第8話 説得あるのみ
「「……」」
警戒しているのか、それとも困惑しているのかは分からないが話しを進めよう。
「対価は、お前たちの自由だ」
暫しの沈黙。
最初に口を開いたのは魔人族の少女の方だった。
「‥‥クククク。魅力的な提案ではあるが、人間に媚びてまで生きようとは思わん」
「そうか。お前ー」
「ー失せろ」
まるで、抑えていた物が噴き出しかの様に殺気が溢れ出す。
その殺気も、怒りや憎悪といった感情の所為で濁っている様に感じる。
「‥‥」
「無礼な‥‥!」
この殺気を受けてなお、メデルは震えることはあっても後ずさろうとはしない。
俺は素直にそれを褒めたく思ったが、今はそんな暇はない。
「相手が人間じゃなくて少しは期待したんだが、残念だ」
「「‥‥」」
これは本心だ。
俺が知る魔人族も獣人族もこの程度ではなかった。
「100年前、大罪の魔王たちに率いられ、圧倒的な強さで全大陸の7割を支配した魔人族が、死を前にして道化の様にケラケラと笑っている。そして、獣よりも勇ましく、人間よりも誇り高い種族だと自らを誇示し、他種族と協力せず勇敢にも戦い続けた獣人族が抗いもせず人間に与えられる死を唯黙って待っている。
お前たちの種族が、かつて最も嫌っていた誇りなき死を思えたちは受け入れている」
お前たちは、かつての俺が出会った者たちを穢した!
俺は、わざと大袈裟な溜息を吐く。
「お前らには、失望した」
俺の言葉を聞いた2人の様子が明らかに先程と変わっている。
「‥‥人間に縋って、生き残る事に‥‥誇りなどない!」
獣人の男性の絞り出す様な声。
濁ってしまった瞳が俺を真っ直ぐに見ている。
「なら、今のお前の何処に誇りがある?」
「!」
「人間を憎み、怨み続けて、死を待つばかりのその無様な姿の何処に誇りがあるのかと聞いている!」
思わず声を荒げてしまった。
「そ、それは‥‥」
「貴様に協力すれば、自由になれるのか?」
「それはお前次第だ」
魔人族の少女は目を瞑る。
そして、次に開いた時には迷いはなかった。
「分かった。話しを聞かせてくれ」
俺は頷き、獣人の男性に目を向ける。
「‥‥俺はいずれ、お前を殺すぞ」
「上等だ」
ふぅー、まずは第一段階成立かな。
「まぁ、協力と言ってもお前たちは唯この国から逃げてくれればそれで良い」
俺の言葉を聞いた2人は固まってしまった。
「それが出来ないからここに居るんだろうが!この糞ガキがぁあ!!」
鼓膜に響くほどの獣人の男性の大声。
「おいおい、話しは最後まで聞けって‥‥」
声でけーなこいつ‥‥。
「脱出の手引きは全て俺がやっておく。と言っても、詳しい事は2日後、逃亡当日にしか教えられないけどな」
また2人は黙り込んでしまった。
まぁ、悩む理由は分かる。もし、俺が相手の立場なら正直こんな話しには乗りたくない。
しかし、2人の処刑日は近い。だから、自分の命を天秤に掛け俺の話にのるかどうかを本気で考えている。
そして、答えは直ぐにでた。
「良いだろう」
「ほー、意外だな」
魔人族の少女は目を丸くして驚いている。
この2人はそれなりに仲が良さそうだな。
「この生意気な糞ガキを殺す為なら我慢してやる」
「フフフ、そうか。勿論、私もその話しのった。しかし、せめて証拠が欲しいな」
そう言うと思って準備はしていた。
俺はアイテムボックスから一枚の紙を取り出した。
この紙に書かれている文字のインクには聖蛇のメデルの血を混ぜている。これは、100年前に仲良くなった古龍に教えて貰った龍や竜族特有の契約術だ。
「気高き獣の血を用いて ここに契約の儀を取り行う 」
俺の声に従い魔法の紙が宙に浮かび上がり、3枚に分かれる。
「太古より世界を守護せし神獣よ 生命を見守りし精霊よ 我が声を聞きたまえ 我 異界の勇者 がこの場において2人の自由に 全力を尽くす事を誓おう 」
次は2人の番だ。
2人は紙に書かれた文字に目を通し終わった様だ。
紙には契約の条件と俺の最低限の身分が書かれており受託の意思があれば自然と言葉が浮かび上がって来る。
「我 リツェア・ツェレス・クイーテルは我が命と誇りに掛け 異界の勇者をヴァーデン王国まで無事送り届ける事を誓おう」
「我 ヴィルヘルム・アーガストは我が命と誇りに掛け 異界の勇者をヴァーデン王国まで無事送り届ける事を誓おう」
3人の誓いを受けて、それぞれの前に浮いている魔法の紙が光に変わり俺たちの中に吸い込まれる。
「これで契約は終わりだ」
「おい説明しろ!今のは龍や上位の竜が使うと言われている〝古の契約術〟だ!何故、人間であるお前が使える!!」
ほぅー、あの女ーリツェアは知っていたか。
だが、古龍の契約術はもっと凄いんだぞ。
ヴィルヘルムの奴は、首を傾げているな。どうやら知らないらしい。
「まぁ、いつか教えてやるよ」
それに、驚くのほまだ早い。
「そういえば、お前たちの鎖と手枷は魔法と呪いがかけられているんだよな。それじゃ、脱出何て出来ないよな」
俺は今、どんな顔をしているんだろうな。
かつてあれ程嫌っていたこの力をこうして使う今の俺の顔は‥‥。
「魔法も呪いも、全て喰らい尽くせ!」
俺が発言した瞬間、2人にかかっていた魔法も呪いも全てがなくなった。
「魔法と呪いが消えた?」
「ち、違う」
ヴィルヘルムは先程よりも動揺しているリツェアを見る。すると、いつも飄々としているリツェアが震えていた。そして、信じられないものでも見るかの様に目が見開かれている。
「あいつは今、私たちにかかっていた魔法と呪いの全てを喰らったんだ‥‥!そんなスキル、私は1つしか知らない!?ありえない、この力を人間がー」
「ー想像するのは自由だが、今は2日後の脱出の事を考えてくれよ」
俺はそれだけ言い残すと、2人の傷を最低限回復させその場を後にした。