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地獄へ


京と別れて行軍して役一刻程。今回の戦さ場とされる砦に到着した。大門京自体が戦さ場にならないように東西南北にそれぞれかなめになる砦を築いているらしく、それが建てられたのは神室家が全盛期の時。


つまり、砦といってもかなり大規模なものであるのだ。南側には小高い山がいくつも存在しており、その道幅は狭く大軍が通れる道は多くはない。その中でも必ず通る要所の山道、そこに鉄壁の砦が築かれていたのだ。


これを抜けるにはかなりの犠牲を覚悟しなくてはならない程堅い守り。それに感嘆の声が漏れる直家。


「凄いな…これならば長期間の守備にも耐えられる。信輝がなんとかなるといった理由も納得だ」


「ケッ、俺は気に入らねえな。敵が来る場所を絞るのはいいがよ、これじゃこちらからも攻められねぇ。奇襲が封じられて困るのは攻める側だじゃねーぞ」


「猿吉さんも直家さんも性格がかなり違いますね…。さっきの京さんみたいに喧嘩にならないんですか?」


信輝としては、よくこれだけ意見が違う二人が一緒に行動しているかが不思議だ。話していても平行線では何してもめんどくさいだろう。


「なるに決まってんだろ?こいつも頑固だからな…意見は絶対ぇ曲げねぇしよ」


「猿吉に言われたくないな。記憶を無くしてからここに来るまで何度喧嘩したか…」


「嫌にならないんですかい?さっきの京さんが正しいっていうわけじゃないんですがね…普通は離れて行きますよ」


たしかに。それが普通だ。一緒にいてストレスが溜まる人間が近くにいるのは耐えられない人が多いのは確か。


「でもよ、だからっていって自分と気が合う、同じ考えの人間と一緒にずっと一緒ってのもぞっとするぜ?理解はできるが、何も学べねぇ。学びってのは常に自分の知らないところから発生する物だしよ」


「それは…そうですが…」


「ノブ、それに多分勘違いしてるかもしれないけど価値観が違う人間同士だから一緒にいれないわけじゃない」


「…といいますと?」


「価値観が違ってもの気質が違っても、なにもかも根本から違っても一緒にはいれる。必要なのは自分の意見を相手に伝え、それを納得はしなくても理解すること。その努力をするかしないかだと思ってる」


京はそれをしなかった。徹底的な討論をしないで見切りをつけて、切り捨ててしまった。こちらの考えを理解すらしようとしなかった。それで勝手に離れたのだ。あれでは、結局のところ……。


「独りよがり、自分の考え、価値観を揺さぶられそうになって逃げただけだ。変化を恐れてな。あの女がなんのためにここまできたのかしらねぇ。知る前にどっか行っちまったしよ。ただ、辛く厳しい現実ではなく、緩く生温かい嘘をこの戦場に見にきたみてぇだ。ただ…」


ニヤリと笑う猿吉。


「そんなものがないのが戦場だ。見たいものは最後まで見れない。ここは辛く厳しく冷たい現実しか広がらない。それを熱で誤魔化しているだけの地獄だ。見たらわかるぜ、幻想は消える。夢は潰える。そんな血を吸ったつるぎの冷たさに目が覚めるだろうよ」


