表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第三章 王家と弁当屋
74/94

星持ち様、それぞれの道へ。

 荷物はあまりなかったはずなのに、来たときよりも随分多くなってしまった。


 望んだ場所ではないとは言え、一年近くいたのだから、当然と言えば当然か。

 壊れ物は服の間に入れながら、鞄につめていく。昔から荷造りは上手くなかったから、あっという間に鞄はパンパンだ。


 あと少しで鞄の口が閉まるかも、という瀬戸際のところで、短いノックが三度きこえた。

 はい、と返事をする間もなく、再度強めに二度叩かれる。

 なんだなんだ。せっかちな奴め。


「はい。開いてますからどうぞ!」

 今この鞄から手を離したら、中身が飛び出る。一時間の苦労が水の泡だ。

 叫び終わるやいなや、勢いよく扉が開き、金切り声が飛んできた。


「あなたは!一体何を考えていらっしゃるの!!」

 淑女らしさから言ったら、ぎりぎりセーフな勢いで入ってきたのはマデリーンだった。

 頬は真っ赤で、手入れの行き届いた髪もどこか乱れている。淑女らしさギリギリの速さで走ってきたのかもしれない。


「……何のことでしょうか」

 めんどくさいなぁ、もう。

 遠からず来るとは思ってたけどね。


「何のことですって?褒章の件ですわ!なぜ爵位を願わなかったのです!!わたくしがあれだけ事前知識を入れておいたと言うのに!」


 そう。そうなのだ。

 私が王宮へ呼ばれた件をどこからかききつけたマデリーンが、“望むものはと言われたら爵位を願え”と言ってきたのだ。


「あなた、アルドヘルム殿下のことが好きなのでしょう?殿下とあなたが結ばれるためには爵位を得ることが一番でしたのに、なぜ?!」


 マデリーンは怒りに頬を染め、握りしめた拳がわなわなと震えている。


 ため息が知らずこぼれる。この子は、良くも悪くも真っ直ぐで、時々無性にいらいらする。

 王妃への道は色々な意味で遠そうだ。


「あのさ。爵位をもらうってことは、領地がもれなくついてくるでしょ。私に領地の管理なんて、できると思う?」

「そ…れは、補助の人間をつければ可能です」

 一瞬ひるんだものの、すぐに反論するマデリーン。

 そんな簡単なものなのかな。そして私は間違いなくお飾りの領主ってことだね。

 口調が普段のものになってしまっていることに気づいたが、もう構わない。


「まあいいや、管理できたとしよう。そもそも動機が王子様と結婚したいから、なんて不純なもので管理される領地領民がかわいそうじゃない?私がその領民だったら、バカにするなって怒るよ」


 今度こそ、マデリーンは黙った。

 ぱくぱくと口は動いているが、ことばが出てこないようだ。


「地位や権力には、責任があるんだよ。それを果たすから一般市民に敬われるし、尊ばれるんだよ。責任を粗末に扱って色恋に走るのは、やっぱり私は納得いかない」


 いつの間にか手を離していた鞄から、荷物がこぼれる。

 アルドさんがくれたペン、髪飾り、本…。今これを見るのがとても悲しいのはなぜだろう。


「マデリーンだって、王太子妃になるため頑張ってるんでしょ?王太子妃になったら、重い責任があるってわかっててなりたいんでしょ?」

 ただエディくんが好きだから、ではないはずだ。ただ親が希望しているから、でもないはずだ。


「私には、その気持ちがないの。アルドさんのことはそりゃ好きだよ。でもアルドさんのためだけに地位や権力が欲しいとは思わない。もしアルドさんと思いが通じたとしても、その手を取った先にある責任を私は負えない」


 何度となく考えた。もし私が私のまま、アルドさんと同じ道を歩けたら、と。


 でも道は見つけられなかった。

 私は弁当屋。アカデミーに通ったって、ただの一般庶民だ。

 アルドさんはどんなに近くにいても、カティーラの王子様なんだ。


「……あなた」


 茫然と私を見つめていたマデリーンがそっとハンカチを差し出してきた。

 有り難く借りて、濡れた頬を拭いた。


「…アルドヘルム殿下は、納得されないと思いますわ」

 マデリーンの怒りは落ち着いたようだが、私の答えを飲み込んだわけではなさそうだ。


「会議のあと少し話したけど、希望が叶えられるよう尽力するとしか言わなかったよ」

「……それはきっと、ことばのままですわ」


 マデリーンは俯いてしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。


「リリア・ブリット。わたくしは王太子妃になるための努力をこれまで以上に続けていきます。あなたが、あなたの道を貫けるよう祈っていますわ。どうか、あなたに星の導きがありますように」

 膝を折り、正式な礼と別れの挨拶をしたマデリーンには気品や貫禄が溢れていた。


 少し前なら、私に星の導きなんてないし、と卑屈な気分になっていただろう。

 でも、なぜか今はマデリーンの祈りがそのまま胸に染みてきた。


「…ありがとう。マデリーンがエディくんと並んで立つ姿を見られるよう、私も祈ってる」


 礼をとっていたので顔は見えなかったが、当然ですわ、と答えた声は震えていた。






「リリア、手紙が来ているよ」

 今日の分をすべて売り切って、閉店準備をしていたときだった。

 店先に顔を出したのは、郵便配達をしているバーデルさんだった。


「ありがとうございます」

 封蝋を見ると、ライラからのものだった。

「今日の分はもうないのかい?皆、リリアが帰って来るのを待ってたから大忙しだろう」

 カウンターの中をのぞきながら、バーデルさんが残念そうに言う。おなかがすいてたのかな?


