とある魔王とその娘
唐突に降って湧いたネタ。3時間クオリティ。
「ねえねえ娘よ」
「何よ愚父」
「お前明日から魔王になって」
「はぁっ!?」
思わず声を荒げたって仕方ないと思う。
私の父親は魔王なんていう職業に就いている。魔族の中で1番強くて偉いから、魔王。
ただ、私は魔王なんて損な役割だと思う。
これでも、うちの父親は穏健派だ。積極的に人間の国と戦争をしようとはしなかった。どころか強硬派が人間の国に攻め入ろうとするのを自ら喰いとめたこともある。
にも関わらず、人間の国は魔物が暴れるのは魔王のせいだと言って、魔王を討伐しようとする。
正直、ふざけんじゃないわよ。
私たち魔族と、魔物を一緒にしないで欲しい。魔族に従っている魔物もいることにはいるが、基本的に魔物は魔族の管轄外だ。むしろ、こちらも被害を被るときがあるというのに。人間はこちらを一方的に悪だと決めつけている。
「いやー、ほら明日辺り勇者御一行様がうちの城に攻めてくるだろう?」
「ええ、そうね。私も迎え撃つつもりでいたけど」
「うん、それは駄目だって言ったはずだよね」
城、と言っても実質要塞だ。まさか魔族の町に勇者を招き入れるわけにもいかず、人間の国との国境に程近い場所に堅牢な要塞を作り、そこで勇者と戦うのだ。先達は様式美がどうとかこうとか言っていたらしいけど、どうでもいい。
「どうしてよ。私だって勇者に簡単に負けるつもりはないわ」
「それは知ってるよ、僕の娘だしね。でも君はまだ徴兵されてないから駄目」
魔族は男女問わず徴兵の義務がある。でも残念なことに、私はその年齢に達していないから勇者と戦うことが出来ない。それがとても悔しい。
「全く、どうしてこんなに好戦的になっちゃったんだろうね」
「そりゃ、魔王の娘だからじゃない?」
「やっぱそっか~」
がくりと父親が肩を落とした。どうしてそこで嘆く。
「……とにかく、そこで父さん、勇者に殺されるフリをするわけなんだけど」
「死んだと見せかけて転移魔法でこの城に退避するのよね。なんでわざわざそんな面倒臭い真似するのか分からないわ」
「死に際に『甘いな勇者、我は魔王の中でも最弱に過ぎぬ。いずれ第二、第三の魔王がそなたを殺すであろう』~的な事を言い残そうと思ってさ」
「うわっ、棒読みすぎ。そして似合わない台詞。一人称も我とかないわ~」
「仕方ないじゃん。普段ない威厳を出そうとしたらこれくらいしないと」
「あ、普段は威厳がないって自覚してるんだ」
魔族に外見年齢は当てはまらないから、うちの父親だって400歳を越えているとは思えない程若々しい。というか、なよっちい。外で会っても気弱そうな兄ちゃんくらいにしか見えない。そんな父が荘厳な魔王の衣装を着ている日は、私は笑いを堪えるのに必死だ。どう見たって似合っていない。衣装に着せられている感が満載なのだ。
……え、私の年齢? そんなもの、乙女の秘密に決まっているじゃない。
「でもそうすれば、勇者は次の魔王を警戒して進軍を止めるかもしれない。少なくとも略奪はしない……と思う。まあ、僕を討伐した勢いに乗ってそのまま突撃、なんて可能性もあるわけだけれど。そうならないためにも勇者は一度お帰り頂くことにして。そうしたらきっと、王様に報告に行くと思うんだよね。魔王が他にもいるって人間側も知ったら、きっと軍隊を進軍させるの躊躇ってくれるだろう」
だからこそ、人間は勇者という少数の斥候を魔族の国に向かわせるのだ。後の戦争の前に兵士を疲弊させないために。所詮勇者なんて、捨て駒なんだ。可哀そうに。
まあ、戦ったら手加減などしないけど。
「……それで、私が魔王になるのとどう関係があるのよ」
「また勇者が来たとき、僕が新しい魔王として出迎えてもいいんだけどさ。それだと新鮮味がないかな~って」
「新鮮味なんて求めなくていいわ!」
