〈番外編〉ミランダの初恋③
中枢計画で来ている伝導役の娘と、星持ちの男性ができているらしい。
娘の方もまんざらではなさそうだが、熱心に口説いているのはどうも男性の方らしい。
翌日には、町のあちこちでそんな噂がささやかれていた。
昨日の宿でのことかと思い訊ねてみると、それだけではないらしい。
「私が見たときは、星見台のカウンターの陰で手を繋いでいたわ」
「マリーンさんの店では耳飾りを贈って、その場でつけてあげてた。こうやって髪をかき上げて!!」
行為の一つ一つは、特に珍しいわけではない。そもそもカティーラはスキンシップには鷹揚なお国柄だから、往来で口づけたり抱き合ったりする者もいる。注目を浴びることはあるが、話題になったりはしない。
それがこれほどまでに注目され噂されるのは、目立ちすぎる組み合わせゆえだ。
二人ともが色素の薄いカティーラでは少ない黒髪。かたやがっちりした身体つきの美貌の星持ち。かたやすれ違っても記憶に残らないような小柄なごく普通の娘。
星持ち様―――しかも稀に見るイケメン―――に憧れる娘たちの中には、リリアに対して嫉妬を剥き出しにする者もいるようだが、多くは別の眼差しで見つめていた。
「あんな普通の子でも、あんなに素敵な人と恋ができるなら、私だって!」
「頑張って星見台で働けるようになったら、星持ち様と出会えるかしら?」
どうも、あそこまではっきりと特定の相手に対して好意を見せられると、割り込もうという気もあまり起こらないらしい。
現にミランダがそうだ。
最初に二人のやり取りを目の当たりにしたときはショックと嫉妬心でことばも出なかったが、敵わないな、とすぐに納得してしまった。
衝撃の夜の翌朝、リリアにホールを手伝ってもらったときのことだ。
まだ夜も明けきらないうちに、リリアは実にてきぱきと動いた。
濃い味つけを好まない客を見抜く、食具が使いにくそうな老人に大きめの匙を渡す、子連れの客には取り皿や手拭きを多めに出す。
長年宿屋をやってきたミランダでも、見過ごしがちになる細かいところにいち早く気付くのだ。
それも無理をしている様子は微塵もなく、客の間をくるくると動き回る姿は心底楽しそうで、つい目で追ってしまう。
そういうリリアを、とても優しい目でアルドは見ていた。
何も言わなくても、行動しなくても、どれほど大切に思っているかがわかるまなざしだ。
今さら誰かが割り込んでも、そのまなざしは揺るがないだろう。
およそ恋らしい恋などしたことがないミランダにも、それだけはよくわかった。
◇◇◇◇◇
「あーあ。告白もしてないのに失恋しちゃった」
ぐさり、と勢いよく刺したフォークで口いっぱいにミランダはケーキを頬張った。
優しい果物の甘味が、ささくれだった心を静めてくれるようだ。
やっぱりロイの母さんのケーキは最高だ。今度レシピをちゃんと訊いてみよう。
「ミランダの初恋はアルドさんだったのかぁ。相手が悪すぎるよ」
ロイの目の前には、ミランダのものよりも随分小さいケーキが置かれている。
ミランダはじろりとロイを睨みながら、彼の皿を自分の方へ引き寄せる。
「なにそれ。高望みしすぎってこと?」
ロイは少し苦笑しながら、僕も直接聞いたわけじゃないけど、と前置きをしてお茶を飲んだ。
「高望みとかじゃなくてさ。アルドさんは今必死に囲い込みをしてるらしいから」
「囲い込み?」
「うん。両想いなのは間違いないんだけど、面倒ごとがたくさんあるから、相手の女の人が尻込みしてるんだって。で、周りに“あの二人ってできてるのね”って認識させて、逃げられないようにするみたい」
ロイのことばに、ミランダはぽかんと口を開けた。
あんな素敵な人と両想いで、一体何に尻込みするのかミランダには全くわけがわからない。
「……意味わかんない」
「お互い相手のことを大事に思うから踏み出せないってことはあるんじゃない?」
やけに知った風な言い方に、ミランダはムッとする。
「なによ。ロイだってまともに恋なんてしたことないくせに。知ったかぶりしちゃって」
「僕だって恋くらいしてるさ。……ミランダには教えないだけで」
フォークを振りかざしたミランダを、行儀が悪いよとたしなめて、ロイが口をとがらせた。
よく見れば、その目元はほんのり赤くなっていた。
「えっ! 何それ! 誰よ、教えなさいよ! エリリーナ? それともマーガレット? まさかキャシー?」
「………絶対、教えない」
食い入るように乗り出したミランダを見て、ロイは深い深いため息をついた。
次々と年頃の娘の名を挙げる彼女が、ロイが顔を赤らめた理由に気づくわけもなかった。
「まあ、ゆっくりいくからいいよ。ミランダは鈍いくらいでちょうどいいと思う」
「何よそれ! いいから教えなさいよ!」
初めての恋に破れたミランダが、次の恋に気づくのは随分先になりそうだ。
―――それはまた、別の話。
~Fin~
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