星持ち様、休息中。
崩落事故の翌日はさすがに店はしめることになった。
ダリアに反対されたのもあるが、思った以上に長く立っていることがつらかったからだ。
昼までぐっすり眠り、簡単な朝食兼昼食をとり、また眠る。いくらでも寝られるのはやはり体力が落ちているからだろう。
夕の鐘の頃に、さすがにこのままでは明日働けない気がして、着替えてダリアの店へ行った。賑やかな店内では少し顔色の戻ったダリアがくるくると働いていた。
「もう少ししたら落ち着くから、食べて待ってて。今日は飲んじゃだめよ」
大きな野菜がごろごろ浮かぶシチューを私のテーブルに置いて、ダリアが言い残していく。
正直、とっても飲みたい。
美味しいお酒と美味しいご飯は私の小さな幸せには欠かせない。
昨日の夜は適当に残り物をつまんでそのまま寝てしまったので、当然飲んでない。
むぅ…とむくれながらシチューを口に運ぶ。優しいミルクの味と、野菜や肉から出た旨味がじんわりと胃にしみていった。
あぁ、美味しい。
下品にならない程度、せっせと匙を動かしているとダリアが果実水を持って隣に座ってきた。
どうやら彼女も一緒に酒を控えてくれるらしい。いとしの友…。
「顔色はだいぶ良くなったわね。安心したわぁ」
「ダリアもね」
笑いあいながら、カップを軽く合わせる。
「さすがに今日はアルドさんもずっと部屋にいたみたいよ。何せ、弁当屋もしまってるしねぇ」
にやにやと宿の方を見ながらダリアがからかう。
「…っ!!!」
アルドさんの名前をきいて、がっちりした腕の感触とか、背中のぬくもりとか、甘い香りを思い出し、奇声をあげそうになる。
おかしいな、たかだかあれくらいでなんでこんなに動揺する。
これはあれか、生命の危機にさらされたときのドキドキと混同しているのか。
ダリアは私が挙動不審なのはなぜなのか、とっくに察しがついているんだろう。
「磁場が解消したら、次の依頼に行くってこと忘れちゃだめよ」
ふと、笑みを消してささやいた。
「……しってるよ、そんなの」
頭ではわかっていたはずのことを改めて指摘され、胸に嫌なものがひろがる。
アルドさんは星持ち様。磁場の解消がお仕事。これが終われば次の仕事へ行く。
私は彼の帰る家がどこにあるかも、知らない。
当たり前のこと。しっていたはずのこと。
なのになぜ、こんな。
ぐるぐると思考が空回りする。
この気持ちに名前をつけたら、だめな気がする。
急に黙りこんだ私を見てダリアはそっと息を吐いた。顔をあげると、気遣わしげな瞳にぶつかる。
「きっと明日からも毎日来てくれるんだから、頑張んなさいよぉ」
わざとらしいくらい、にんまりと笑ってダリアは私の手を握ってくれた。
翌日からまた、アルドさんは弁当を買いに来てくれるようになった。
磁場の解消はどのくらい進んでますか、どの街に住んでるんですか、恋人はいますか。
何度もきこうとし、ばかな、きいてどうすると慌てて打ち消すうち、今まで見えなかったものが少しずつ見えてきた。
まず、アルドさんは甘いものが好きだ。かぼちゃのミニパイをお弁当につけた次の日に、パイはないのかときいてきた。裏から残りのパイを出してきたらちょっとだけ口角がゆるんでた。
おすすめ弁当でいい、と言いながら、煮物は好きではないようで弁当に詰めると少しだけ眉が下がる。スパイスもあまり得意ではないようだ。
何日か、弁当を詰めながらアルドさんの表情をうかがうことですっかり好みが把握できた。
あと何回、私のお弁当を食べてもらえるかわからない。
少しでも長く、少しでも美味しかったと思ってもらえたら…
なんとも言えない気持ちを抱えながら、今日も私はおかずを作り弁当を売っている。
今日のおすすめを見たら、アルドさんはどんな顔するかな?とほんの少し想像しながら。