3.追憶
「――太古の昔、この世界も湖表の世界と自由に行き来でき交流も盛んだったのだ」
通された部屋の窓からは、真っ赤な太陽と寝転んだら心地よさそうな草原が広がり窓を揺らす風はとても心地よさそうだ。
勉強よりも、草原で昼寝出来たら最高なのに。
目線が窓の外に向かうあたしに、黒雨はため息をついた。
「分かった、今から中庭に出てみようか。小緑、お前はそろそろ帝から催促が来ている頃だろうから無事に戻ってきた事の報告をしてきてくれるか」
「あーい、ちょっと待っててくれよ?ここまで攻めてくるやつなんていないだろうけどさ。用心するに越した事は無いからな」
あたしは、小緑が用を済ませて戻る間に黒雨から話の続きを聞く事にした。
「水底の世界では、湖表よりも鉱物が豊富に取れたし魔術の技術もこちらの方が進んでいたからそれを糧に湖表の世界とやり取りをしていた。これも、魔術で石から直接金脈から取り出した物だ」
「うわっ!すごいね、これ本物の金……なんだよね?」
黒雨が懐から取り出した金は、室内の明かりに照らされてきらきらと光り輝いている。
村の中では、月に一度の旅の行商人から物を買う時くらいしか硬貨を使わない。
両親がいないあたしが、くたくたになってやっと手に入れる硬貨は精々銅銭が数枚が限界だったから金も銀も本物なんてもちろん触らせても貰えなかったしね。
「そうだぞ。こうやって、我々金を稼ぎ両者ともに良好な関係は長く続いた。――しかし、ある時湖表の世界でひどい飢饉が起きてしまった。原因は雨が降らない事によって作物が育たなかったからなのだが……」
何故か、そこで黒雨があたしの顔を見た。
意図が分からずに、あたしが視線を逸らす。と。
「はじめは互いに助け合っていたのが、次第に両者の不満が高まっていったのだ。湖表の側はもっと簡単に解決できる方法があるのでは?と疑い、水底は全く良くなる兆しが見えず民が飢えていくのはまやかしでこちらから搾り取ろうとしているのでは?とな。両者の不和が高まっていき、今から千年ほど前遂に湖表の世界と水底の世界との戦争がはじまり……最終的に当時の帝がこれ以上の混乱を避けるために表の世界と別れを告げた」
約五年の歳月をかけて、両者の世界にくびきが打たれた。
そう言って、黒雨は寂しそうに笑った。
「最初は良かったのだ。……太陽も昇り、作物も育ち、鉱物資源は遥かに我々の方が上だから。しかし、徐々に問題が持ち上がった」
「問題?一体何さ?」
頭を捻ってみても、あたしには思いつかない。
食い物にだって困ってなけりゃ、金を稼げる当てもある。
「その『問題』が表面に現れ出したのは、文献によるとくびきが打たれてからおおよそ五百年がたった頃を境に女が極端に生まれなくなっていった。……今では、天領地と呼ばれる帝が直接治める土地に百人程が生活しているだけだ」
「!?……えっ?ええっ!?」
世界中で女が百人しかいない?
いやいや、あたしだって男と女がいなくちゃ子供が出来ない位知ってんだぞ?でもだましてるって感じじゃないな。
「その問題を解決したのが、二百年ほど前の桂の帝≪かつらのみかど≫と呼ばれる人物。彼は帝でありながら、秘匿と呼ばれた魔術を使って十二の所領の一つ一つにとある神殿を立てた」
そこまで聞いても、さっぱり訳が分からない。
神殿を立てたのと女が減った事への対策が、どう関連付けられるのか。
「その神殿は、『子宝の神殿』と俗に言われていてな。子を願う者が神殿に行き、一滴の血を捧げてから祈りを三日三晩捧げる。そして、祈りが通じると翌晩子が枕元に運ばれてくるのさ」
なんだそのおとぎばなし!
