姫の覚悟
「なぁ、なんで俺たち捕まってんだ?普通よ、戦の勝利に貢献した人間として褒美をくれるもんだろ?」
「…しょうがないだろ…まさか京が神室家のお姫様だったなんて分からなかったし…状況的に誘拐したように見えなくもないんだから」
「というよりそれにしか見えなかったから、神室御所に到着した瞬間捕まったんでしょうね…いやぁ…少し怪しいとは思っていましたが流石にあり得ないと思うじゃないですか」
「…次からなんか怪しいと思ったら先にいえ、ノブ。ま、次があればの話だが」
「なんかデカイ褒美をもらえると思っていたのになぁ…」
「中に入ったのが初めてなので流石にコッソリ逃げるのは難しですね…」
ガックリと肩を落とし、落ち込む三人。暗く、ジメジメして、どこか異臭のする牢屋に入れられた直家達。神室家のために働いた結果この仕打ち、褒美を期待したのもあって身体からいやに力が抜けていた。
「……あ、やべぇななんかムカムカしてきたぞ」
「堪えろ、猿吉。あの爺さんがなんとかすると言ってたんだ。少しくらい待とう」
「もう丸1日経ったじゃねぇか!もう待てねぇ!」
「まだ1日だろ。せめて一週間は…」
「長過ぎるわッ!」
「……しかし、逃げるなら体力があるうちに逃げないといけませんよ直家さん。ここの食事は完全に憔悴させて、気力を奪うようなものです。一週間後なんて…」
ノブの意見も一理あると考え込む直家。たしかに逃げるなら今だ。戦の疲れもとれ、腹は多少減っているが戦闘にはなんの支障もない。ハメられている手錠も牢屋の格子も直家達からしたら少し力を入れたら壊れるものだ。ノブだってなんとかなる。
「……おい、この牢屋には他にも大勢捕まっている奴がいるんだろ?直家、テメェの舎弟どもも呼べばくるだろうし」
ブツブツと何か物騒なことを考え始める猿吉。嫌な予感がした直家。
「…何を考えている?やめろよ?冗談だよな?」
「……先に押さえるのは宝物庫がいいと思います。金元を掴めば、足軽のほとんどこちらに流れます。次は…」
ノブも猿吉の考えを察して、意見を出す。というかこいつ、結構危ない奴なんじゃないかとたまに思う。これは、かなりやばい流れだ。
「……いける…か…?」
「いけますいけます!早速やりましょう!」
「ノブ!煽るな!やめろ、そんなことしたら歴史に名を残す大悪人だぞ!」
「ここで死ぬよりマシだろ、直家。安心しろ、勝算はある。神室家を中から滅ぼしてやるよ。成功したら、神室家の蓄えたお宝全部俺たちのもんだしよ!」
だんだん据わった目になっていく猿吉に、顔が青くなる直家。しかし、本当に猿吉の手にかかれば成功してしまうかもしれないとも思ってしまう。直家としては、それもゴメンだ。
「直家さん…やりましょう。今しかないです、やらなければ明日殺されるかもしれません」
「いや、しかし…」
「直家、やるぞ。テメェの力が必要だ。流石に俺一人だと手が足りねぇからな」
どこか楽しそうなノブと、完全に殺る気の猿吉。二人に押された直家も、まったく興味がないためではないために迷う。
そして、出した結論は。
「………わかった。やろう。やるなら徹底的に、完全に神室家を滅ぼ「おい!貴様ら喜べ!釈放だぞ!……え?」
中野の爺さんの登場で凍りついた牢屋。静寂に包まれた中に響くのは、どこからか落ちる水滴の音のみ。
「……急いで来て正解だったわ。なんてこと考えてるのやら…まったく恐ろしい小僧どもめ…」
「いやぁ、ハハハ」
少し憮然とした様子の中野。それに、なんとか作り笑いで誤魔化す直家とノブ。猿吉は少し残念そうだ。
「こちらの不備があったこともたしかだから、今回のことは不問とするが…もう考えるなよ?」
「普通の精神状態で考えつくことじゃないですよ…」
それもそうかと、歩き出す中野翁。しかし、鎧を外し着物に姿になれば本当にあの戦場で戦った爺さんか?と聞きたくなるほどに小さく痩せている老人である。老化現象が遅いこの世界でのこの容姿なわけだから、相当な歳だろう。
「さて…小僧ども。早速で悪いが大事な話がある。それは、ワシの口から言っても良いが…姫さまから言った方がいいだろう」
「んだよ、大事な話って。俺たちは早く戦の褒美をもらって街で一杯やりてぇんだが…」
「……残念だが、それはしばらく無理だろうな。貴様らの処遇に関する話だ。実を言うとまだ正確には小僧達の立場は囚人よりだ。まぁ、詳しい話はこの中でやるといい」
