春到来
春が来た。冬に溜まった雪は溶けて清水となり水田を潤し、暖かい太陽の日は花を咲かせ、長い眠りについていた動物の目が覚める。冬の間、飢えに飢えた妖怪達は山で食べるものを見つけ比較的に大人しくなる、人間に取って嬉しいことずくめの季節だ。
まして、今日はいい晴天で特に気持ちのいい日だ。そんな日に槍を担いだ直家は山の中でぼやく。
「こんないい日でも、妖怪達と面を合わせないと行けないのか……」
「確かにいい日、だけど休むと身体が鈍る」
「いえ、いいんですけどね。逆に毎回付き合って貰って助かります、成近姉さん」
「いい、土井村に居ても暇だし。直家の鍛錬に付き合っていた方が楽しい」
ここ最近の直家の鍛錬は、成近姉さんが見てくれている。正勝様と松五郎はともやっているが、模擬戦を永遠とやり続け、残った時間は妖怪達と地獄の追いかけっこを村に無事に着くまでやる、というほぼ固まった事をやり続けるので着実に効果は上げているが、ほかの事をやる時間も無かったし、教える事もできなかった。どんどんバランスが悪くなって行ったのである。
そん中で、成近姉さんが教えてくれるというのは心強い。正勝様や松五郎が専門外であった、妖気の見方や妖力の操り方の詳しいコツや鍛錬法などを教えてくれるのである。実際教えてくれる様になってから、少しづつ妖気を感じる様になったり妖力をある程度動かせる様になったのである。まだまだ、循環させることなどは出来ないが、それでも前より上達は早くなった。だが、正勝様達と模擬戦をやる時間を当てているので、妖力量の伸びは悪くなった。なので、帰りは妖怪達と追いかけっこだ。前、確かもっと厳しくするとか言っていたが、なんやかんやで有耶無耶になったので蒸し返さないようにしている。
「今日の妖気を感じる鍛錬は終了。次は妖力の動かし方の時間。座禅組んで。初めて」
眠たそうな顔して、結構なスパルタだ。妖気を感じる鍛錬も相当の集中力を使い結構疲れきっているのに、次のこれまた妖気を感じる事以上に集中力を必要とするのを休憩無しでやるのである。武士というのは皆んなスパルタ教育を受けて来たのだから、相手に教える時も厳しのだろう。
目をつぶり、身体の内にある妖力に意識を向ける。身体の内にある妖力の塊は鉛の様に重たく、簡単に動かせる気がしない。ましてや、前よりも肥大化しているのが分かる。これを、前は一気に動かそうとしてびくともしなかったが、成近姉さんによるとその妖力の塊を少しづつ溶かして少量を身体の中に巡らせる、そして少しづつ量を増やして行き最後は全てを循環させる。妖力は氷見たいなもので、溶かして水にした方が行き渡りやすい。そんなイメージで、と言われた。それにより、前よりも格段に向上した。妖力を少しづつだが、循環できるようになったので、身体能力も妖力を纏うという形で強化できるようになった。
こう言った鍛錬をつづけると、纏える妖力が増えていくらしい。時間はかかるがやろうと思えば、妖力を全部溶かして循環させることも出来る。だが、纏わせて一気に強化させることは出来ないのである。それに関しては、毎日鍛錬をして少しづつ身体に慣れさせる必要があるらしく、正勝様は筋肉と同じだと言っていた。つまり、鍛錬しなければある妖力を全て纏うことが出来ないのである。また、纏っている妖力は外に放出している扱いになるから少しづつ大気に溶けてゆくので、目減りしていくのである。なので、最初から全力で行くと戦っているうちにどんどん弱くなってしまうのと、傷を負った後、治す為の妖力も必要なので計画的に使う必要があるため、ある程度余裕を持った方が良いとも言っていた。まぁ、直家は全力の妖力を纏えないからその心配は要らないのだが。
今まで言われていたことを振り返りながら、今日もまたいつも通り深く身体の内に潜っていく。
冬の山賊討伐、中央から逃げてきた人達の村への襲撃した人達を全員討伐した後、利持様は焼けた村の復興に力を入れ、出石村にも金を借りて家を再建させているらしい。目が覚めてから2日位で村を出たので詳しい事は分からないが、やっているらしい。
流石に今回は只の山賊ではなく、中央の人達の村人が住処を失いこんな所までの流れてきて、そして元武士が3人もいたのである。これはいよいよ中央が危ない証拠であると思い、正勝様の主である湯地城城代の中島様が柳川家にこの事を伝えたらしい。そのため、ここ最近国境などに武士の在中人数を増やしてこれ以上入って来れないようにすしたという。
と、ここまでが直家が最近聞いた情勢の変化である。
直家が出石村に帰ったすぐ次の日から、傷が完全に塞がっていないままいつも通りの稽古が再開された。文句しか無かったが、全てを飲み込んでやり切った。絶望の毎日がまた始まると思ったが、嬉しい事あった。成近姉さんが村に来て修行を手伝ってくれると言ってくれていたので、ある程度身体は楽になった。集中力は凄まじく使うが、傷が治りきっていない状態では体を動かすのが辛かったので助かったのである。
正勝様と松五郎ともちゃんと稽古をしているが、1日成近姉さんの日が入ると一気に楽になった。休日ではないが、リフレッシュになっている。歳は分からないけど、可愛いし。姉と言わせる位だからそう離れて無いだろう。
