価値観の違い
「今回攻めてきたのは都から見て南に位置する大島家、兵数は三千らしいです。領地の広さは大したことないですが経済的に大きい都市をいくつか抑えているので金はある家ですね。他国の傭兵、足軽が中心の軍団でしょう。今回は前回に比べて兵数が控え目…様子見でしょうか?」
「兵数三千で様子見か。随分と豪勢だな」
「地方はわかりませんが、中央地方は人口が多いですからね。金もありますし」
「それで、こっちの兵力は?」
参集地に移動しながら信輝の何処からか仕入れてきた情報を聞き、詳しい現状の把握につとめる。
城塞都市である大門京。今までの一般的なお城の形とは違い、中心に大きなお城がある訳ではない。中心にあるのは将軍家が住まう豪華絢爛な御所のみ。厳重な警戒はすれど、街の中心に敵の足を阻む巨大な城は存在しない。
そのため、参集地は大門京の外。いざ戦場になるのはもっと離れた砦だという。皮肉な言い方をすれば大門京にずっといればほんとうの戦場というのは見ることがない。。住民達がどこか現実感というか、切迫感のようなものが感じられなかった原因もそういった理由だろう。戦に直接参加しない住民たちが本当の戦を実感するのは多分相当追い詰められたその時。
大門京が落ちる時、神室家が滅ぶ時だろうか。
「こちらは二千ほどですね。今回は節約のためか人数を絞ったみたいです。また神室将軍家一門の将は参加しないと。総大将は家老格の老将、中野善次というものらしいですよ。今回の戦は神室将軍家の方々はかなり軽視されているって考えてもいいですね」
「…まぁ、質にもよるが…防御側でそれだけの数がいたら問題は無いか」
「どうでしょう…。中野何某の手勢は四百。それ以外は最近雇用したばかりの新兵が中心です。案外神室家としては雇い過ぎた新兵の間引きくらいに思ってるかもしれませんね。総大将の老将など死んでも実害などありませんから」
信輝の言葉を選ばない辛辣、されど的確な分析を聞いてふむふむと頷く直家と猿吉。非道で、非情。しかし合理的で家を少しでも長く存続させることを考えたら至極正しい戦略。
多少でも戦さ場に身を置いたものならばなんとも思わない、建前なき現実。
しかし逆に言えば、それを知らないものには理解ができない考え方だ。人の悪意が、使い潰すことが前提の考えなど昨日まで全く逆の教育を受けていた少女には受け入れられない。
「待って‼︎…あ、その…」
ほとんど勢いで話を止めてしまった。本来の目的、自身を閉じ込める檻である御所を抜け出し現実を知りこの目に焼き付ける。それをただ冷徹に完遂するならば、ここは黙って聞き役に徹するべきであったというのに。
「何ですか、京さん?」
「え、えと…」
言うことなど…あるのか?反論はある。しかしそれは…御所で教えられた嘘だと賢しい少女は結論付けた筈。
「なんだ。いいてぇことがあるならハッキリしろ。こちとらテメェみたいなガキにさける時間はそれほど多くはねぇんだ」
……それでも、このまるで神室家の全ては悪意で出来てるかのような考え方は…嫌いだ。今は多少余裕がないから非情な判断をしてるかもしれないが…昔は民のためを思っていた。その結果の平和。それを謳歌してきたのはお前たちではないのか?今だって…出来る限りのことをしている。ただ、出来ることが少なくなっているだけなのに。
「……けっ…時間の無駄だったな。話を続けろ、ノブ」
「へい」
「あ……う…」
なにも言えなかった。無理を言って戦に参加させてもらったのに。ここまでついてきて、話も遮ったと言うのに。
「京さん。話たいこと、反論したいことがあるなら戦が終わってから聞くよ。多分…よくも悪くも考え方が変わっていると思うから」
直家の言葉を聞き、唇を噛みしめる。
「戦…って…そんなに凄いものなの?長年世話になった家を簡単に裏切るような…心底悪意を疑うようになるの?」
少女の心に広がる義憤。それはそうだろう…今までそう教えられて育ってきた少女にとって頭でわかっていても感情ではそう簡単に納得はできない。
それはたとえ、御所内で悪意に満ちた扱い、責任をなすりつける対象でしか無かった彼女でもそうだ。
少女にとってあの空間が最上の地獄。それは常人では耐えられないストレス環境。都の闇である路地裏ですら安堵してしまう場所であったのだから。
あれ以上はないと思っている。あれ以上の地獄は存在しないと。
なら、甘いとしか言えないだろう。
人として生に執着するなら、戦場以上の地獄は存在しない。それも、敗北した後の戦場は凄惨だ。
