離別
瞼に光が差し込み、意識が覚醒する。
身体が疲れで鉛のように重くだるい、はっきりとしない頭で血だまりの中で異臭に顔を顰めながら身体を起こした。
起こした瞬間、何故だかわからないがこれだけ疲れて怠いと感じているのに。物凄く、肩が軽い。と、感じた。
そして、 今自分のいる場所に唖然とする。
「……何処だ?ここは…」
身体は傷だらけだ。痛み、いや激痛が自分を襲う。蹲りそうな痛みに涙目になりながらも周りを見渡す。足元には使い古された質素な槍、そして小柄なオレンジ色の髪をした勝気そうな男が倒れていた。
「な、なんだよこれ…」
足元でもこれだ。もう少し視線をあげるとさらに凄まじいものが目に入る。腕が千切れ飛び血まみれな状態で、立ったまま死んでいる男。本来ならば腰を抜かして驚く光景のはずなのに、心はほとんど動かない。ほのかな敬意はあれど、死体に関しての情動はないのだ。
俺はいつから死体を見ても、何も感じなくなったのかそう思い記憶を呼び起そうとするが。
「あれ…俺は…俺?……誰だ?」
名前が出てこない。何故ここにいるのか、いままで何をしてきたのか、何も思いつかない。
「ここは…戦場…だよな。なんでそんなところに?」
少しでも情報を得ようと周りを見渡す。声が聞こえる。悲鳴が、雄叫びが、剣戟の劈く音が。少し遠くに聞こえる音、しかし不思議と戦の趨勢がわかってしまう。
「…片方総崩れかな…大将でも討ち取られたのかね…って、なんでわかるんだ俺」
「……んだよ…うるせぇな」
その時、隣に倒れていた男が起きた。隣に倒れていたというのは何かしらの面識がある可能性が高い。その期待を込めた視線を向けるが。
「んだ、テメェは…ジロジロ見てんじゃねぇぞ。俺様はなぁ……誰だ?」
「はぁ……」
「おい、なにこいつダメだ。みてぇな顔してんだ。少し身長高いからって、調子乗ってんじゃねぇぞ‼︎」
「被害妄想だ。何も考えてないよ。ホントホント」
「嘘つくんじゃねぇ!…ってか、お前近くにいたんだったら俺様のことを知っているんじゃねぇか!………この野郎‼︎肩を竦めてるんじゃねぇ!」
あぁ、こいつダメだ。使えない。何という偶然か、隣で寝ていた奴も記憶喪失とは。こんな奇跡、神に求めた記憶はない。
「てか、お前は誰なんだよ」
「知らん。俺も記憶がないからな」
「……使えねぇ…」
「なぁ、ブーメランって知ってるか?」
「知らね」
互いにため息を吐き出し、座り込む。その男も近くにあった刀を手に取り、大事そうに抱えた。
「……戦さ場らしいな。片方の総崩れ…大将が討ち取られただけじゃねぇな、主要な将が軒並み討ち取られたくらい酷い。兵の質はそんなに変わらなさそうだ、だが勝ち側の方が戦い方が激しく野蛮だ。率いている奴は相当のやり手だな。俺みたいな奴ってことか」
「お前、記憶喪失の状態で目が覚めておいて何処からその自信が溢れてくるんだ?」
だが、確かにこの目の前の小柄な男の妖力量は凄まじい。今戦っている戦場の誰より強いかもしれない。俺も勝てるかどうか…って。勝てるかどうかって、そう考える時点で自分もかなりの実力者であることを察する。
「戦の規模は両軍合わせて二千くらいか。地方の小競り合いかね…さて、そんな場所で何故俺様は倒れていたのか…」
「金のために従軍していたか」
「どちらかの将だったか。どちらも可能性は薄そうだな」
「何故だ?」
「俺たちは強い。そんな俺たちが金に困るご時世じゃねぇだろ?小遣い稼ぎの可能性もあるが…逆にどちらかの将だとも考えづらい。周りに兵がいない。そんな将がいるかよ」
「…それもそうか。じゃあ、なんなんだ?」
「さぁな。どれも確信が持てない内容だ。ただ、やっちゃいけないのはここで誰かをまつ事だ。この目の前で死んでいる男を倒したのは俺たち。つまり、何かしら強力な敵が存在するということだ。そんで今の俺たちには」
「それを迎え撃つ力は残ってないということか…」
妖力はほとんど空っぽ。今は数段格下の相手にも敗れ去る危険があるのは事実。
「そういうこった。今打てる最善手は、回復して記憶が戻るまでどこかに隠れること」
そのためには、今すぐここを離れてどこかに身を潜める必要がある。しかし、どこに?