色々上達もしているが、何よりあれだけあった脂肪がかなり萎んだ。皮が結構のこっているが、もう別人の様に痩せたのである。鏡など辺鄙なこの村には無いので川の水で体を見てみた体格だけで見るともう前の面影はない。それに、多分川の角度の問題だろう、痩せても胴長短足に見えるのである。多分、絶対、川の角度のせいだ。顔もなんか四角くてゴツゴツしている。ここ最近、筋肉がついてごつくなったので顔がマッチしている。身長はそろそろ高い方だったので、何とか見れるが絶対にモテはしないだろう。痩せればモテるかもという微かな希望は打ち砕かれたのである。しかし、胴長短足は認めない。
「はい、終わり」
色々な雑念が混じった様な気がするが今日も集中して、やる事が出来た。これから、纏った妖力を維持しながら妖怪達との追いかけっこがはじまる。
「じゃ、付いてきて」
「はい」
成近姉さんは、正勝様のように妖怪達を引き連れてこないで、持ち前の妖気を見る技術で妖怪の溜まり場に直家を連れていくのである。変に妖怪を連れてくるより奥地に行くので余計難易度は上がっているが、妖力を纏えるようになったのでそれでも、少し物足りない位になってきた。物足りないと言っても、毎日帰ったら動けなくなるくらいには違いないが。
案内された所には、赤猿の群れがあった。まだ、遠いのでこちらに気が付いていないが、赤猿には因縁があるので今回はこちらから殺らせて貰おう。
槍を構えて走り出し、群れの中に躍り出す。奇襲を受けて動揺している赤猿の中で暴れ周り、冷静さを取り戻した赤猿から逃げ出し今日も妖怪達との追いかけっこがはじまる。妖怪達ももう手慣れたもので、直家を追い詰めようと毎度のことながら知恵比べが始まり、最後は力ずくで囲みを突破して村へと帰還する。そうして、今日も無事に終了した。
成近様は、その様子を正勝様同様木の上から気配を消して見ていた。妖怪達と戦う直家を見ているのは楽しいのだろう。その顔はいつもの無表情ではなく、少し口角を上げていた。
「はぁ、今日も終わった」
「お疲れ様、私はそろそろ帰る」
「今日も、ありがとうございました。成近姉さんのおかげで今日も順調にやる事が出来ました」
「私は楽しいからやってる。成長は遅いけど、確実に伸びてるから、次も頑張って」
それじゃあ、と言い正勝様の屋敷に向かって行く。この村に滞在している間は屋敷で寝泊まりするらしい。
「屋敷には、お風呂があるからいいよなぁ」
直家はこの世界に来てから湯船に浸かったことは1度もない。日本にいた頃はシャワーだけで済ませることが多かったが、湯船にも浸かりたい。冬は特にそう思っていた。体を洗うには基本水しかないので冬は地獄の苦行だ。
「無いものを言ってもしょうがない。帰ろう」
「お?直家か、今帰りか」
そう呟いて、歩きだそうとした時後ろから声がかかった。この声は伊吉だ。
「だいぶ早くなったな。前はかなり遅かったけど。直家も頑張っているんだな」
「そりゃあこれしか無いからね。これ外せば死ぬしかないとやるしかないさ」
「そういうものか。……早いものだな、もう春だ。直家と一緒に暮らせるのも短いな」
「せっかく、伊吉とか家族の人と仲良くなったのにね。そこは悲しいよ」
「開拓者か……。死ななきゃいいが。正勝様のご指導を受けているからただの初心者よりは出来るのだろうけど、何があるか分からんからな」
「あ、そうそう。開拓者で思ったんだけどさ、この村のあの山とかも地面を慣らせば畑とかになると思うんだけど。話聞いてると、そんな強い妖怪達を相手にしなくてもここで安全にやればいいんじゃないかな?なんで、ダメなの?」
「開拓者って文字だけ見ると勘違いしそうだけど、妖怪退治をやる連中の事だ。あんな恐ろしい連中を狩る建前が山とか森を開拓しますよってことで、開拓者だ。でも、実際は妖怪の希少な部位を売り捌いて金にしようってのが本音だ。だから、こんな弱っちい小鬼とかしか出ないような所には開拓者達は来ない。金にならないからな。だから、俺たちが少しづつ手が空いたら木を切り倒して畑を作っているんだ。もちろん神社の結界の中でしか出来ないから限りがあるけどな。ある意味では、俺たちの方が開拓者だな」
「へぇー、そういう事だったのか。なんか、冒険者っぽいな」
「冒険者か、確かに言いえて妙だな。それにな、あっちの開拓者がこぞってあつまる森は妖怪達も強力だ。抑えていないと、森の中から出てきて人を襲うらしい。それを防ぐ為に多数の神社があそこに立ててある。それすら襲われて神社が妖怪達に壊される事もあるらしい。神社の立ててある場所は元は森だったらしいので妖怪達は取り返したいだけなのかもしれないが。確かに開拓者っぽくないな」
「改めて、なかなか厳しい所に行くんだな。気を引き締めないと」
「俺は、頑張れとしか言えないからなぁ」
槍と鍬を担いで揃って歩く2人の影が赤く染まった夕日に照らさせれて長く歩いてきた道を影で黒く染めていた。いつか来る別れを惜しみ1日1日を名残惜しそう歩く姿は哀愁に満ちていた。
残り3ヶ月。