「おかげさまで。忘れられていなくてほっとしました」


 私が弁当屋を再開してから、はや二ヶ月が経つ。

 弁当屋の営業許可は、思っていたよりもずっと早く出された。村に戻ってから十日もなかった頃のことだ。

 営業許可の条件はただ一つ。売り物に“心”はできうる限り込めないこと。

 この許可の早さと甘さは、やはり国王陛下からの口添えが大きかったのではないかと思う。


 私のもう一つの願いである“心”の教育と普及に関しては、制度を整えているところなので待ってほしい、とディルス公爵から手紙が来た。

 ディルス公爵もライラも、こうしてまめに手紙をくれるので、返事が追いつかなくなりそうなくらいだ。


 ペーパーナイフで手紙を開くと、すっかり見慣れたライラの几帳面な字が並んでいる。


 卒業後、つつがなく星持ちとして認められたライラは、アカデミーに残り医療師を目指すことになった。

 アカデミーを卒業して星持ちになる人の中でもさらに狭き門だが、ライラなら大丈夫だろう。


 充実したアカデミー生活を送っていること、こちらの生活に変わりはないかとたずねる手紙の結びには、来月の新年祭を王都で過ごさないかという誘いがあった。


 新年祭を迎えるということは、エディくんがついに成人するということで、おいかけっこの期限が来たということだ。

 新年祭の最後には王太子の戴冠式も行われるそうだ。


「王太子…」


 元々、二人とも王位はいらないと言っていた。エディくんはアルドさんの方が適性があると思ってのことだろうし、アルドさんは自分の黒い噂からエディくんが相応しいと思ってのことだろう。


 アルドさんが不義の子だという疑いは晴らされたので、もう躊躇う理由はないはずだ。

 アルドさんなら、きっとカティーラを背負って立てる。

 温かく優しく、厳しさも忘れないあの人なら。



 瞼を閉じると、今でも鮮やかに見えるのはダイヤモンドダスト。

 その向こうには、温かな灰色の眼差し。



「……」

 胸が痛い。

 アルドさんが何も言わずに村を出てしまって、もう会えなくなるかもと思ったときとは、全然違う。

 すっかり私の一部となってしまった、記憶と想いが、じくじくと傷の大きさを主張する。


 忘れてしまえば楽なのだろうけど、村に戻って二ヶ月が経とうというのに想いは色褪せない。



 近づきすぎたのが、いけなかったのか。

 なまじ、アカデミーなんかに行ったのが、いけなかったのか。

 罪作りなあの人が、勘違いさせるようなことをするから、いけなかったのか。


 間違いをどれだけ探しても、その度にアルドさんの瞳がちらつく。


「…本当に、罪作りな星持ち様だよね」

 ぽろり、とことばと一緒に、苦い笑みがこぼれていった。




「こうして村の皆で旧年を送れたことを、新年を迎えられることを、祝おう」

 夜の鐘に合わせて、村長の声が響く。

 広場に用意されたかがり火が赤く燃え上がり、喜びや期待に満ちた人たちの顔を照らしている。

 大声をあげて杯を交わす人たち、恋人や家族と寄り添って新年を迎えようという人たち。規模は王都のものと比べるべくもないが、何ヵ月もかけて準備した祭りは賑やかだ。


「リリア」

 呼ばれて振り返れば、ダリアがいた。

 新年祭ということもあって、いつもよりしっかり髪を結って、大きく首もとが露出されたワンピースを着ている。


「ダリア、似合うね」

 へらり、と笑うとなぜか彼女は複雑な顔をした。

「それはありがとう。…本当に良かったの?」

 ダリアが語尾を伸ばさないときは、危険だ。

 いつも余裕がある彼女は、わざとゆったりとした話し方をする。そうでないときは、感情のマグマが噴き出さないように必死で抑えているのだ。


「良かったって、何が?」

 もう、これ以上きかれたくない。

 明確な拒絶を含めて、私は首をかしげて笑う。


 ダリアには、私が村を離れていた間に経験したことのほとんどを話すことができなかった。

 アカデミーでのことは、秘匿すべきことはあまりないが、刺されただの王家のお家騒動に巻き込まれただの、話せるわけもない。


 そして、それを話せない以上、「なぜ王都で新年を迎えなかったのか」「なぜアルドさんを諦めるのか」というダリアの問いにも答えられない。


 好きじゃなくなったとは、嘘でも言いたくない。


 これは私の想い。

 誰も許してくれなくても、私の想い。

 私が捨てたら、誰が掬ってくれるというのか。


 だから、嘘をつかないためにも私は口をつぐむしかなかった。


 私が精一杯腕に抱えて、いつか昇華できるまで。


「ごめんね、ダリア」

 私のことばに、ダリアがくしゃりと顔をゆがめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