「皆の者!よく集まった!お主らは名誉ある神室家の旗の下に参集した勇者である!天下一の名門の一員として戦えることに誇るがいい!そして賊軍!大島家を打ち破るのだ!」
「「オオッ‼︎」」
老将、中野善次の鼓舞。右腕を高々と上げ、顔を真っ赤にして叫ぶ姿に感化され少数ながら感化されやすい新兵たちに火をつける。
しかし、ほとんどの足軽たちはどこか嘲笑したような態度で中野を見ていた。
「ハッ…誇りねぇ…よくいうぜ」
「まだ過去の栄光に取り憑かれてんのかね…クックッ」
「今回は新兵が多いな…もし負けそうなら…あの爺を殺して敵軍にでも逃げるか」
「新兵級の給与しかもらえねぇんだ。今回は適当に後ろで様子でも見ているか…」
「…………」
小馬鹿にしたような者、もしもの時を考える者、はなからやる気が無い者。そして、どこか緊張した面持ちの集団もあった。
「……ひでぇな、こりぁ。それに……なんか匂うぜ」
「たしかに士気は絶望的だな。実質的に戦力になるのはこの中の何割か…」
猿吉の眉間に皺がよる。なにかを感じ取ったのか、考え込む。直家も現状の本当の戦力を再度計算。本当に今回の戦が勝てるものなのか考える。
「大丈夫ですよ、お二方。もしもの時は逃げられます。俺は何度かこれから向かう砦に行ったことがあるので」
「逃げ道は知ってるってことか。なら、準備しておけよ。この戦…なんか匂う」
「わかりやした」
「……なによ。戦に向かう前から逃げる準備?」
周りの口さがない本音の声にイライラしていた京。だからか逃げる算段を立てようとする、猿吉に突っかかる。
「そうだ。生きるために必要なことだからな。これを怠った者から死んで行くんだよ」
「……そんなに死ぬのを怖がっていたら臆病者だと言われるわよ?」
「それがなんだ?勇気を示して死ぬのが美徳か?」
「……それは…」
「京、俺たちは武士じゃない。武士道なんて知らないし、それを忠実に守っていけるほど強くはない」
直家の言葉に、一気に溜めていた怒りが吹き出す。それは、助けてくれた直家達への期待が裏切られたというのも大きかった。長貴兄様が送ってくれた神室家を救う存在だと思ったのに…。
「…そう、わかったわ。正々堂々とは程遠い存在だってことが。つまりは…ただの生き汚いだけの卑怯者じゃない。矢面には立たずに、責任を背負わず、ただ生き残って勇気と誇りを持って死んだ者を嘲笑うだけ」
「……いえ、それは…」
「いい、黙ってろノブ」
溢れ出した言葉、それに信輝が遮るように止めようとしたが猿吉が黙らせる。ニヤリと、口角をあげる猿吉はその続きの言葉を待つ。キッと睨みつける京の視線を受け止める直家と猿吉。
「貴方達にはわからないでしょうけど…この前の平和は神室家が実現したもの!それが実現できたのは数多の死を恐れない勇者がいたから!中には死ぬのをわかっていながらも戦った者さえいたわ!そのおかげの平和!その結果の安寧!だからこそ貴方達が生まれた!それを愚かと笑うのは……不快よ!」
「随分と神室家の肩を持つじゃねぇか。ふん…いかにも人を使う側の考え。それを美徳と教えられた武士は哀れだな。死を美徳とされ、死ぬことを強要される」
平行線だ。それはそうだろう、武士の考え方に近い京と開拓者でなんでもしてここまで生き延びてきた猿吉とは全く考え方は噛み合わない。記憶をしなった今も考え方は変わらない。
「死ぬことは美徳じゃねぇ。悪だ。ただその哀れな洗脳の有用性は認めるぜ?死を恐れない戦闘巧者は強力だからな。それにだ…話が少し入れ替わっているぞ?民にとって上は誰でもいい。平和なぞ敵がいなくなればいやでもなる。死んだ奴らに感謝するのは俺ら平民ではなくてそれで天下をとった神室家だろ。なぜそれに対して、俺らが死んだやつに対して敬意をを払わなければならない?俺らが享受した平和とやらは別にそいつらがいなくても来たものだ」
「……もういいわ。なにを言っても理解はしてくれないようね」
「あぁ、理解できねぇな。理論のすり替えと欺瞞に満ち溢れた考え方には」
「ッ!…そう、精々死なないように逃げ回ってなさい。一生表舞台には立てない臆病者達」
そう吐き捨てて、直家達から離れていく。それに対し猿吉はニヤニヤとにやけ、直家は深々と溜息を吐き出す。しかし、その後を追ったりはしない。信輝もどうにも思案顔だ。
「では出陣である‼︎行くぞォ!」
どこかに消えた京。そのタイミングで中野善次の出陣の合図が出る。
喧嘩別れのような状態で京と直家達はそれぞれ戦さ場に向かうのであった。