上京
「山城国で決戦があったみたいだね」
蔵野国の代表的な都市、蔵野城を中心に栄える城下町。その一画にある大きな宿屋に彼女らはいた。戦はひと段落してある程度情勢が落ち着いているために町が活気にあふれ、騒がしい。
「……結果は?」
「安心していいよ、無事玄武組が勝利。隣国のここまで青海、直家、猿吉の名前が伝わってる。青海の名前の方がはるかに大きいけどね」
「……よかった…本当に」
凛丸の言葉に、胸を撫で下ろす成近。それを見ていた千雪もホッとしているが、訝しげな目を凛丸に向ける。
「何で私達もわからない情報を貴方が知っているのよ…」
「これでも家老の家の出身でね、色々とコネはあるのさ。それでも、主家が滅びたからほとんど失ったけど」
「隣国にもある程度根を張っていたわけってことね。何もやっていないようで色々とやっているのね」
「民にためと胸を張って言えないからあまり知られたくないことなんだけど」
そう苦笑いのような表情の凛丸。まさかこのような形で役に立つとは思わなかったというのは本音だ。
「しかし、改めてすまないね。妊婦二人の世話なんてつまらないだろう?」
まだそれほど膨らんでいないお腹を撫でる凛丸に、千雪はなんとも言えない微妙な表情を見せる。
「……別に問題ないわ。青海と直家の頼みだもの。それに私達は開拓者よ?ようはこれは依頼だもの。お金は前金でいただいているし。依頼なら、ちゃんと全うしないと」
「君も…中々不器用なタイプだね。僕は好きだけど」
「たいぷ?よくわからないけど…」
「戯言だよ。それに、戦が終わったならそろそろ連絡が来るはず。その時改めてお礼を言わせてもらおうかな」
「気にしなくていいのに…。っと、小夏達が帰ってきたね」
蔵野国で遊んでいるわけではない。怪しまれないようにというのと情報を集めるために開拓者としてお金を稼いでいる。それでも全員ではいかず、妊婦二人の世話役と護衛役として一人残っている。今回はそれが千雪であったのだ。
「ただいま〜」
「戻りました」
「戻り…ました…」
小夏、多少元気が戻った多美、静。幾多の戦に参加してきた彼女らは開拓者としてもとても優秀で、男性恐怖症等の問題はあっても組合に重宝されている。
「おかえり、どうだった?」
「無事終了。手応えがあんまりないね、ここら辺の妖怪」
「そうね。でも油断はしちゃダメよ、小夏」
「わかってるって」
他愛のない会話。もはや直家達から迎えが来るのは時間の問題。この後その話を聞き喜ぶ彼女ら。
希望に満ち溢れていた。もうすぐ愛する彼らから迎えが来ると。
「はやく…直家に会いたい」
「そうだね。僕としては、僕だけを連れて行って欲しいけど」
「泥棒猫のくせに…」
「順番じゃないよ。こういうのはね」
「…負けない」
いまこの瞬間もこちらに向かっているかもしれない。もしかしたら、もうこの街に。
広がる、しあわせな生活の夢想。色々と問題はあれど、それでも最高の日々が待っているだろう。
そんな日々は三日経っても、一週間経っても、一月経っても訪れない。そのことに気がつくのはもう少し先。迎えにこない怒りが、心配に変わり、絶望に変わる。これから待つのはそんな日々だ。
「おい、直家。はやく行くぞ」
「……ああ。なんか、おかしいな。何かここで大事な約束をしたはずなんだが…」
「気のせいだろ。蔵野国なんて山城国より田舎だ。俺はここにいたくねぇよ」
胸をチクリと刺す違和感。しかしそれは、明確なものではなく、気のせいと言われればそれまでの小さいもの。今の直家にとって足を止める価値があるかというと。
「……そうだな。先を急ごう」
蔵野城が見える町で必要な買い物をすませ、後にする。この場にはもう用はない。そのはずなのだ。
「………なんだろ、どんどん肩が軽くなって来る」
「肩こりか?良くなるならいいじゃねぇか」
違う。大事なものを落としてしまった感覚に近い。しかし、これ以上明確なことは何もわからない。ならば
止まる理由にはならない。
「そうだな。そう考えるようにするよ」
こうして、蔵野国から出る二人。大門京、都に向かう彼ら、その道中に記憶を取り戻す手段はこれで消えた。
戻る日がいつになるのか、それは誰にもわかることではない。
「あれが、あの二人か?」
二人を観察する忍びがいた。
「見違えたな。これは…」
二人をみたことがあるような口調。感情が感じない瞳は冷たく。
「酷い、期待外れだ」
評価は冷たく、見抜く視線はその中を射抜く。
「軽い、軽すぎる。雲の如き軽さ。強いだけの木偶。あれでは守れぬ、奪い取れぬ、すなわち使えぬ」
驚愕すべき変化。
「何が起きた?」
思い当たる一つの可能性。
「鬼人化の弊害。限界のその先、死の一歩手前までいったな。それほど負けられぬ戦いであったかのか」
惜しい。その前に連れてくれば…。
「死にはしていないが、欠落しておる。大事なものが、大きなものが。あれでは二人は死んだも当然」
ほぼ死人。もはや大きくその価値を下げてそこにある。あんな強いだけの木偶ならいくらでもいる。あの二人でなければならないものは失った。
「どこへ向かう?」
なにかを失った二人は西へ。
「都か」
今の状態の二人が都に行く。毎日が戦、生き残るのは百戦錬磨の魑魅魍魎供のみ。強いだけの木偶の二人では。
「いつか死ぬな。あそこはそういう場所だ。強い者など腐るだけいる」
……惜しい者を亡くした。そう思い、二人を見送る。戻るかどうかわからない二人には価値はない。
「それでも生きて帰ってきたら…それは必ず失ったものを取り戻した時。その時まで、お預けか」
その場から消える。忍びのわりに妙に情が芽生えたものだと自嘲しながら。
武達家、八杉家、その領地を越えてさらにその先へ。そこからは戦が絶えない中央地帯。
都に憧れて、東北から向かう若者はまずこの地域に足を踏み入れた瞬間から間引きが始まる。
まず、追い剥ぎ。これは少し歩けば必ずといっていいほど当たる。だが、これらにしか会わなかったら幸運だと思った方がいい。
不幸というのは、その追い剥ぎたちがこぞって逃げ出す戦に出くわす事だ。数百人どうしの小規模な小競り合い、だがその中身は修羅そのもの。それに巻き込まれたら、ほとんど死んだ思った方がいい。
そして、直家と猿吉はその不幸に巻き込まれる。知らない家紋を抱える両軍から襲われる悪夢、生きては帰れないそれに。
「おいおい、逃げるなよ。もっと金目のものと情報よこせ」
「それを置いていけば命まではとりはしない」
進んで参加した。恐れて逃げ出す足軽達、武将を挟みこみ脅しをかける。ニヤリと笑う猿吉に誰もが恐た。
二人は両軍の部隊をそれぞれいくつか壊滅。もはや、そこには二人に襲いかかる愚を犯すものは誰もいない。
二人の後ろに死体の山がいくつも築かれていた。それがさらに恐怖を増長させる。
本来ならば命を奪われる、最悪の不幸。
それは二人にとって幸先の良い幸運であった。
強くてニューゲームってやつかな。そりゃまぁ強いよ。この二人は。