<番外編>Sweet or……?
ある兄弟の日常とつながっている小話です。
それはある日の午後のこと。
ライラに頼まれて作った木苺のミルフィーユをおやつに、お茶の時間にしようとしていたところだった。
リリアがここにいることを知っている人は数えるほどしかいないから、訪ねて来る人など限られている。
だから、扉からのぞいた新緑の瞳を見た時にもさほど驚きはしなかった。
「やあ。近くまで来たから、寄ってみたんだ」
「どうも。仕事はいいんですか?」
金糸の刺繍が入れられた白いローブ、柔らかそうな金の髪に春を思わせる若草色の瞳。
いたずらを思いついた子どもの様にきらめくそれは、何をされても憎めないなと思わせる不思議な魅力があった。
「うん。あとはもう王宮に戻るだけ。あー、ミルフィーユ! 僕も食べたい」
「どうぞ、よかったら」
無言でライラが頷くのを確認してから、リリアが向かいの席を勧めた。
うきうきとしながらも、美しい所作で掛けたエディラードは、早速パイにナイフを入れた。
ひと口、口に運び、頬をゆるませる。
「んー、おいしい」
「ふふ、兄弟そろって甘いもの好きですね」
相好を崩してパイを頬張る姿のどこにも腹黒さは見えず、年相応のかわいらしさに溢れている。リリアが笑うと、エディラードもライラも不思議そうに目を瞬かせた。
「え、兄上が甘いもの好きなの?」
「……? 好きですよ。デザートは必ず欲しがるし、おかわりがないと寂しそうだし」
「…………」
ほう、とライラがついたため息が、三人の沈黙を破る。
そっとカップをソーサーに戻し、ライラが口を開いた。
「アルだけじゃなくエディも、甘いものは好きじゃないはず」
でしょう、とライラが目を向けると、エディラードが頷く。
「好きじゃないっていうか。食べたくない、かな?」
「どういうこと?」
リリアが首を傾げる。
食べたくない、と言うそばから、結構な速さでパイが消えていっているのはどういうわけか。
「甘い味付けってさ、大抵は砂糖でつけるでしょ? あの甘味と暗殺とかで使われる毒がすごく似てるんだよ」
「毒?!」
随分物騒な話だ、と目を見開くと、からからとエディラードが笑う。
「まあ、うちは他国に比べて格段に平和だから、実際そんなものを盛られることなんてほとんどないんだけど。一応身分的に、慣らしておかなきゃいけないってことで、子どものころから少しずつ摂取させられるんだよ」
「ああ……毒に耐性をつけるっていうやつですか」
リリアのことばに頷いたライラが、木苺を飲み込んでから答える。
「甘いものを食べて、具合が悪くなるという経験を繰り返すことで、甘いものを苦手に思うようになる貴族や王族は少なくない」
「なるほどー。でも、じゃあなんで今は平気なの?」
エディラードの皿を見れば、もうそこにはパイは跡形もなかった。
ナイフを入れたときに散るであろうパイの破片までも綺麗に掬い取られている。
「だって、リリアは僕に毒を盛ったりしないでしょ。さすがに初対面の時は無理だったから、甘い味付けは困るって伝えたけど」
「ああ」
初めてエディラードに会ったとき。
確かにあれこれと好き嫌いを言われた中に、『甘い味付けは嫌いだ』というものがあった。
思い返して納得するとともに、ふと疑問がわく。
「でも、アルドさんは割と最初の方から甘いものを好んでたけど」
リリア自身が気づいたのは随分後からだったが、思い返せばかなり最初の方からアルドヘルムの好みは決まっていたように思う。
かぼちゃのパイ、粗い砂糖を練りこんだパン、薄い肉で巻いて甘いたれで煮つけた野菜、ふんわりした甘い玉子焼き。
「それはー、なんていうか。ね?」
「本人に聞いてみたらいい」
首を傾げるリリアをよそに、エディラードとライラは苦笑するばかりで教えてはくれない。
「もー、何それ。教えてくれたっていいでしょ」
「いいじゃない。僕たちから聞いたって、どうせリリアは信じないんだし。それよりおかわりちょうだい」
笑いながら皿を差し出されれば、リリアとしては否はない。
心を込めて作ったものをおいしそうに食べてもらえれば、それだけで満たされる。
次、あの人に会えるのはいつだろう。
会えた時には、とびきり甘いデザートを皿いっぱいに作って、聞いてみよう。
『甘いものはお好きですか?』と。