「やはり、俺様はかなり準備がいいらしい。地図が仕込まれている。この印をつけているのが今いる場所だと仮定してだ…西だな」
「何故だ?」
「東北の端っこに行くより、西の中央に行った方が楽しそうだろ」
「…そうか…」
「それに、身を隠すなんてめんどくせぇし。それなら国を変えて、遠くに行くべきだろ。なんか思い出したら帰って来ればいい。こんなど田舎にあまりいたくねぇよ」
そう語る男は、記憶喪失だという状態なのに実に楽しそうで計画を語って行く。
「で、お前はどうする?」
「えっ…俺もか?」
「たりめぇだろ。この状況で全くの他人の筈がねぇだろ。テメェも来い」
「…まぁ、いいけど」
たしかに全くの他人な筈がない。それに、会話に慣れを感じているのは自分だけではないのだろう。長らく、何年間かずっと一緒に戦っていた……気がする。
「さぁ行くぞ!…えっと、お前名前はなんだっけ?」
「それがわからないから、ここで話していたんだろ?」
「だったな。俺様は…」
頭を捻り、考えていた時。互いに武器を掴み気配を感じた方へ向き直る。
「いたぞ!直家と猿吉だ!せめて虎助様の仇を討つ!行くぞ!」
そう叫び襲いかかってくるのは五人の足軽。目にやどるのは殺気。つまり敵だ。
「…このくらいの雑魚なら問題ねぇな。それに問題は解決だ。直家と猿吉らしいぜ?俺たちは」
「どっちがどっちかは、これから聞き出すとするか」
そして、それが済んだらすぐに退散だ。来るのがこんな雑魚ばかりではない可能性がある。武器を構え、走り出す。
悲鳴が上がる前に全てが終わる。戦場の片隅で、消えて行く二人の影。それを、戦が終わった後血なまこになって探すが、見つかることは無かった。
「なんで…見つからないの…」
青海は、再度捜索の命令を出す。それでも帰って来るのは見つからないという報告のみ。あるのは戦った痕跡と虎助の死体。二人の身体だけが忽然と姿を消したのだ。
「……死んだ?そんなわけない!直家も猿吉も死ぬ筈がない!」
では、何故青海の前に現れない?誰かに連れ去られたか?だが、そんなことができる者は青海は知らない。
「もしかして、凛丸さんや成近さんのところへ?でも猿吉も一緒に行くとは考えずらいし…」
「青海様、そろそろ…」
「……わかった」
何か理由があるのかもしれない。すぐさま動かなければならない理由が。なら、それが解決したら戻ってくる筈だ。それまでは。
「私たちの勝利よ‼︎鬨の声をあげて!」
勝利に喜ぶ声が、青海を包む。今は、青海が総大将。勝者だ。その責務を果たす。でなければ、今まで積み上げてきたものが全て消えるから。玄武組の軌跡、失わせる訳にはいかない。
「二人が帰ってくるまで…ここを守らないと」
これより、山城国は青海を当主とした新しい体制が始まる。玄武家と呼ばれる、前代未聞の開拓者が国主という国が始めて誕生した。その名は全国に広がる、玄武家の青海が国取りを成功させたと。優秀な人材が次々と集まって行く新興の家。
全国に広がる青海と玄武家という名前。しかし、その中に直家と猿吉の名はない。
日々を忙殺される青海と、道草くいながらフラフラと中央を目指す猿吉と直家。再開は遠い。
まぁ、新章突入って感じかな。
最近あったショックな出来事を書きます!以前紹介した新作を友人に見てもらってる時に一話一万字あるって言ったらしかめっ面して気持ち悪いって言われて読むのやめられました(´・_・`)
まぁ、だろうね。(´・ω・`)