!敵の矢の攻撃が「ご報告申し上げます城門が突破され「ご報告申し上げます三ノ丸が「ご報告「味方勢が敵の甘言に乗り「二ノ丸の将が裏切りました!」
何故、何故!何故!!
「何故止まらない‼︎その足が緩みもしない!」
頭を抱えて、震える当主は徐々に近ずく敵に怯える。それはまるで逃れられない死が迫ってきているように不気味で原始的な恐怖を感じる戦い方。真綿で首を徐々に締め上げられているようだ。
「……なるほどな…」
何故今までの砦が簡単に落ちていたのかわかった。これは嫌な相手だろう。どんな攻撃をしてもどんな対策をしても、ビクともしない、効果がないと錯覚してしまう。そんなものこちらの精神、士気がもたない。
「これを打破するには……中途半端ではダメだ…」
追い詰められた松戸家当主が唯一の解決策を思いつく。対直家用としては最適な方法だが…しかしそれをやるのはもう遅すぎた。
「乾坤一擲の突撃で敵を……」
やるならば戦が始まった瞬間、最初の砦でやるべきであった。それでも勝てるかどうかはまた別の話であるが。
「ご報告申し上げます。敵軍が本丸に侵入…ま…した」
グシャリと潰れるように倒れる血塗れの伝令の男。
「ふぅ、やっぱり攻城戦は気を使うわ。時間もかかるし。なんだかんだ報告は明日か、四日かかったな…」
槍を持つ男。直感的に分かる、格の違い。戦略だけでなく武勇もこれほどあるとは。
「……神室軍の大将か。そうか…貴様か…。くっくっ…このッ!化け物が!死にさらせッ!」
「俺がやってもいいけど…ここは」
敵の刀を受け止め、弾き返し左手を軽く上げた。
「なっ!」
「撃て」
直家の後ろにいたいかにも新兵という兵士達が慣れない様子で南蛮筒を構え、放つ。
轟音。それは戦の終わりを意味する音。
首すら取られず、身体中に穴を無数に開けられ倒れる。が、煙が邪魔で見えないその場所にはまたすぐに弾込めをしてある部隊が撃ち込む。三段撃ちの要領で次々に撃ち込まれ攻撃停止を命令する頃には原型すら残らず無数の穴が空いた肉片だけが残ったのであった。
「敵大将には申し訳ないけど、戦が終わったってわかりやすく伝えないと」
見せしめと、終戦の合図と、新兵の訓練。なるほど、これは。
「大将殿。俺はもういいですかい?」
「あぁ、まぁこれ以上いられたら面倒だから追い出すつもりだったけど。しかし、誰に報告するかわからないけど、なんて報告するんだ?」
ちょっと気になっているのか、チラチラ間者の男を見る様がなんともこの戦を指揮した人間とは思えなくて吹き出す。
「なんだ、笑うほど酷いのか…?確かに遅かったかもしれないけど……」
遅い?何を言っているのか。四日で一地方を制圧したのだぞ?遅いはずがあるか。
そして城攻めの上手さは異様。まるで自分自身が守将で弱点が全て分かっているような指揮。
敵の心理を手玉にとった戦い方。というより守る側の嫌な事を熟知している策。
堅実にして、確実にして、王道。だというのにその全てが異様。どこか歪さを感じる戦い方に対する評価は。
「違いますよ、我が主に報告するとすればそうですね…常道の化け物が現れた、とかですかね」
ヘラヘラしていた表情は消え、直家を見ながらそう言った男は冷や汗を流し、今後荒れていく中央の騒乱を予期せずにはいられなかった。
大島家と三毛家、そして神室家。役者は揃いつつある。時代はこれを機に一気に進む。そのことに気がついている者はまだ誰もいない。
感想という、作者蘇生魔法ください!