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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第一章 星持ち様と弁当屋
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星持ち様、何弁当にしますか?

暴力未遂あります。

 言い過ぎたと思ったときには遅かった。


「こ、の…っ!一般庶民が偉そうに…!」

  怒りで顔を染めたヴィクトールさんに襟首を力強く引かれ、そのまま後ろに引き倒される。


「…いったぁ!」

 とっさに手をついたが、肘を擦りむいてしまう。


 慌てて身を起こすと、そのまま胸ぐらをつかまれて立たされる。

 より一層醜悪な顔に、血走った瞳が光る。



 どくどくと破れそうに胸が鳴る。

 でも謝るような真似はするものか。いくら星持ち様でも、人の命をあんな風に軽々しく扱っていいわけがない。


 つかまれた胸ぐらを振りほどこうともがいていると、急に身体が浮いた。


「やめろ」


 目の前いっぱいに広がった暗闇。

 なにが、と思う前に鼻をくすぐる香り。最近かぎなれた、淡い甘い匂いは…


「アルドさん…?」

 どうやらがっちりローブで包まれているようで、振り返ることもできない。背中にはアルドさんのぬくもりを感じる。


「え…、な?ええ?!」


抱きしめられている、と自覚すると同時に、カッと頬が熱くなった。


 慌てて抜け出ようとするが、アルドさんの腕はちっともゆるまない。それどころか、動くな、と耳元で低くささやいてきた。

 首筋から背中にかけてザッと鳥肌が立つ。


…ささやき声が凶器になるとは生まれてはじめて知った。



「星持ちによる一般市民への暴行は重罪だ」

 闇の中に、アルドさんの声が響く。

 ぴったりと身体がくっついているせいか、びりびりと深いところを伝わってくる感じがする。


「この三人は私が地上につれていく。反論は許さない」


 凍てつくような声。

 温かい腕。


 相反するそれに、途方もなく守られている安心感を与えられて、いつの間にか涙がこぼれていた。




 鉱山の入口には、鉱夫以外にもたくさんの村の人が集まっていた。幸運にも村の近くにいた医療師ももうすぐ到着するという。

 アルドさんにより腹部の傷はふさがれた従者さんだが、折れた骨や流れ出た血は医療師でないと戻せない。

 当然、意識は戻っていないし、顔色もひどい。どうか、間に合ってほしい。



 ケガの軽かった従者さんに肩を貸していた私に、ダリアが抱きついてきた。


「……よかった」

 滅多に泣かない彼女の鼻声をきいたら、鼻の奥がつんとした。


 私が支えていた従者さんを受け取りながら、ロットさんが肩を叩いていった。目元が赤いのは、気づかない振りをしてあげよう。


 口々に、無事を喜んでくれる村の人たち。

 みんなの顔を見ているうちに、助かったんだという実感がじわじわとわいてきた。


 この村に暮らしてて、よかった。


 ダリアの肩口に顔を伏せ、少しだけ泣いた。




 その日は、丈夫が取り柄の私もさすがにいつも通りとはいかず、そのまま店をしめることになった。

 重い身体にムチを入れつつのろのろとおかずを保管庫にしまっているとダリアが手伝いにきてくれた。


「いいの?寝なくて」

 ダリアの酒場は夕の鐘からひらく。

 明け方から店を片付け、エイダさんの宿の掃除等を手伝ったあと夕方まで眠るのが生活パターンだ。

 崩落が起きたことを知ってすぐに鉱山へきてくれたようだから、寝ていないだろう。


 手伝ってくれることに礼を言いつつきくと、ダリアはムッとした顔をする。


「リリアがあんな目に遭ったのに、寝られるわけないじゃない」

 つん、ととがらせた口が恐ろしく色っぽい。

 やめて、そっちの方面に目覚めてしまったらどうしてくれる。


 ダリアはいつも飄々としているが、実は心配性。以前エイダさんが腰を痛めたときもすごかった。ダリアも倒れる前に腰が治ってよかったね、とジオと言っていたものだ。


「星持ち様、従者の人を置いて帰ったみたいよ」

「あぁ…」

 やっぱりというかなんというか。

 あれほど怒っていて私にもバカにされて、そのまま仕事の続きなんてできないだろう。


「契約内容と違う、って村長は怒ってたんだけど、大体は磁場も解消したしあとは自分一人でも大丈夫だってアルドさんが取り成したそうよ」


 こちらも、ある意味やっぱり。アルドさんであれば、そう言ってカバーにまわるのは想像がつく。


「でね、アルドさんからリリアに伝言」

「?」


 ことばを切って、ダリアはにやりと笑う。


「弁当をくれないか、って」


 弁当?今宿で休んでるのに?

 エイダさんもダリアもご飯作ってくれるだろうに?


 首をかしげる私に、にやにや笑いを強めるダリア。

「リリアの弁当がいいんだって。胃袋つかんじゃったんじゃないのぉ」

「!ま、まさか」


 冷やかすダリアから慌てて顔をそむけ、保存庫の中をのぞく。

目の前にはたくさんのおかずがあるのに、目は滑っていってしまう。


「……重症かも」


魔石で冷やされた空気でも、頬の熱はなかなか取れなかった。

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