決着へ4
「なぜ……だ。なぜ崩れぬ…それどころか押されている…?」
「妖術部隊!撃ち方やめ!敵部隊が崩れたわ!突撃よ!」
「「「おうよッ!」」」
「クッ…弓兵部隊…放て!全部撃ち尽くしても構わない!敵の足を…」
「妖術部隊、詠唱が終わり次第援護射撃!突撃の足を止めさせないで!」
「……ぐッ!」
ギリッと悔しさで歯が軋む。なぜ、なぜ、なぜ。疑問は尽きない。小娘に采配で負けた、しかも過去に見たことがある女。あの時、その命はたしかに消えそうなほど小さい存在であった。敵になり得ない、そう思っていたのに。だというのに、なぜ…。
「俺は…敗れようと…している?」
「そのまま食い破って!敵の部隊を完全に崩すまで止まらなくていいわ!存分に暴れなさい‼︎」
「認めない…俺は…負けない!」
「敵の反撃に怯まないで妖術部隊!勝負どころよ!全妖力を放ちなさい!」
「弓兵の意地を…見よ!」
形勢は完全に青海側に傾いていた。それでも、崩れることなく組織として動いていられるのは苗代源一という将が優秀だから。
「放てっ」
「放て…」
空を埋め尽くした妖術の光と黒光りする鏃。それらは交差しそれぞれが打ち消しあい、弾き飛ばしあいながら両軍に振りそそぐ。
その勝者は。
「完全に崩れたわ!全軍突撃よ!」
「「「「オオオオオオオオオオッ‼︎」」」」
矢はそのほとんどが燃え尽きた。もとより青海部隊の方が数が倍近く多い。遠距離戦では特に数の差が顕著になる。それに敗北し、届かぬ矢は前線に立つ青海にすら届かない。
「お、俺が敗れたら……終わりだ。機…などなく…完全に付け入る隙のない…愚かな戦闘に成り下がる…それだけは……ダメだ!」
「……ふう…組織的に動けてるのって本陣みたいなところだけね…なんとかなってよかった」
大勢は決した。蓋を開けてみれば付け入る隙のない完勝。青海の部隊も歴戦の敵将に完封。まさに理想の勝利と言えるだろう。
「せめて…勝利の可能性を…そのために…」
その状況でこれ以上足掻くなど考えづらい。もはや指示など出さなくても興奮した開拓者、足軽達が勝手にやってくれる。源一自体、もはや敵部隊に指揮官がいなくても勝つのは不可能だと思うだろう。
「時間を…それだけ、それだけは。命を賭してもッ!」
弓の名手、源一は弓を捨てた。腰に差してあったさして得意でもない刀。それを抜き去り叫ぶ。
「弓を捨てよ。弓で生き、弓で死ぬことを諦めよ。弓の道を…捨てよ。我らにできる最後の奉仕はもはやこれだけだ‼︎駈けよ!弓で培った強靭な腕!腰!その先を見通す目を持って敵本陣に駆け入る!続け‼︎」
乾坤一擲の破れかぶれの突撃。もちろんそれは青海には届きもしない。それでも、僅かな間青海の意識を自分に向けることに成功。その後ろを駆ける修羅の存在には気がつかない。
最後の一人になり、串刺しになる彼は刀を振り上げ誰にも聞こえない声で。
「虎助様ァ……どうか…勝利をその手に!」
弓兵は数里先を見通す。たしかに捉えていた、はるか先に馬を駈けさせる勝利の存在を。ニヤリと笑い、その命の灯火が消える瞬間鬨の声が上がった。
その勝利に酔う声は彼にも聞こえていた。馬に跨り駆けるその刹那、悔しそうに口元を歪め。
「馬鹿者どもが…」
精鋭部隊は虎助を追いかけるだけでも精一杯だ。しかし、そこからさらに速度が上がった。ついていけないもの達が出る中、またさらに速度を上げる。
「花はやらぬぞ。勝利だけが貴様らの英霊を慰めるだろうからな」
動き出した山城国を中心にした周辺国家、その中で自他共にみとめる最強の男。天下の器を持つ男は、最強の刃として敵陣に突撃する。
森を抜け、平野を駆け抜け、その先の死体が転がる場に辿り着く。そこは戦略、戦術的に敗北した証拠、勝利に固執し捨てた自らの兵の死体が転がっていた。
「来たぜ直家」
「わかってる。準備は万端だ」
