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電撃戦

遅れましたこと大(以下略


すみません……。


大門京を中心に広がる平野を東に山二つ分超えた場所にも砦がある。この場所も神室家にとって重要な防衛拠点。しかしこの場所は他の砦に比べ損耗と劣化が激しい。


その理由は単純。南と西の大島家と三毛家にかける力の比重が大きいから、こちらに兵力と財力を回す余裕がないのだ。いくら蓄えがあると言っても全てを完璧に補っていたら数年も持たずとして本当に国庫は空になっている。


北の海原家は八杉に圧力をかけられこちらには暫く攻める余裕は無いという、また東の野原家と松戸家は両家ともに争っているのみならず高い山を越える必要があるが更に東の武達家が攻める用意をしているという噂もある。


つまり、西と南以外は神室家に全力を出せない家が多く基本的に規模が小さい。


「まぁよ。そんな状況だって聞けば最初に攻めるべき場所は決まりだよな」


腕を組みオンボロ砦の高台で目を細め遥か遠くに薄っすら見える街を眺める猿吉は口元を歪めそう後ろにいる直家につぶやく。


「……戦力が根本的に足りないから長期戦は不可能。電撃作戦しか無い。神室家の全力を持って一気に潰す必要がある、それが可能な家は今のところ二つだけ。それは両家もわかってるはずだけどね」


「フッフッ!それに関してはこのノブを褒めて欲しいですね!情報封鎖や偽情報の流布!そのおかげでいまだに松戸家と野原家は神室家が攻めてくるとは夢にも思ってないでしょう!もしかしたら家中統一すらできてないと思っているかもしれません!」


「あれ、お前いたのか」


「あれ、ノブいつから?」


「……え?…最初から…ずっと一緒にい」


「どうでもいいか。ノブの工作は悪くねぇが、それだけじゃねぇよ。あの両家は互いのことしか見えてない。信じたい情報しか見てない。いくら情報操作したって絶対はねぇ、必ず真実の情報が入っているはずなんだ」


この時代、情報の完全な遮断は規模が大きくなればなるほど不可能になる。少なくすることは出来てもゼロにすることはできない。国の主の耳に一瞬でも入った筈だ。


神室家の姫将軍が家中統一に成功。戦仕度を急速に進めている、と。


「…信じれないのはわかるけどな」


十数年、対外の家に領地を奪い取られ裏切られ大門京一つになり鉄壁の砦を盾に引き篭もってきた家。ましてや、明らかに傀儡の姫が将軍になった事実は最早脅威なしと高を括るには充分なものだろう。


「あぁ、でもよ直家。急速に伸びる奴ってのはそういうところから一気に這い上がってくるもんだ。そういう存在が確かに存在していることをしらねぇ、考慮しねぇ時点でこの乱世には向かねぇよ。遅かれ早かれ必ず滅びる三下の家」


なら、ここで終わらせてやろうってのは優しさだ。と、残虐的な笑みで優しさとやらで語る猿吉には一度優しさの意味をよく調べて欲しい。


「確かに、油断していたでは済まないザル警備。近くの砦には兵数百以下ときたもんだ。そっちはもう中野の爺さんが夜に落として、まだ異変に気がつかないのは確かに乱世向きではないかもな」


「……民にとっての不幸は弱い領主の下にいることなのかもしれませんね。極小領主の元武士としては複雑な気持ちですが、建前を張る余裕のない乱世でこそ見える世界がある意味真実と言えそうです」


どうだろうか。確かに人々は繕う余裕がなくより欲望に忠実に見えるかもしれない。だが、その余裕のなさで助けたい人を救いたかった人を本当は一緒に居たかった人を救えなかったかもしれない。それが自分の命惜しさと言えばそうかもしれないが…それを本気で悲しみ歯を食いしばるのもまた真実ではないのか。


そう思ってしまうのは猿吉とは決定的に違う直家の心の奥底にあるこの世界の人には理解しがたい性善説の考え方だろう。まるで自分だけ、この世界とは別の場所で生まれ育ってきたような価値観。それがどこか直家の根底にあるのだ。