「それに、僕も流石に疲れたし。少しくらい慰安旅行くらいしてもいいでしょ?」
「そっちが目的じゃないの!? ふざけんじゃないわよ!」
「これ、魔王命令だから」
「そんなくだらないことで命令しないでよクソ親父!」
「こらこら、女の子がそんな言葉使いしないの」
「させてんのは誰だ!」
「勿論、何かあったら僕も助けるし部下たちにも協力させるからアフターケアはばっちり」
「そういうことを言ってるんじゃない! とにかく、私は魔王になるつもりなんてないからね!」
そう言い捨て、私は自室に駆けこんだから父がどんな顔をしていたかなんて見ることが出来なかった。
私の中で、魔王は父親だけだ。それ以外が……例え私自身だとしても、魔王になるなんて想像できない。
口では色々言っているが、これでも父親のことは尊敬しているのだ。
だというのに、私に魔王になれと言う。
「……私なんかには、無理だ」
とても父のように、魔族を率いることなんて考えられない。
そして、その立場を簡単に放棄するような父親が許せない。
魔王なんて面倒な仕事だけれど、魔王として働いている父親は好きだ。
こんなこと、面と向かって話せないけれど。
部屋に籠っていた私は、父親を見送ることもしなかった。
あれっきり、会話もなし。
私は、父の思いを知ろうとはしなかった。
離れていても会話が出来る水晶を媒体として、空中に中継の映像を投影する。
城で戦う選抜メンバーから漏れた兵士や、文官たちが集まってその映像を固唾を飲んで見守っていた。私もその中に紛れ込む。
映像では、勇者とその仲間たちが魔王と戦っていた。
勇者と戦うということは、少なからず怪我をすること。あの無駄に豪華な服に血が出るように見える細工をしているらしいが、それでも心配なことに変わりはない。
それにしても、水晶越しの映像は本当に画像が荒い。これでは勇者の顔も、父親がどんな表情をしているのかも分からない。
それでも、どんどんと父の動きが鈍くなっていくのが分かる。半分は演技、半分は本当だ。
「勇者なんて、殺しちゃえばいいのに……」
もし勇者を殺したところで、第2第3の勇者が来るだけだ。結局のところ人間は勇者を派遣することを止めないだろう。
それでもいいから、負けてほしくない。
「……父、さん」
私の中での最強は、父親である魔王なのだから。普段はどんなに情けなくても、部下の扱きに涙目になっていても、魔王は魔王なのだから。
そしてとうとう、父親の体は勇者の剣によって貫かれた。
「父さん!」
水晶越しでは作戦が成功したのかも分からない。待機している医療班にも緊張が走った。
『み、見事だ勇者よ。……しかし我は魔王の中でも最弱のぶりゅ……』
あ、あの駄目親父台詞を噛みやがった。
『……我が跡継ぎが貴様ら人間の国をしぇ、成敗してくりぇるわ!』
「最後くらいしっかり決めろあの馬鹿親父!」
突っ込みと共に魔力を放出してしまった私は悪くない、うん。悪くないったら悪くない。
しかしその結果、肝心の転移魔法が暴走してしまったのは想定外だった。
とは言ってもあの馬鹿親父は無事城に戻れたであろうし、勇者たちも国境の近くまで飛ばされたはずだ。
問題なのは、私。
私の魔力を流し込まれた魔法陣が、私を対象として認識してしまったのだ。
「……どこなのよ、ここぉ」
見知らぬ土地に飛ばされ、すっかり私は迷子になっていた。その辺りに茂っている植物でさえ、見たことのないもの。余程遠くに飛ばされてしまったらしい。
このままでは、絶対馬鹿だと嗤われる。他でもない、あの父親に。
それだけは避けたい。
「絶対に、帰ってやるんだから!」
この時の私はまだ知らなかった。
ここが人間の土地だったなんて。
そして、とある人間との出会いが私の一生を大きく変えることになるなんて……想像だにしていなかった。