<番外編>誇りに思う、精一杯の愛を
星持ち様、囲い込みの最後に。
の少し前の話です。
細かなレースに、繊細な刺繍。
陽光に煌めくのは、胸元に縫いつけられた小さな宝石。
絨毯の上、優雅に広がる真っ白なトレーンにも、星空の輝きのように、たくさんの光が散りばめられている。
「はぁ……。綺麗」
「ありがとう」
花嫁衣装を纏った彼女は、蕾がほころぶように笑った。
美しく結い上げられた髪も、纏うドレスも、その笑顔の前では引き立て役に過ぎない。
「それにしても、私が来ても良かったんですか?」
今日のためのとっておきのドレスに、装飾品。髪も化粧も、たくさんの人の手を借りて着飾ったものの、やはり場違いなのは否めない。
「今更、何を。あなたとわたくしは義姉妹になりますのよ」
「……っ! マデリーン!」
微笑む花嫁に、リリアが目をむいた。
慌てて周囲を見渡すが、居合わせた侍女らしき人たちもにこにこと笑うばかりだ。
「まさか、まだ観念なさっておられないの? お義姉様」
「…………」
ぱくぱくとリリアが何かを言おうとしては、やめる。
恥じらいは確かにあるが、そこにはやはり困惑が強く見てとれた。
「……簡単にはいかないとは思いますわ。それでもわたくしは、あの頃からずっと、あなたの恋を見守ってきましたのに」
「……普通、あんな言い方じゃ、わからないと思います」
一瞬考えるようにしたリリアが、下唇をつきだした。
アカデミーにいた頃、マデリーンに付きまとわれていたことを思い出しているのだろう。
くすくすとマデリーンも笑う。
少女らしさが取れたそのたたずまいは、朝露に濡れる薔薇のような美しさだ。
あの頃はわたくしも必死で、と言い置いてから目を細める。
「それでも、わたくしにも立場がありましたから。ありのままをすべてお話しするわけにもいきませんもの」
弟とくっつきたいから、継承権のある兄をどうにか籠絡してくれ、とは言えないだろう。
あの顛末のミソは、アルドヘルムが『何をおいても王位を望まなくなる』というところにあった。
アルドヘルムの性格から考えれば、エディラードが真実望まないことは強要しなかっただろう。そこをどうにかしてひっくり返す必要があったのだ。
短いノックが聞こえ、応対の侍女が扉へ歩いて行った。
儀式の時間には早かった気がするが、とリリアが様子をうかがっていると、エディラードが顔をのぞかせた。
「マデリーン、支度はできた? ……うん、すごく綺麗」
「……ありがとう、ございます」
マデリーンは盛大に赤くなったが、さらに侍女の何人かが、そっと頬を染めたのが視界の端に映った。
仕方がないだろう。エディラードがここまで手放しに笑うことなど、滅多にない。人をおちょくったり、悪だくみをしたり、謀の混じる笑顔がほとんどなのだ。
あっという間に展開された二人の世界に気を取られ、扉から入ってきたもう一人にリリアは気付かなかった。
「リリア、迎えに来た」
「ぅわ、はい! ありがとうございます」
弾かれるように振り向くと、そこには正装をまとったアルドヘルムがいた。
黒を基調とした詰襟は普段とあまり変わらないが、刺繍の種類も肩章も特別なときにしか使われないものだ。
「それ、聖祭事で着てたものですね?」
「よく覚えているな」
「もちろん。だってあんな経験、初めてでしたから」
リリアは頷く。
あれほど美しいものを見たことは、人生の中数えるほどしかない。
陽光の中に舞い散る細氷。その向こうには何より光り輝く大好きな人。
「あー、勝手に二人の世界になっちゃったやつでしょ?」
「えぇ?! 何のことですか?」
先程までの笑顔は、どうもマデリーン用だったらしい。
いつも通りの悪い笑顔でエディラードが割り込んできた。
「リリアが舞台を見ているのはわかるけど、兄上がリリアばっかり熱心に見るから。あれで気づいた人も少なくなかったと思うよ?」
「何のことですか?! ちょっと、アルドさんも黙ってないで何とか言ってくださいよ!」
必死にあのときを思い出してみるが、全くリリアの身に覚えはない。
確か、一度目が合った気がして、手を振ってみたら苦笑された覚えはある。
だが、そのあともアルドヘルムの視線がずっとリリアに向けられていたか、と問われれば、わからないとしか言えなかった。
「仕方がない。あの頃はなかなかリリアには会えなかったから。顔が見られて嬉しかった。離れていてもすぐにリリアだとわかっ……」
「わー! 何を言ってるんですか! やめてください!!」
臆面もなく言い切ったアルドヘルムを、慌ててリリアが止めにかかる。
ところが、止められた方は不思議そうに目を瞬いた。
「なぜ?」
「なぜって……。恥ずかしいじゃないですか」
言いながらすでに真っ赤になった頬を隠すように、リリアは俯く。
「俺は、この気持ちに恥じることなどないと思っている。与えられたものではなく、俺が選び取った気持ちだ。誇らしく思うことはあれど、隠すことなどないだろう」
「…………」
絶句するリリアの様子に、かわいそうに、とエディラードは思う。
素直すぎるアルドヘルムの想いは、もう止めることなどできない。
エディラードが今日、婚儀と同時に王位を継承すれば、余程のことがない限り、数十年単位でアルドヘルムに継承権がまわっていくことはないだろう。
継承権の放棄は、簡単にはいかない。エディラードが男児をもうけても、継承権の順位はアルドヘルムと同位だ。
リリアももちろん、継承権の放棄には同意しないだろう。
だからこそ、『しばらくは王位継承の問題が生じない』今しかない。
こっそりとアルドヘルムがあちこちで根回ししているのを、エディラードは知っている。
近々行われる隣国との会談の際、公に二人を認めさせる計画が綿密になされていることを。
もう何も言えなくなった未来の義姉のためにも、エディラードはわざとらしく嘆息した。
「あのさ、今日が誰の結婚式かわかってる? 二人の世界は、帰ってからどうぞー」
「言われなくとも、そうする。二人とも、おめでとう」
腰のあたりを引き寄せられたリリアの顔には、もう困惑はなかった。
想い想われる幸せに染まる頬に、エディラードは微笑んだ。