「……おい、ボーッとすんじゃねぇ!中野のジジイから狼煙が上がったぞ。刻限だ」


「——わかってる」


もとより、気など抜いていない。ここから先はスピード勝負。狼煙は敵にもしれているということ、異変には気がついただろう。


ただ、本当に今気がついたのだとすればあまりにも遅すぎるのだが。


高台から飛び降りる直家と猿吉。着地するとき少し足を痛めて顔をしかめるノブを放って先に進む二人は簡易ながらも慣れない鎧姿の京将軍の元へ赴く。


「……合図ね。手筈通り直家が松戸家攻略軍、猿吉が野原家攻略軍をそれぞれ率いてもらうわ。私の権限と財力を使って集めた五千ずつの軍よ。私達が許された時間は一週間が精々。それまでに両家を完全に潰しなさい。可能よね?貴方達なら」


挑戦的な笑みで直家と猿吉を見る京に猿吉はニヤリと。


「なぁ、直家テメェはどうだ?何日でいける?」


「六日以内には全部終わっているよ」


松戸家は砦が多いが兵力が少なく三千かそこら、野原家は砦が少なく城が簡易だが兵力が多く四千以上いるらしい。


「なら俺は五日だな」


「…四日」


「三日だ」


「私的には今日中に終わらせて欲しいわ。いくら貴方達の力が必要だって言ってもこんな家中の憎悪を集めている状態であまり離れて欲しくないもの。いつ寝首かかれるか」


流石にその言葉には無茶いうなという反応の両者。


「京将軍!俺がキチンと身辺警護しますよ!安心してください!」


「…これが本当に頼り甲斐のある身辺警護だと思うならゆっくりでも大丈夫よ」


「行くぞ直家。本気で時間がねぇ。二日で終わらせるぞ」


「ああ。勝っても帰る所がないのはシャレにならない」


「あれ…扱い酷くないですか?」


結構本気で泣きそうなノブをからかうのはここまでにして、三者ともに雰囲気を変える。


「改めて」


スウと息をすい、目を見据え。


「天下に比類無き栄華を誇った神室家に対して数々の無礼を働いた逆賊、松戸家と野原家の討伐を命じる!その武勲を大いに高め!そして神室家の名をもう一度世に大きく広める第一歩を!華々しく!苛烈に!圧倒的に——勝て‼︎」


「「仰せのままに」」


将軍と信頼できる臣下しかいない砦の陣幕から直家と猿吉が外に出る。その前にいたのは待機していた両軍合わせて一万の軍勢の一部。


「「旗を上げろ」」


待ってましたとばかりに一斉に上がる神室家の旗。砦周辺の山々からも上がって行く。


「テメェら行くぞ!俺についてこい!ついてこれねぇ奴は容赦なく置いて行く!殲滅だ!敵の完全な殲滅!勝利はハナっから約束してやる!ついてこれたやつから女!財!なんでも好きなものを取れ!欲しけりゃ駆けろ!命も賭けろ!俺の背中ァ見失わなければ両方手に入るぜェ‼︎


「「「オオオオオオオオォォォ‼︎」」」


そんな俗っぽすぎる演説かまして猛然と馬に跨り駆けていく猿吉を見送る直家。


流石の一言だ。あの手の演説、扇動は得意中の得意だろう。煽てるのが上手いというのは素直に羨ましい。ましてや急拵えの軍だ練度は最低だろう。それを欲望を餌に勢いで乗り切るのもまた計算か感覚か。あの男は両方持ってそうだから恐ろしい。


しかし、この後はキツイな。猿吉ほど言葉数が多い方じゃない。さて、なんて言おうか。


「……この先数十年続く神室家の覇道の第一歩だ。将軍の無敵の常勝の軍の初戦なのだ。この先数千、数万の屍を築く我らの道は遥か長い。この先の歴史に残る軍の最初の一員としてお前らがやることは——生き残ることだ。こんなところで死ぬな。こんなしょうもない財に、勝利に、満足するな。見せてやる、その先に待つ遥か大きい栄華を。財を。名誉を。いつしかお前達はその武勲に敬意を抱かれ、無敵の軍の存在は広く天下に知れ渡ることになるだろう!付いてこい‼︎俺が()()()そこまで連れて行ってやる!」


「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ‼︎」」」


馬に跨り悠然と進軍する様はまさに将来の常勝の軍の原型。その形が薄っすらと見えたノブは引き攣った笑いで二人を見送ることになる。


「……なんで二人とも言葉だけであんなバラバラの軍を自分色に染め上げられるんだ?」


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