僕は異世界に転移したい!!
○×△□学園高等部。
そこでは異世界研究部同好会と呼ばれる少し頭の弱さを感じさせる同好会があった。
異世界研究部が同好会の名前である。部に昇格したら異世界研究部部になるのを、創設者は気付いていなかったようだ。
同好会にも部屋は割り振られている。
文化部棟の使ってすらいない階段下のスペースを利用した広さ6畳が彼等の城だった。
「さって、諸君! 今日が我ら異世界研究部の記念すべき日となった!」
彼がこの同好会を創設した男、名を田中正太郎という。しかし、それは世を忍ぶ仮の名であり真名はトルゥーフロント・T・カムイと言う脳内の設定だ。誰も本人以外はそのような名前で呼ぶことはないし、彼も恥ずかしいので他人には言っていない。中二病だけどオープンにはなり切れない。むっつりか。
ノートに色々思いの丈をぶつけているだけだ。チキンなので。
「俺ら駄弁る為に名前貸しただけなんだけど」
「特にやることも無いんでしょ?」
そんなチキン、もとい正太郎の言葉をゲーム機を弄りながら聞いているのはこの同好会の会員、というには積極的でも無い、ぶっちゃけて言えば名前だけ貸した人物。
森野祐樹と佐倉智一である。正太郎の友達である。決して正太郎が勝手にそう思っているだけではないはずだろう。多分。
「お、お前らー! 異世界に行きたくないのか!!」
「え、別に。今の生活に満足してるし」
「好きこのんで危険地帯に行きたがる奴ってなんなん? 自分が安全に暮らせることが当たり前に思ってる奴って馬鹿多くね?」
夢が無い二人である。ちなみに毒舌なのは智一である。
反対に正太郎は夢しかない。頭に毒がまわっているのかもしれない。中二病と言うの名の毒が。
「今の世の中に満足できず、剣と魔法のある世界で活躍したいと思うのが男の子の持つ夢なのではないだろうか!! そうにちがいない!」
力強く断言する正太郎。
それに対し祐樹も智一も否定はしなかった。やっぱり腐っても男の子なので。別にホモではない。
「それでいいとして、なにすんのさ」
「そーそー、研究ったってどうせラノベとかアニメの話ばっかなんだろ」
祐樹がゲーム画面から視線を外さずに言うと智一が毒を吐く。
だが、間違っていない。というか毒ですらない。真実だ。毒と感じるのは正太郎が豆腐メンタルなだけである。
「……取り敢えず異世界に転移するにはどうするかを考えたいと思います」
「はあ」
「無理だろ」
「無理と思うから無理なので無理じゃないと思えばきっと無理じゃない!……と思ってますはい」
祐樹と智一からの冷たい視線に勢いを失くす正太郎であった。
はぁ、と溜め息を吐き祐樹が仕方ないと話を続ける。一応友達思いなのだ。多分。
「異世界に行きたいってなると手段はあんまりなんじゃね?」
「俺の知ってる異世界は行くと言うよりは逝くだもんな。まあ正太郎の頭は既にイッてるけど」
智一の言葉はナイフであった。スパスパ斬れる。正太郎は豆腐なので。
「智一の言っているのは異世界転移ではなく、異世界転生のほうだ」
「なんか違うっけ?というかどうでもいいっちゃどうでもいい」
「そう言わずに聞いてください!」
直ぐに折れる。折れると言うより崩れる。豆腐で出来たキャラなので。絹か。
「……あくまで俺の考えなのだが異世界転移は異世界トリップとも言う。これはそのまま異世界に行くパターンだ。こちらの世界では神隠しにあったようなもので突然向こうの世界に前触れも無く行ってしまうものが多い……と思う」
「転生の方は違うってか?」
「ああ、転生は聞いての通り生まれ変わる。……あと気になっているんだが智一は『てんせい』って言っているが本当は『てんしょう』だ。仏教用語の輪廻転生から来ている」
「めっちゃどうでもいいし、日本語ってのは誤用が正用になる文化なんだぜ? 言葉の文化に詳しい正太郎さぁーん?」
「ぐぬぬ……!」
「智一もてきとーに流しとけって」
「正太郎に言われるとイラっとするからね、仕方ないね」
少し涙目になった正太郎だが豆腐とは違い直ぐに立て直すことができる。豆腐メンタルというよりは積み木メンタルと言った方がいいかもしれない。崩れても直ぐ直せる的な意味で。
「転生ということは一度死なないといけない。トラックに轢かれてーとか神様の手違いで―とかはこのパターンだな。後は異世界召喚というのがある」
「あ、それは分かる」
「これは向こう側のアプローチが必要となるな。向こうが勇者を求めているわけだ」
「うんうん、つまり正太郎は絶対にあり得ないわけだ」
「なにをー!?俺だってもしかしたら勇者になれるかもしれない素質を持っているかもしれないかもしれないだろう!!」
「そもそも、小説とかでニートとかフリーターとかが異世界で活躍できるかっていうと無理だわな。こっちで失敗して逃げ続けてる奴ってのは基本的に逃げ癖がついてるから。そういうのが勇者やってるとか鼻で笑うレベルだわ」
「し、失敗してもやり直せるってことで夢があるだろう!!」
「次があるさ、ってのは最大の逃げだよなあ? 正太郎さぁあん? 人生は一度っきり何すよお?」
「まあまあ、正太郎も異世界転移にこだわってる……こだわってるんだよな?」
祐樹の言葉に頷く正太郎。
「なんで?」
「……俺は今の自分が嫌いじゃないから。自分を否定したら産んでくれた親とか友達も否定する感じになるだろ」
「そりゃあ、納得」
少しだけいい雰囲気になる。別にエッチな雰囲気ではない。男同士なので。腐ってもいない。友達同士なので。
「さて、異世界に行くにはどうするか。俺なりに考えた」
「言ってみ?」
正太郎は鞄からスケジュールボードと書かれたホワイトボードを取り出す。
記入されていたのは下記の通りだ。
月曜日:パワースポットに行く
火曜日:
水曜日:
木曜日:
金曜日:
土曜日:
日曜日:
「「パワースポットに行くしかねーじゃねえか」」
「仕方ないだろう! 此方から行こうとするとトラックに轢かれるとか事故に巻き込まれるとか事件の渦中にいるとかそういうのしかないんだぞ! 神頼みって大事だと思うな!!」
後日、パワースポットに言ってみたが勿論異世界に行けると言うことはなく、少しだけ運が良くなったような気がしただけであった。
それからも馬鹿をやって、騒いで、怒られて。
異世界研究部同好会の部屋で駄弁るそれが楽しい毎日であった。
卒業まで時間が一気に進み、受験勉強に追われると息を抜く時間となった。
「楽しい時間は経過が早い。それはまるで異世界の法則のようだ……なんてな」
「現実逃避乙、勉強しろ」
「正太郎は馬鹿だからなー仕方ないなー」
「ぐぬぬ……」
何処かで誰かがクスクスと笑ったような気がした。