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弟子


「……そんなものか?」


直家の腹部に突き刺さる拳。常人ならば上半人が吹き飛ぶ威力だというのに、直家は涼しい顔でまるで効いた様子はない。


「…なん…だ」


「こっちからいくぞ?」


軽い反撃、直家の拳がカシラの腹部に突き刺さる。その威力に体がくの字に曲がり、腹を抑え膝から崩れ落ちる。


「ガッ…ハッ…」


「……痛くてもそれはダメだ。我慢しないと、追撃を食らう」


下がった頭部。それは蹴るに適した位置にあり、直家の容赦のない一撃がカシラを吹き飛ばした。


「ガァッ!」


「意識を手放すのは、本当に限界の時だ。お前にはまだ少し妖気が感じる。つまりまだ限界じゃないんだ。そんなんで倒れたら、トドメを刺されるよ」


直家の言葉が、静かに響く。それを聞くものは誰もいない。ただ、直家の拳が倒れて意識のない男の顔面にめり込み続ける。


「……死んだ。思ったより手応えがない。本当にこいつが恐れられる人なの?」


「案外見た目だけの虚仮威し集団なのかもしれねぇな。俺の斬った奴もたいしてかわらねぇ」


「……そんなはずがありません。その男はたしかに大門京で恐れられる男の一人。決して弱くはない」


二人が強すぎるのだ。それを見て、商人の覚悟が決まった。


「お二人、救っていただいてこんなことをいうのは申し訳無い。いや、恥知らずなお願いだということは重々承知しております」


直家に槍を返し、地面に両手をつけた商人。


「私を…いえ、俺を弟子にしていただけませんか!俺の名は結城信輝!大門国の武士であったものです!戦乱の時代、わが故郷が焼かれましたがそれでもいつか天下に名を残すという野望は潰えていません!商人としてここまで命を繋いできましたが……それもいつか師と仰げるものを見つけるため!どうかお願いします!」


深々と頭を下げて、お願いをする。その答えは。













「なぁ、俺は嫌だって言ったよな。なんでついてくるんだよ」


「いいじゃないですか〜弟子がダメなら、付き人!こま使いでもいいです!」


「ここで叩斬ってやろうか…」


若干イラつき始めた、猿吉を直家がなだめる。


「まぁまぁ。しかし、俺たちが断ったのは弟子を取るほどの者ではないからだよ?教えられる事なんて何もないし教え方だってわからない」


「それにそんな暇はない。これから、ここの情勢を詳しく調べたりとか色々やることがあるんだよ。テメェに構ってる時間はねぇ」


「大丈夫です!それは俺がある程度詳しいですし、美味しい店!可愛い子がいる店!いい儲け話から、秘密の話までなんでも知ってますよ!」


「…なんでそんなに詳しいんだよ」


「ここに来て一年、色々とやりましたからねぇ。金を稼ぐのはもちろん、有名な人はだいたい調べました。いつか旗をあげる時に必要なことですから」


「ほー……まぁ、後ろを歩くぶんは許可してやる。かってにやってろ」


向上心の塊のような奴だ。流石に猿吉も折れた。それか、少し猿吉に似ているから少し甘くなったか。


「はい!かってにやってます!」


「ついてくるぶんは俺から特にいうことはないな。でも、本当に教えられることは何もないよ?」


「それでもいいです!よろしくお願いします!」


元気いい奴だが、たしかに切れ者ではありそうだ。来て一年というが、1年で相当詳しくなっている。そうそうなれるものではない。判断がつかないのはパッと出の直家と猿吉を見て即決するあたりだ。


自分が何者かなど、直家達もわかっていない。


「さて、あまり一気に話してもわかりずらいはずなので簡単に説明していきますね」


神室将軍家。この権威はひと昔前に比べると大きく落ちました。そのため、将軍家のご子息達の一部は地方に降っていく方も珍しくありません。


といっても、ほとんどが側室のご子息ですが。その降った地方で、名を偽り暮らしているためどのくらい数がいるかはわかりませんがね。もしバレたら、刺客が放たれるという噂もあります。ある秘奥義を会得しているのでそれを広めないために。ここは噂なので本当かわかりませんが。


