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太陽将軍

遅れました。死んでませんよ。仕事が忙しいだけです。


「撃て」


幼い、少女の声が聞こえた。


ドォンと芯に響きわたる銃声。その音に神室家の御所内の者たちは肩を震わせ縮こまる。女中の者では悲鳴をあげるものも珍しくない。そして、皆一様に不安そうな顔で音の発生源の方向を向く。


「次だ。直家、猿吉行くぞ」


その声が近づいてくる。慌てて隠れたり、露骨にならない程度に足早に去って行った。一人の役人が慌てて方向を間違えたのだろう。


「ヒッ!」


小さく悲鳴をあげた。その視線の先に撃ち抜かれた死体がいくつか血溜まりの中に沈んでいたのだ。


「くっ狂っている!なんだこれは…」


役人は武士ではない。もちろん戦場にも出たことが無い人間だ。だからこそ、目の前に転がっている入念に撃ち殺された死体を見て心の底からそう思う。そう思っていても口に出さないことを思わず口に出してしまうほどの衝撃。失言に気が付き口を手で押さえばっと後ろを振り向く。


「……ッ!?」


「ふぅん…狂ってるねぇ」


感情を感じない瞳でこちらを見る京。南蛮筒を持つ兵士がこちらに銃口を向け下知を待つ。


殺される。


そう思い、目を閉じた役人。こんな死に方になり、あまりにも情けない。何故、あんなに大人しかった姫がこのような悪魔になってしまったのか。思考が纏まらない頭で考え続ける。粛清に次ぐ粛清、自分も殺される。


しかし、その時は訪れない。恐る恐る目を開けると、銃口を向けていた兵士はおらず京もそこにはいなかった。


「な、なんなんだ…」


その場にヘタリ込む男は呆然とした顔で彼女がいた方を見る。


人を殺して回るのも彼にとっては謎であった。しかし、自分は殺されなかった。彼女を狂人扱いしておいてだ。将軍をそのようにいうなど、だれであっても殺されても文句は言えない。


「……悪魔…か」


……自分は知っているではないか。彼女の大人しく、姫として努力してきた姿を。そんな彼女が嘘のはずがない。むしろ…。


「それにならなければならなかった…のかな。いや、悪魔なんて人じゃない。僕は殺されてないんだから」


彼女はただ将軍として決断しているだけ。それが悪魔に見えるというのなら多分それはこの場所が彼女にとって地獄に他ならなかったのだろうか。


なら、だ。それならば地獄を変えようと足掻く姫は何を目指している?悪魔の如き粛清の嵐の果てに、悪名、汚名、泥を被りそれでも彼女が欲しいものは?


復讐か…それとも、本気で——。













「ふん、あそこで撃っていたら俺様はもう力は貸さねぇところだったが。まぁ、よく堪えたと言っておこうか。姫さんよ」


「なんだ。余がそこまで堕ちたっと思っていたのか」


猿吉の言葉に皮肉げに口元を歪ませる京は、チラリと直家の方を見る。


「お前もそうか?直家」


「……そうかもな。だって…最近の京がやっていることは人の心を摩耗させる。俺たちが京の目的を知る人間だとしても、どこかで壊れて、それ自体を楽しみだすようになっていてもおかしくないから。そうなったら…無責任だけど…どうしようもないから」


「……何を言っているのよ。そんな事、貴方が心配する事じゃないわ。その時殺されるのは私よ?最初の契約、私の首は貴方たちのもの。怖くて、目的以外のことはできないわよ」