それを知って、それでもと声を上げた者が、生き残った者が地獄で夢を見る。直家と猿吉は何より戦場の冷たさを知りその上で歯を食いしばり夢を見たのだ。


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「全てはそれを知ってからだ」


「…記憶を失ったとお聞きしていますが…実はかなりの高名な方では?」


戦い、戦に関してかなり深い考えを持っている。あの実力も考えてかなり有名か名を馳せている人間ではないかと信輝は目をかがやかせ二人を見る。


「さぁ、どうだろうね。俺たちもよくわかっていないんだからな」


「どうでもいい。多分俺たちはなにも変わっていねぇしよ」


京は何処かに行ったきり戻っては来ない。多少気にはなるがどうしようもない。


「さて、消えた女の話はどうでもいいだろ。今考えるべきは直近の戦のことだ。どうせチョロチョロと動き回っていたんだある程度情報を揃えた筈だ。教えろ」


「へい、まずですね…」












「酷い……期待外れ!なによ、あの臆病者達!あれだけ力があるのに!あれだけ知識があるのに!何でみんなの先頭に立とうとしないの!」


あの二人が軍を率たら…いやありえないか。あの調子では戦いの最前線にすら行ったことはあるまい。ただ、才能があるだけの人間。対したことをやってこなくても、戦場の激戦区に立たなくてもあれだけ強くなれたのは才能のおかげだ。


そして、あんな自分の命を惜しむような臆病な性格では人を率いる資格はないし率いたこともないだろう。彼らには責務というのはないのか?強者は弱者を守る義務がある。命を賭けて守る義務が。


少なくとも京は神室家でそういう人間しか見てこなかった。そんな人間にとって直家と猿吉は義務を放棄する落第者。


「……期待のしすぎだったのかしら…」


ふと、冷静になって考える。長貴兄様から送ってきた神室家を救う人間だと思った。実力も申し分ないから余計舞い上がった。だからだろう、神室家を見捨てるかのような発言と影でコソコソする姿勢に激昂してしまったのは。


彼らには記憶が無い。彼らには何の義務感もない。背負うものも、なにもない。そんな彼らがなぜ精力的に神室家を救うと思ったのか。


「神室家を抜け出して…私はなにをしたかったの?」


最初は嫌で嫌で抜け出した。形だけの首領、それに祭り上げられそうになり、神室家の負債、罪、その全ても擦りつけられそうだったから。最後は多分神室家の旧臣と一門に殺される。その現状を救って欲しかった。


「救ってくれる人を探していたのかな…」


救い。それは自分か神室家かまだ自分でもわからない。神室家での教育で自己より神室家という歴史と権威がある家を存続させることが大事と教え込まれている。自分を救うということは、自分が救われるには先に神室家を救わなければならない。それは心に刻まれた血の優先順位。


家より先救われることが、人間の本能に反して強烈な強迫観念となり京を蝕む。


己の行動に矛盾を感じながらも、開き直ることはできないのだ。


御所を抜け出すなどという蛮行すら、多分首領に祭り上げられたあとならやらなかっただろう。まだ、一姫の身分だから決行したこと。


なにかを探しにきた。救いを求めていた。だから、直家に出会って狂喜乱舞したのだ。


ただ、なにを探していたのか。なにを救って欲しいのかわからない。だから、猿吉の言葉に激昂し、直家言葉に失望したのだ。彼らに求めたものは勇猛と力、暗闇を照らす光。


「……そうよ…戦場なんて見たことないけど…それでも貴方達に夢を見たわ。それができるって思ったから。現実…神室家の現状は知ったわ。見捨てられた家だって。でも、それでも私を救った時に感じたの…光が力が暗い未来を無理やりこじ開けたのを…。期待…しちゃうじゃないッ!」


唇を強く噛み、血が流れ出る。震える手には悔しさからくる怒り。


「…はぁ…夢なんてないわね。結局頼れるのは自分のみ。やってやるわよ…あのチビが偉そうに語った戦場って奴を体感してやる…!」


配布された量産されている槍を慣れないように持つ京。くしくも京がいたのは砦の最前線にもっとも近い場所、見晴らしの良いその場所に待つこと少し。


「ッ…!」


敵軍が到着。殺意に満ち溢れた視線は、やる気の無いこちらのそれとはまるで違う。ニヤリと笑う彼らの顔には勝利を信じて疑わない気迫が感じ取れた。


「弓矢、南蛮筒を恐れるなッ‼︎進めェェェ‼︎」


「「「オオオオオオオォォォォ」」」


「ヒッ!」


雄叫びが戦場に響き渡る。腰が抜けるような恐怖を感じる京。


——地獄が始まる





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