第7話 大罪のスキル
少し長め書いてみました。
地下牢で出会った時からいずれこうなるとは思っていた。
そして、リツェアにはその資格がある事も理解している。
しかし、それとこれとは話が別だ。
俺は死にたくない。
つまり、敵なら殺す。
……彼女との約束を破る事になったとしてもな。
距離を詰めず魔力を練り上げる。
おそらくリツェアは近〜中距離での戦闘で最も力を発揮する魔法戦士だ。
俺も戦い方は魔法戦士とそっくりだし、かつての元仲間たちにも魔法剣士だろ?、と何度も言われたし俺も納得している。
だって、魔法剣士ってカッコよくね?
しかし、俺の戦闘の軸は魔法だ。剣術は元々サポートとして身を護る為に身に付けた。
まぁ、護身術とでも思って貰って構わない。
結局、魔法と剣術どちらも高みを目指して努力して来たが、極限スキルがある為魔法の方を主軸にしている。
だから、リツェアの様にわざわざ自分から敵の間合いに踏み込む必要はない。
その時、苦し紛れにリツェアが投げナイフを俺に放った。
身体強化をしていた俺は最低限の動作だけでナイフを交わす。
「それじゃ、俺には当たらないぞ?」
「黙れ!」
「おい!何をしている!!」
「え!?リツェアさん、これどういうことですか!」
ヴィルヘルムとメデルがこの騒ぎを聞きつけやって来た。
「‥‥くそ、じゃまが入ったな。
第五階梯魔法〝闇の魔霧〟」
「!」
「下がるぞ」
視界が黒霧に包まれる前にヴィルヘルムがメデルを抱えここから離れるのが見えた。
正しい判断だ。
闇の魔霧は闇魔法だ。
闇魔法自体は攻撃にはあまり向かないが、その代わり特異な効果を持つ魔法が多い。
この魔法も速度は速くないが、心の弱い者が浴びれば恐怖を助長され、戦闘の続行が出来なくなる。
だが、俺には精神耐性がある。こんな霧は目眩しにしかならない。
「第二階梯魔法〝強風〟」
風で霧を散らす。
先ほども言ったが、俺の様に魔導師を名乗る連中は出来るだけ相手の間合いの外で戦う事が理想であり強みだ。
それに、相手は混ざっていても魔族だ。
油断は絶対にしない。
しかし、霧を散らした先にはリツェアの姿はなかった。
逃げーー
「ーー逃げた様だな」
咄嗟に振り返ればいつからそこにいたのか美男子姿の先生が開いた窓を見ながら立っていた。
「まぁ、監視は付けておいた。安心して良いぞ」
先生は相変わらず抜け目がない。
「そうですか‥‥」
なんだ、これ?
俺は彼女との約束を破らなかった事を‥‥リツェアを殺さなかった事に安心しているのか?
「どうした?」
「‥‥いえ、何でもありません」
俺の態度に僅かに首を傾げる動作をする先生だったが、すぐに微笑を浮かべた。
「焦って答えを出す必要は無い。‥‥それより、あの2人には事情を話せよ」
そう言って暗い廊下に先生は消えて行った。
先生の言う通りだな。
焦っても考えてもしょうがない。
遅かれ早かれあの2人は今回の事情を俺に聞きに来る。それまで、俺の部屋で待つか。
その後、俺の部屋に2人が押し掛けて来るのにそう時間は必要なかった。
そして、現在俺の部屋から食堂に場所を変え今回起きた一連の流れに着いて2人に説明した。
そして、自分で注いだ紅茶を飲んでいる。
この紅茶美味しいな。
30年も帰って来てない先生の為にこんなに良い紅茶を置いておくなんて、なんでだろう?
しかも、茶葉は定期的に変えないと痛むだろうし‥‥。
もしかして、先生は今もこの王国を護っていたりするのか?
「‥‥お前が、リツェアの姉を殺した事は事実なのか?」
ヴィルヘルムの問いに俺は頷く。
「間違いないな」
「そうか」
「‥‥それじゃ、リツェアさんはずっとお姉さんの仇を討つ為に生きて来たんでしょうか?」
そんなの悲しすぎます!と言ったメデルの目には涙が溜まっていた。今にも流れ落ちそうな涙をパジャマのポケットから出したハンカチで拭う。
「そうとも限らない」
その言葉に2人揃って俺をみる。
「お前たちは魔王に2種類の魔王がいる事を知っているか?」
「えっ、と、強いか弱いか‥‥でしょうか?」
「確かに魔王の中にも強弱はあるが、魔王の称号を持つ連中はそれに相応しい力を秘めている」
そう、かつて戦った魔王の中に楽に勝てた奴なんて1人もいなかった。
「祖父から聞いた事がある。かつて大罪の魔王と呼ばれていた者たちは強力かつ凶悪なスキルを持っていたと」
祖父?