全く想像が出来なくて、どうしてそんな風に自分の枕元に子供が運ばれてくるのかとか疑問が湧いてくる。
「もちろん、子宝の神殿で子を成せるのは神殿に寄進をした上で育てられるのかの審査に合格した者のみだ。そうやって子を成し、その子が女の子と判明すると……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!枕元に運ばれてくるだぁ?黒雨さん、あんたあたしの事馬鹿にしてないか?神殿で子供が出来るのもそうだし、枕元に運ばれてくるって―――」
「―――バカバカしいと思うだろ?それがさ、本当に運ばれてくるんだよ。魔術でさ」
声の主に驚いて、あたしが振り向くとそこには先程出て行った小緑が立っていた。
「子を願う者は血と祈りを捧げる。ここまではいいね?三日三晩の後に、家に帰り寝室の窓を開けておくのさ。そうすると、『魔術のゆりかご』と呼ばれるモノにくるまれた状態で子がやってくる」
それは願う者の元へと辿り着くまで、決して他者の目には触れないのだという。
それにしても、なんで寝室なんだとか一体どうやって血と祈りを捧げるだけでどうやって子供が出来るのかまでは秘匿といって教えては貰えなかった。
「分かるよ。何故寝室の窓を開けておくのかとか、色々とね。だけど、この世界の『ペア』はそうやって子供を作る。……ペアというのは、この世界において男女の婚姻と言うモノが存在しないからだ。聞いたと思うけど、どうやったって男の数に対して女の数が足りないだろ?」
水底の世界では、十五歳で成人になるとすぐに大抵男同士で『ペア』を組む。
大抵は家格の同じ家同士が両親の薦めによってペアを組むらしい。
どんなに貧乏な家のペアも、三回までは祈りを捧げるチャンスが巡ってくるし大抵その中で一度は子を成せるのだという。
「……そのさ、百人くらいいるこの世界の女の人はどうしてるわけ?」
百歩譲って、魔術を使って子供が出来る仕組みがあるってのはこの際脇に避けとくとしてもあたしがここに来た意味があるんだろう。
静かに、黒雨と小緑の目を交互に見つめた。
さっさと話して欲しいと、目で訴えながら。
「女の子だと判明するとまずは、親が町か村の長に届け出をする。そして、十歳になると帝の治める天領地に連れて行かれる。そこで一通りの教育を受け、十五の歳になると十二の領主の元へ嫁に出されるのさ」
十歳って言ったら、ちょうどあたしの両親が死んだ歳。
そんなまだ子供の時に親から引き離されるなんて。
しかも、両親が死んでいる訳でもなく女だと言うだけで生まれ故郷から追われる事になった人達には深く同情する。
嫁に行くのはいいにしても、どうにも自分で選べる雰囲気でもないみたいだし。
「……どうしてそんな事をするのか。それは、父と母が自然に交わり生まれてきた子には魔力や筋力といった人間に必要な基礎能力が桁違いに多くそのせいで寿命もまた遥かに長い。そう言った理由で、女性をペアに迎えられる人間は非常に限られる。女の子が生まれたのにわざと申告せず、隠したりすると非常に厳しく罰せられる。そういった事が起こらないように、女の子が出来たペアには報奨金が与えられる」
「黒雨さんと小緑さんはどうなの?……その、母親から?」
もっとも、あたしはまだこの世界の仕組みを納得出来ちゃいなかったし実際に目で見た訳でもないからまだ信じられてはいなかった。
けど、目の前の黒雨と小緑はコクリと縦に頷いたし信じないわけにはいかないだろう?
「そして、何故お前が水底の世界に連れて来られたのか。それには二つあり、一つは桂の帝が残した子宝の神殿に血を少し分け与える事。もう一つは、帝本人か帝の子孫と交わって『帝の印』を体に持つ次代の帝を産む事だ」
血を分け与える、というのは何も死んじまう量の血液ではなくて二~三日休めば回復する程度の量らしいけど。
「そっか。いいよ、別に。一日三食食べられて、病気になったら医者に連れてってくれんだろう?だったら、あたしは何でもいい」
これは本心からの言葉で、なんの偽りもないあたしの気持ちも込めたつもりだったんだけど二人はそうは思わなかったらしい。
「君、ちゃんと考えてる?―――まあ、君の歳で将来の事を考えるなんて無理かもしれないけどさ……」
心外な。ちゃんと考えてるよ。
本当に飢えるって事が、どれだけ辛くて苦しいかこの坊ちゃん達は分からないんだろう。
「じゃあ聞くけど、小緑も黒雨も病気にかかって医者と栄養が何よりも必要なのにそれが無くて……家族を見殺しにするしかなかった経験はあんの?どうしようもなくなって、食料を買うために家族を人買いに売らなくちゃならなくなった経験は?……ないなら、あたしがどんな思いで言ったのか考えてみてよ」
生きてさえいれば。
きっと、そんな思いで飢饉の時に自分が売られればいくばくかの金と引き換えに食料が手に入るんだと――あの人は思ったに違いない。
『あんたは村にいなさい。――きっと、きっといい事があるから』
唯一、孤児のあたしに世話を焼いてくれていたあの人が出て行ってからしばらくして村に物資が入り全滅は助かった。
けれど、あの人は……。
「あたしは謝らないよ。本当に、飢えた事があるなら……あたしの言った事少しは分かるはずだ。――ただ、考えなしに言った言葉じゃない」
あたしは、目の前の二人に絞り出すようにして訴えた。