中野の爺さんに連れて来られた先、やけに立派な装飾が施された壁に長い廊下、その先にある人が10人は並んで入れるような大きな襖があった。
「姫がお待ちである。つい昨日、8代神室家の当主にして全国の武士の頂点である将軍に即位された。神室京様がな」
「よく来た」
豪華な部屋だ。百人くらいが一気に集まれそうなほど大きく、部屋の細工はどこよりも豪華絢爛で細かいところまでこだわり尽くされていた。そんな部屋の一番奥に彼女はいた。
ドカドカと部屋に入り、乱暴に座る猿吉は京をにらみつけ。
「開口一番がそれか?姫さまよ」
「こ、こらッ!このお方はもうそのような口をきいていい方では!」
中野が慌てて猿吉の口を塞ごうとするが、遅い。
「よい、中野。猿吉の言うことは事実だ。まずは…すまぬ。お主らを騙していたこと、私のせいでこのような仕打ちを受けさせてしまったこと」
深々と頭を下げ、ふぅーと息を吐き頭を上げた彼女は覚悟を決めたように。
「そして、お願いがある。大事なことだ」
「お願いだぁ?まずこっちは貰うものもらってないぞ?それからだろ、話はよ」
「逆だ、猿吉。貴様らに渡す褒美よりはるかに大きいものがからんでくる」
京の言い草に何か嫌な予感を覚える直家。ノブは何かを察知して、軽く口角をあげていた。
「……中野から聞いた、直家は大島家の狂犬を終始圧倒。猿吉は軍を立て直し敵将を何人も討ち取った。この比類無き活躍は聞いたこともない。初めて戦を見た私でもわかる、直家、猿吉は凄まじい力を持った将だと言うことを。私は…誤解していた。お主らと戦と、現実を。間違った解を出していた」
「……京様は…それで何をお望みですか?」
直家の疑問。それに、一拍おいて直家を見据え話し始める。
「その力。お主らの力が欲しい」
この言葉に、嫌な予感は当たったと直家は内心ため息を吐いた。
「お主らが神室家に対して抱いている感情、考え、決していいものではないだろう。私だってそう思うのだから、逃げ出したのだ」
「わかってんなら諦めろ。俺たちはその気はねえよ。こんな泥舟に本格的に乗るなんて無理に決まってんだろ」
全てをバッサリ切り落とす猿吉の言葉。それに、少し苦しそうに顔を歪める京。怒り狂うかと思っていた中野も目をつぶり、黙っていた。
「こんな小娘が神室家の当主だ。勿論名ばかりのもの。力を持った神室譜代の家臣の傀儡になるのは目に見えている。というより、それが目的で私は祭り上げられた。信頼出来るものなど、今は中野殿くらいしかいない」
「話にならねぇな。泣き落としか?言っとくが意味ねぇぞ」
「違う」
猿吉の心底くだらないといいたげな言い草に、初めて京は強く返した。感情が強く出始め、硬い口調は徐々に素の形に近ずいていく。
「これより語るのは覚悟。今の私が持っているものは神室家の蓄えた財の権利と権限。まずは改めて言わせてちょうだい。猿吉、直家。お主らを召し抱えたい。その対価は私の持つ全権限。つまり、宝物庫は二人の好きにしていい」
「……それもこの家が滅んだら意味がねぇだろ」
「そうね。でも何にもない私だって渡せるものがもう一つあるわ。それは現将軍の首、つまりは私の命ね。もしもの時は私を殺しなさい。こんな私が二人を手に入れるために出せる最後のもの…二人にはそれだけの価値があるから」
そうまでしないと、二人は私に仕えてくれないと、そこまで二人を評価している京。逆に言えば全てを投げ出してまで、二人を雇い何をしたいのか。
「私は、神室家が嫌い。私を縛り付けて、長貴兄様を追放して、こんな状況に至ってもまだ権力闘争。だから——私が壊したい。ほかの誰でもなく、私が中からぶっ壊す。そのために力が必要なの。全員を黙らせる力が。そして、新しい神室家が敵対している家全てを滅ぼしもう一度天下を、取る。一度走り出したらそこまで行かなきゃ」
その、いち少女が持つにしては大き過ぎる野望と闘志。覚悟とともにそれがある京という少女の言葉は猿吉の冷めた心に火をつけるくらいには熱かったようで。
「——おもしれぇ。その言葉に偽りはねぇな」
「ないわ。どうせ黙ってたら無くなる命。賭けなきゃ損よ」
ニィと笑みが深くなる猿吉。完全に興がのったようでやる気だ。その様子に嫌な予感というのは当たるものだなと、直家も溜息をはきながら。
「……はぁ、なんか少し肩が重くなりそうだ」
と、小さく呟いた。