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内部掌握2

遅くなりました


「沢道が粛清された」


この事実はその日のうちに神室家御所内全てを駆け流る。誰もがその話を最初は一笑し、そして首が御所内にあることを知ると言葉をなくし閉口した。


「あり得ぬ。沢道は神室家にはなくてはならぬ存在」


重要度では将軍である京姫より上だ。言葉には出さないがそう思う者がほとんどだろう。それは、事実そうなのだ。神室家の外交を一手に引き受けていた沢道が上手く他の家と停戦と同盟を決めてきている。その男がいなくなったら外交関係は破綻したと言ってもいい。彼だから上手くやれていた部分が大きいのだ。


彼が正確に言えば神室家の人間ではなく、宗教家という立場が強かった。沢道を切ったいま、神室家は仏門からも敵対視されるだろう。


薄氷の上に綱渡りしながらなんとか存在を許されていた神室家はこれから受難を迎える。それは、誰でもわかること。将軍である、京もだ。


驚き、言葉をなくし、これからどうなるかと考えを巡らせたところで思いつく。


「どのように…沢道を粛清した?」


彼は神室家の中でもかなりの大きな派閥、彼に従う武門の家も多い。従う家の多さは大体、護衛の質に比例する。神室家でも有数、かなり強力な護衛を側に控えさせていたはず。それを将軍が粛清した?形、名ばかりの将軍にそのような力はないはずだというのに。


「何が起きている…」


と、困惑するもの。


「ふざけるな!沢道がいなくなったらこの家はお終いだ!従えるか!」


と、怒り見切りをつける者。


「沢道がいなくなった今、我々の派閥が伸びる時!」


野心を燃やす者。未だに、神室家は一つにはまとまらない。


神室家のほとんどは沢道の死を不審には思えど、京に力ありと確信に至るほどではなかった。それほどまでに、京は侮られている。


それも全て京の狙い通りだということに気がつくものはまだいない。


しかし、もうじき皆は嫌でも理解するだろう。それは、見切りをつけて離れていく者の背中を見て笑う京の笑みがその予兆だ。






















大門京の西端にある砦。この場所もかなり堅牢な砦として名が知られている。それは近年さらにその規模が強化、拡張され続けている。金銭的に苦しい神室家がそれでもと支出するには訳がある。


西の雄、西国の三国を支配する三毛家がその影響力を近年着々と強めているからだ。東と北はそれぞれ神室家以外に圧力をかけられているから全力を神室家に向けることはできないが、南の大島家と西の三毛家は違う。


両家ともに、新進気鋭の新興の家でその勢いもその質も脅威である。何より他に対抗勢力がないことが一番大きいだろう。この両家はほぼ全力を神室家に傾けることができるのである。これが一番怖い。


そして両家の狙いは大門京。そこを先に奪取した側が、この中央地方の覇者に最も近くなる。それに、ついこのあいだの戦いで大島家が敗北。戦いで神室家は疲弊している。この機会、三毛家が逃すわけがない。今挙兵の準備を着々と進めているだろう。


「そういう現状でこの砦はかなり価値の高いものになる。この砦を土産に三毛家に寝返ろう…そうしたら厚遇は約束される。そう思うだろうな、そして私はそれをわかっていても止められない力無き姫…まったく嘆かわしいな」


「…家庭環境かな?この娘の性格がこうなったのは…」


「生まれつきだろ。この女はそういう奴だ」


「ノブは両方だと思いますね。ある意味才能ですよ。苛烈であるのも」


「失礼ね。力を持ったら人間変わるのよ」


「暴君になるのを自覚しながらそう言えるのは多分生まれつきだな。こりゃ、歴史に残る悪女になるぜ」


「いいじゃない。でも、悪行の最後にこう付け加えておきなさい。天女に見紛うほどの絶世の美女であったとね」


「間違ってはいないから悔しいな…」


「…………」


シーンと静まりかえる。ノブと猿吉は時折見せる直家のこういう所を知り始めていた頃、コイツやりやがったという目でみて。京は先頭で前を見たまま振り向かない。


「……ふ、ふん。無駄話はこれくらいにしましょう。彼らが動き出したのはもう知っているのよね。なら、もうすぐのはずよ、馬鹿な反逆者どもがここを通るのも。直家、砦にはもう人を配置したのよね?」


「ああ、裏切りの息がかかっていたやつを何人か斬ったら大人しくなった。知り合いの連中を入れたから多分大丈夫だろ」


「あぁ、私を怖がらせたあのガラの悪い連中ね。使えるならなんでもいいわよ」


度量が広いのか余裕がないのか。両方だろうが、たしかに力を手に入れた彼女は変わった。


「見えた。馬鹿な奴らね」


京率いる、将軍の私兵達。急遽集めた急拵えの集団。開拓者であったり、裏の人間であったり、基本的に素性が知れないものも多い。本来は将軍だとか気にも止めない者達、それらを使えるようになったのは直家と猿吉のおかげだ。


力を至上とする彼らは、直家と猿吉の存在は大きい。二人ならば従うならず者たち。大門京でいままで徴兵してきた者たちとは違う、それこそ計算外の勢力。それは、総勢四百とかなりの規模を誇る。