しかし、この大門京を見てもらえばわかりますが他の家と比べるとその力は未だ強大です。俺のおすすめとしてはピンチの神室家側に参戦し活躍すればかなりの大金と名声が手に入るはずです。


ご存知だと思いますが、この家は強力な家に囲まれています。戦は日常茶飯事、機会は無数にあります。そこも強いお二人にはオススメです。


「……神室家をどうこうにはあんまり興味ねぇな…。それにいくら強いっても所詮はここだけしか持っていねぇんだろ?ジリ貧もいいところじゃねぇか。ここでいくら名を上げたって、滅ぼされるのがオチ、目に見えてるぜ」


「たしかに…どう考えても泥舟もいいところだ。いくら硬くても、これではいつか落ちる」


「ええそうです。いつか、落ちます。しかし今ではない。ここで名を上げて…ほかの有力な家に仕官すればいい。実はここに仕官している者達は、一部の忠誠心にあつい者以外、皆と言っていいほどそのようなことを考えている者たちです」


ニヒヒと笑う信輝。人懐っこい笑みの割に中々ゲスいことをいう。しかしそれが現実なのだろう。それだとすれば、神室将軍家というのは思ったより薄氷の上にギリギリ立つ家だということになる。


皆がもうダメだと、逃げ出せばここを守る者がいなくなるというわけなのだから。そして、それはちょっとしたことで起こり得る。なんなら、明日にも。


「そうなれば、俺たちも逃げればいいのです。それが最後の最後に裏切って神室将軍家の将の何人か土産にするか」


「……ふん。悪くねぇな。それで行くか」


「神室家は可哀想だけど、それでいいか」


落ち目の家なんてこんなものだ。誰もが裏切っていく。皆はその先を考える、そこに過去のことなど考慮しない。


「案内しろ、神室家にひとときの夢を見させてやる」


「軍を率いてたこともないくせによくいうよ」


「無い?多分あるぜ、俺もお前も。ま、最初は一兵卒からだ」


猿吉の言葉。軍を率いていたこと?無い…とはたしかに思わない。その時の記憶はななくても身体は、知識はたしかにあるから。目が覚めたのも戦場だ。あそこで…。


「はあ、やっぱり何も思い出せないな。いいや、案内してくれ信輝」


「ノブでいいっですよ!気楽によんでください!」


「おいノブ、いいから早く進め」


猿吉の言葉に少し嬉しそうにして、ノブは先を急ぐ。ある程度、猿吉に認められたのだ。


「ええっとですね、この先にあるのは神室家で戦いたいもの達を受付する場所です。武器や鎧は支給される時がありますが、お二人は必要ないですね。そういう方は優遇されます。多分即決ですよ、戦力は喉から手が出るほど欲しいですからね」


「さっさと決めて、歓楽街にいこーぜ。ノブ、詳しく教えろよ?」


「ええ、もちろんです!」


下品な笑いを堪え切れない二人。直家はどうにも興味なさげだ。


「おいどうした。直家も来るだろ?」


「……どうも今日は気分じゃない」


「けっ、いい子ちゃんぶりやがってよ。おい、ノブ直家はいいから俺を連れてけ」


「はい!お任せを!直家様にはこのメモを、いくつか美味しいお店をまとめておきました!暇なら、どうぞ!」


凄まじく気がきく奴だな。紙を何枚か捲ると、ほかのオススメの娼館まで書いてあった。


「……気がききすぎってのも考えものだな…」


苦笑いする直家。今回は本当に気がのらないのだ。何かその気になるとへんな悪寒に襲われる。その正体はわからないのが、嫌なところだが。


「さぁて、さっさと申し込みを済ませるぞ!」


ガハハと笑う猿吉はご機嫌そうだ。それを見て、たしかに少し勿体ないことをしたかなぁなんて思いながら先に進んだ。二人を凝視するその視線があることには気付きはしない。












「……あの刀……それに…あの槍は…長貴兄様の…?まさか…そんな…」


藁の角笠を目深にかぶる小柄な人物。凛と、しかしまだ幼い声が震えた。


「いたぞ!姫さまっ!」


背後を追う声に気がつき、慌てて裏路地に入る。少女が入っていけない、その場所に。


便利な奴ができました。

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