魔王のスキルについて知ってる奴なんて多くはいない筈だ。俺だって魔王に直接聞いて知ったんだからな。
もしかして、ヴィルヘルムの祖父はあの人か?
「確か、大罪スキル」
「その通り。魔王の中には、大罪スキルを持つ者と持たない者がいる。かつて俺が倒した唯の魔王は2人、大罪の魔王は、強欲、嫉妬、暴食、色欲、憤怒の5人だ」
2人は真剣に俺の話を聞いている。
メデルなど真面目にメモを取っている。
「普通の魔王は2人だけですか?」
「何故だ?」
理由は簡単だ。
寧ろ、これ以上の理由なんて無い。
「それだけ大罪スキルが強力だからだ」
つまり大罪スキルを持つ事は、魔族を述べる大罪の魔王の資格を持っているという事だ。
しかし、裏を返せば、当時の唯の魔王の実力は大罪の魔王に匹敵する程に強く、それ以上に残忍だった事が分かる。
「だが、その力に匹敵する程のデメリットもある」
俺は思わず自分の握っている拳に力が入る。
2人は言葉を発する事はなく、俺の言葉を待っている。
「精神と魂への侵食と汚染だ」
俺の言葉に2人は何も言わない。
いや、言えないんだろうな。
何故なら普通に生活していて、自分のスキルや魔法が制御出来ず怪我をする事はあっても、精神や魂に影響する事なんて無い。
「大罪スキルを制御する器がなければ、力のままに破壊を続ける化け物になる」
「‥‥化け物」
「お前の持つ聖剣もなのか?」
「そうだ。俺の聖剣には暴食の大罪が宿っている」
ここまで来たら全て話すか。
「そして、大罪スキルを発現する条件は、魔族の血を引く事と罪を望む事だ」
ここでヴィルヘルムが声を荒げる。
「待て!それじゃ、お前は魔族なのか?」
「俺は例外だ。今回の事には関係無い。強いて言えば、俺は純血の人間だ」
俺の漏れでは威圧が混ざった言葉を聞いたヴィルヘルムは腰を上げかけた椅子に深く座り直す。
「罪を望むとは、どういう事だ?」
「例えば憤怒なら、怒りに身を任せる事だ。敵を憎む怒りから生まれる感情。鬱憤、怒気、立腹、憤懣、などが憤怒の大罪スキルを発現させる引き金になる」
「そ、それじゃリツェアさんはスキルに呑まれているだけと言う可能性は‥‥」
「リツェアの大罪スキルも姉と同じ嫉妬なら、少なからず俺への殺意は最初から持っていた筈だ」
おそらく、今まで抑えていた大罪スキルが俺と出会った事で膨らんだ殺意に干渉しリツェアの精神を犯したのだろう。
そうでなければ、あんな無謀とも取れる特攻などしないだろう。
「次に魔族の血を引くと言う事だが、それはそのままの意味だ。リツェアの様に魔族と人のハーフである魔人族でも大罪スキルの取得は可能だ」
「それは100年前に聞いたからですか?」
「それもあるが、人が放つ魔力の感覚で大体の種族は分かるだろ?」
魔族の魔力は濃度が濃い所為か重い感じがする。獣人の場合は荒く、エルフ族などの妖精の民と呼ばれる種族は澄んだ魔力をしている。人間は、正直1番分かりにくい。あえて言うなら、どの種族にも当て嵌まらない感じだな。
その時、俺の顔を2人が珍獣でも見つけたかの様な目で見つめているの事に気が付いた。
「最初から思っていたが、お前は可笑しいぞ」
「主、常人では魔力の感覚だけでは種族が分からないと思います」
「そうなのか?」
そういえば、元仲間たちにもそんな事を言われた気がする。
まぁ、別に気にしないけどな。
しかも、魔力を偽装したとしても並の偽装になら違和感を感じる自信がある。
それに、人前で姿や魔力を偽装している奴は何か隠し事をしているか、ろくな奴じゃない。
……俺のようにな。
「これからどうする?」
ヴィルヘルムの問いにメデルは俯く。
「別に、また攻めて来れば倒せば良い、それだけだろ?」
俺の言葉にヴィルヘルムは「そうだな」とだけ応え席から立ち上がった。
「今日は寝る」
それだけ言うとヴィルヘルムは部屋を出て行った。
「メデル、お前もそろそろ帰れ」
「‥‥はい、失礼致します」
メデルは俺に一礼し消えた。
天界と言う聖獣たちの領域に帰ったのだろう。
誰もいなくなり静まり帰った食堂で俺は息を吐き出す。
そして、先ほどから頭の中に何度も流れる過去の記憶に浸る。
血塗れの少女、託された言葉と思い……。
「……俺はどうすれば良いんだ」
静まり帰った食堂に俺の呟きを返す者などいる筈もなく、静寂に溶けて消えた。