「彼らは今日これから起きることを理解できないでしょうね。悟られる筈のない裏切りと、動ける筈のない将軍に、いる筈のない軍隊」


ぞろぞろと、松明の光が目立つ軍隊。総勢千はいるだろうか。この夜、もう手回しが済んでいる砦に入るだけ。そして、三毛家に寝返る。それだけの行軍。行軍というより、大がかりな引っ越しだ。


「裏切り者を見つけて粛清していくという手間が省けたわね。裏切り者を一回で一掃できる。綺麗な神室家にしていきましょう」


「風通しは良くなりますね」


「身体に穴が空いた人間が増えるもの、当然」


そういう意味じゃないと、憮然とした表情になる直家。なんで、こうも物騒なのだろうかこの姫様は。


「じゃあ、行きましょう。私の名が歴史に刻まれる最初の功績よ。裏切りの者の鮮血粛清、鮮烈登場。血祭り、皆殺し!どれでもいいわ!私に逆らったらどうなるか、それを分からせるためなら何してもいい!天下に遍く全ての武士に頂点に立つ最高権力者!将軍、神室京が命ずるわ!———殺せ!」


裏切り者の粛清の下知が出た。


苛烈な命令は、直家以外のならず者達の気性にあったもので…口角を上げ獣のように襲いかかった。
















「な、何が起きている!いったい何事だ!」


怒号と悲鳴が夜の静寂を破り、響きわたる。軍の奥にいた裏切りの中核的人物の男は酷く狼狽し、未だに現状を把握できていなかった。この男こそ、沢道のつぎに影響力があった人物。ただ、有能さではなく古くからの名家で規模が大きいという理由だ。だからこそ、ただの坊主の次点に見られていたのであろうが。


「て、敵襲です!相手は…多分神室家。将軍です」


「多分⁉︎なんだそれは!ハッキリ言えんのか!


「掲げている旗は確かに神室家将軍家のものです……!しかし、率いられている者達があまりにも…」


品がなく、凶暴で、強力だ。そして何より、先陣を切り、凄まじい勢いで暴れまわる小柄な男。彼一人に何人もの将が討たれた。彼の勢いを止められる者は存在しない。


「おのれ!なんとかならんのか!」


「無理です!完全に油断していました!戦う準備が何も整っていません!それでなくてもの敵は強力です!当主殿は、いち早く砦に避難を!三毛家に救援を要請するのです!」


無理、そう言い切るこの男は有能なのだろう。見るからに立て直せないとわかっていてもそれを認めるには才覚が必要だ。そして、そんな男を信頼していたからか、当主も悔しそう歯を食いしばりながらも手勢をまとめ砦に向かう。


それは、かなり早い見切り。決断。しかし、それでも全てが遅すぎたのだが。


「ふん、行きやがったか。後は本当に烏合の衆。姫さんのいう通り——皆殺しだぁ!」


「……負けは認めますが……これでも武士!タダでは死ねません!」


猿吉の前に立ち塞がる男、それは猿吉に一瞥されることも無く。


「ガハッ⁉︎」


「ケッ、やっぱりテメェ実力を隠してやがったなノブ」


「嫌ですね。成長したんですよ。お二人を見て」


倒れる男が最後に見たのは、小柄の男の隣にいつのまにか立っていた笑う男。それだけだ。


















「門を開けよ!ワシだ!予想外のことが起きた!早く門を開けよ!」


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この声に、固まる。まさかと冷や汗が頬をつたり門が開いていくのを見てその疑念が確信に変わり今度こそ目を見開いた。


「なぜ…何故!…何故だ‼︎貴様が何故ここにいる!」


「何故って……貴方が裏切ったからでしょう?当然じゃない」


そう、当然だ。だが、京にはその当然をやる力がなかった筈だ。だというのに。


「……貴様か!貴様らだろう!あの小柄な男と貴様!何者だ!」


「さぁ。それがわからないから、ここに流れ着いた」


「ふざけおって!おのれ…!こんなところで!貴様ら!行け!相手の数は少ない!砦を奪れ!姫を殺せ!」


「馬鹿ね、そんなことを許す戦力しかないわけないでしょう?ほら、直家貴方の肝いり部隊。金をかけたんだからしっかり私に役に立つ所を見せなさい」


「はいはい」


槍の石突きで地面を打ち付け、合図を鳴らす。その瞬間弓矢と南蛮筒を構えた部隊が砦の各地に現れる。狙いは、門の付近に固まっている裏切り者達。


「撃て」


轟音と光が夜を照らし揺らす。終わる事なく続くそれが止む頃には城門の付近に生きている者は皆無となる。


「……プッ…穴がたくさんね。あれを思い出したわ、蜂の巣見たい。たしかに風通しはいいわね。最高よ、直家。これ気に入ったわ。今度から処刑はこれにしない?」


「………」


日に日に豹変していく姫さまを見て、これは自分のせいなのだろうかと悩む直家。その悩みは、邪悪な笑みを浮かべ悲鳴の数が少しづつ少なくなっていく夜に溶けていったのであった。


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