そこに待っていたのは、この虐殺跡を作り出した張本人達。隙などない完璧な待ち伏せ。最初からこうなることを読んでいたのだろう。必ずくると、確信を持って。脱帽するしかない、最後の最後も上手を行かれた。
「南蛮筒構え!」
「テメェら!構えろ最後のカモだ!気ぃぬくなよ」
「まったく……舐めるなよ‼︎小僧ども!命を捨てよ!」
「「「勝利のために‼︎」」」
「駆逐せよ‼︎ただ前へ、俺を勝利へと届けろッ‼︎」
「「「ハッ!仰せのままにッ‼︎」」」
「抜刀‼︎」
騎馬部隊が先行、直家部隊と衝突する瞬間。
「命を燃やせ‼︎鬼人化!」
「「「オオオオオオオオオオッ‼︎」」」
「「なっ⁉︎」
放たれた南蛮筒の轟音とともに倒れる敵兵は、皆無。効いてないわけではない、血飛沫は上がりその体にたしかに風穴を開けた。
しかし止まるものはいない。全て、命を燃やす鬼人化にその身を捧げた。
「食い破れ‼︎」
初撃は圧倒的な威力を持って、鉄壁の直家の部隊を紙きれのように破ったのであった。
戦闘は混乱を極めた直家と猿吉の声は届かない、届いたとしても無意味だ。なぜなら敵兵全員が鬼人化をした精鋭だ。戦術や、戦略、罠などまったくもって意味がない圧倒的実力差が生まれるのだ。その強力さは鬼人化をよく知る直家、猿吉がよく知っている。鬼人化したものとしてないものの差は冗談抜きで、赤子と大人である。
だから、だろう。直家と猿吉が早々に沈静化を諦めて山中虎助の前に現れたのは。無意味と知っているから。
「来たな、この中を平然と来れるのは木板則平を降したお前らだけだ」
「まさか、待ち伏せしていたつもりが逆に誘い出されるとはな。流石じゃねぇか、山中虎助よぉ」
「…一つ聞いていいか?あいつらは鬼人化をして大丈夫」
「なわけがないだろう。もうじき、妖力が尽きて死に絶えるものが出よう」
「ふん、たいした忠誠じゃねぇか」
「ただの一度しか使えない、俺の切り札。俺のために命を捨てるもの達の部隊の僅かな間の一撃。天下ひろしといえど今の時代これを止められる部隊は存在し得ないだろうな」
ただの一度。それはそうだろう。なぜなら、勝利しても全兵士は死んでしまうのだから。
「本来なら、いずれ訪れる天下の大合戦の切り札のつもりであったが…」
「そいつは光栄だ。そんなたいそうなものを俺らに使ってくれるなんてよ」
「使わずに敗れてくれればよかったのに」
「そう言わずに付き合え。貴様らもそれをわかっててきたのだろう?死んでいく味方兵士を見殺しにでもすれば黙っていても勝利できたはずだ。それをしないのは、貴様らの強さであり弱さである」
「ふん」
「……」
「…しかし、ここにいる我ら。皆兵を憂い、勝利を渇望し、地獄を見て、それでもここまできた。この先にある栄光を掴むにふさわしいものたちだ。貴様らが現れて安心したぞ。その器があることが証明されたのだからな」
「何を勘違いしているかわからねぇが俺たちにこの国を治める気はないぞ?」
「あまりの意味のない話だ。どちらにしても貴様らが許可したものしか統治者になるのだからな」
「……まるで、自分が負けた後のことを心配しているようだな」
直家の言葉に目を見開き少し驚いた表情を見せる。
「……さぁな。よく考えなくても話している時間は無いのだった。俺にも貴様達にもな。見せてやる、小僧ども。修羅を生きた魂が燃える煌めきを、その圧倒的な熱量を」
妖力が紅く収束していく。肌が硬化し、角が生える。鬼人化だ。直家達とは違う、本物の禁術。命を、魂を燃やした。
「……猿吉…」
「わかってら」
直家、猿吉も鬼人化する。しかし、いつもとは違う。いつもは抑えている危険ラインに踏み込み妖力を全開放。命を焦がす相手には、命を燃やして対抗するしかない。理論ではなく、だからといって感情でもない。
いままでの経験だ。そうしなければ死ぬ、と。培った全てが、そう告げていた。
「いくぞ。小僧ども」
修羅、進む。勝利を掴むために。
「いくぞ、直家!」
「ああ」
双鬼、進む。未来を掴むために。
この場には明日を望む挑戦者のみである。