肩を竦めるようにそう嘯く京は歩を進める。が、その身体は小さく震えている。


それを冷静な瞳で見つめる猿吉と心配そうな目で見る直家。


彼女はまだ年若い少女だ。精神的にも未成熟。が、周りやその環境はその身に余る能力を常に要求する。


「………」


「直家、こればかりはどうしようもねぇぞ。あの女が決めた道だ。俺たちはその鉾でしかねぇ。鉾には傷を癒す力はねぇよ」


「……わかってるよ。俺たちの仕事じゃないことは。でも、心配するくらいはいいだろう?」


心配してくれる人がいるだけで何も言われなくても、何か解決していなくても、心は少しだけ軽くなる。


そのくらいしかできないが。決して無駄ではない。


これは多分、経験談だろう。自分の、遥か昔の、それこそこの世界に来る前—。


「……あれ…何言ってんだおれ」


ズキリと一瞬痛み出した頭を押さたのであった。
















一月が過ぎたであろうか。諸他家の軽い侵攻に危なげなく勝利し内部の氾濫分子を粛清し続け遂に表立って京に逆らうものは皆無となる。


が、未だに潜在的なものは多くいるのが現状だ。そして、裏での反発に関しては前よりも大きくなった。それはここ最近やり続けている強引な粛清が原因。


「しかしだ。どう思われようが、この光景は正直胸がすく」


神室家の全家臣を召集。一番広い間に並ぶ家臣たちは京の入室に一斉に頭を下げる。その顔には僅かの粗相も許されないという恐怖が見て取れる。


京の後ろにいた直家はその言葉に少し苦笑いし、少し同意する。最初の扱いから考えればこの光景は姫にとっては胸のすく光景だろう。数百を超える家臣が一斉に頭を下げるという光景はそれだけで圧巻である。


「内部の統制はこれで一旦終わる。これからは余の力を認めさせ当主は私しかいないと認めさせる必要があるからな。内部粛清だけではこれ以上は逆に敵を作るだけだ」


というのが彼女の言葉。方針転換の区切りとしてこの一斉召集なのだろう。これまでの成果の確認も含めて。


「直家、猿吉。お主たちがいなかったらこの光景は見れなかった。感謝する」


「礼はいい。俺様が見たいのはその先だ。ここは価値のある通過点とすら思っていねぇよ」


「俺は一つの区切りとしては価値のあるものだと思うよ。この先に至るための大きな前進だ」


二人の言葉にフッと笑う京。二人の言う事はそれぞれの考え方、性格の違いが如実に現れている。が、それでも二人の言うこと両方正解。


「そうだ。これからだ。これからが真に価値のある、これから先が本番。だが、今ここも価値のあるもの。ようやく、零に戻った。暗闇にようやく朝日の余波が届き始めた」


目標はその太陽を天辺をすえ、遍く全てを照らすこと。そのための第一歩。信頼する京の最強の鉾を両側に添え将軍が居るべき最奥の上座に腰を下ろし口を開いた。


「お主達は余を将軍と認めていないものがほとんどだろう」


喋りだす京に頭を下げる家臣達は冷や汗をたらりと垂らす。図星の者はかなり多い。


「このような小娘に何ができると思っていた。それが偶然現れた強い者達を従えたから復讐の粛清に勤しんだ…そう思った事だろう」


違うのか?そう言う疑問を頭の中で浮かべる者が多い中さらに続ける。


「…そうだ。復讐だ。憎しみが、怒りが、最初の原動力だ。それは偽らん。だが…、だがだ!それより先にあったのは神室家の現状に嘆く心だ。神室家を思う心だ!つい百年前!我々は頂点に立っていたのだぞ!遍く全ての武家の棟梁!それが我々だ!それが神室家だ!だと言うのになんだ!なんだ‼︎これは!このていたらくは‼︎」


立ち上がり、叫ぶ京。


「頭を上げよ‼︎俯く屈辱はもう良いだろう!余を見よ!見上げよ!嘆け!恥じろ!そして、その恥!嘆きを塗り潰す機会!それを与えてやる!今までの全てを帳消しにする栄光をその手で掴める機会をな!」


頭を上げ、驚く家臣達は京を見上げつぎの言葉を聞き目を見開く。


「外征である!討伐である!侵略である!不遜にも武士の頂点に立つ我らに攻めてくる奴らに!守るだけの時間は終わりだ!従わないなら従わせる!もう一度誰が主人か分からせるくれる!もう一度沈んだ太陽を頂点に掲げるぞ!覚悟は良いか!者ども!」


その演説じみた言葉の数々に圧倒される家臣達。だが、それでもそれらの言葉に小さくともる小さな火は確かに感じていた。


「そして、私が名実ともに神室家の将軍として貴様らに!この世の全てに認めさせる!我が力が将軍に足るものだと証明してみせよう!私が!太陽だ‼︎」


将軍は人ではない。人間離れの精神力が必要なその地位はまるで太陽のように、その熱と光は全てを天照す。未熟な少女はその身を焦がす道に本格的に足を踏み入れたのであった。



投稿は絶対するのですが…時間はこれからかかると思います。

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