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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第三章 王家と弁当屋
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星持ち様、褒章を下さる。

 参加者の視線が残らず向いたのを確認するように周囲を見回してから、ゆっくり国王陛下は頷く。


「本人にきくのが一番確実であろうと思ったのでな。長い眠りから覚めたアナスタシアに、何がきっかけだったのか、と尋ねたのだ」


 アナスタシアさんは、“新年祭の細氷の向こうに、わたくしのぼうやが見えたのです”と答えたそうだ。


「それは、リリア・ブリット殿が送った“心”で間違いないな?」


 国王陛下にきかれて、急に心拍数が上がったのを感じる。

 明らかに私にきいているのだから、発言の許可をとらなくてもいいんだよね?

 イヴをちらりと盗み見ると、大丈夫と微笑んでくれた。


「…はい。なるべく鮮明で安全なものをお送りするために、新年祭の聖祭事の記憶を選びました」


 嘘は言ってない。

 でも、あれは聖祭事の記憶だけじゃない。

 後夜祭の前に、アルドさんが私だけに見せてくれたダイヤモンドダストの記憶の方が確実に強かった。しかも“わたくしのぼうや”が見えたというのだから、聖祭事ではなかろう。


 ―――どうか誰も気づかないでほしい。

 私が細氷だけじゃなく、アルドさんに見とれていたことなんて。

 アナスタシアさんにはバレてしまっているだろうが、どうかそれを国王陛下には言っていないことを祈る。


「偶然ではあろうが、何のてらいもなく、ただ自分が感動した気持ちをそのまま送ったことが、長年凍てついていたアナスタシアを強く揺さぶったのだ。そこにアルドヘルムの姿があったことも大きな要因だろう。これはルーベントも含め、他の者ではできなかったことだ」


 国王陛下がゆっくりと私と目を合わせる。

 目尻が優しく皺を刻んだ。


「我々の過去をほどく糸口を与えてくれたことを感謝する。ブリット殿がいなければ、愛しい妻と弟を永遠に失うところだった」


 国王陛下が口を閉じると、しんとした空気が戻ってきた。

 一国の王様にお礼を言われることがどんなことなのか、王政のない国で生まれ育った私にも何となくわかる。確か、無闇にお礼を言ったり謝ったりしちゃいけないんだよね。


 何となく、先ほどよりも私に向けられる視線がましになったような気がする。

 素人がたまたまラッキーでやっただけで、物騒なことは何も考えていないということがわかってもらえたなら幸いだ。


「…では、経緯に関しての質問がこれ以上ないようでしたら、次の議題に移らせていただきます」


 ディルス公爵が目配せすると、後ろに立っていた従者らしき人が小さな箱を持ってきた。

 掌に載るくらいの、厚みのない箱だった。

 箱を国王陛下が受け取ると、ざわざわとどよめきが広がった。

 え、何?何が入ってるの?


「これは、王家の者が感謝や友愛を示すときに贈る褒章だ。イヴェンヌがぜひ贈りたいと主張したのだが、私とルーベントから今回贈らせてもらうことにした。ぜひ受け取ってほしい」


 イヴに促されて、国王陛下の前まで出ていく。

 やばい、足がもつれそうだ。

 こんなところで転倒とか、死ねるほど恥ずかしい。


「……慎んで、お受けいたします。ありがとうございます」


 そんな大層なものはいらない。本当にいらない。でもこの場面で突っ返すことほど不敬はないだろう。

 黙ってもらって帰って、箪笥の奥底にしまってしまおう。


 震える手で箱を受け取ると、国王陛下はにっこりとした。


「他に、何か望むものはあるか?」

 国王陛下のことばに、とうとう数人が立ち上がった。

「陛下!おことばが過ぎますぞ!」

「褒章だけでも分不相応です!」


 コン、と爪が机の板を弾く音がした。小さな音だったはずなのに、やけに響いた。

「お静かに。陛下が発言をしておられます。発言をされたい方は挙手を。…発言をされる方がいらっしゃらないのでしたら私から」

 冷ややかな眼差しで場を黙らせて、ディルス公爵がこちらを向いた。


「褒章には効力はありません。あくまでも名誉なだけ。これからのあなたの身を守る地位を望むのも良し、身を助ける財産を望むのも良し。ただ、叶えられないこともありますが」


 口調は冷たいままだが、瞳には心配の色が見えた。

 これが、ライラの言っていた『選択のとき』?

 欲しがってもいいのよ、とディルス公爵夫人は言ってくれた。


 本当に?

 私が欲しいものを言ってもいいの?


 迷うようにディルス公爵を見つめ返すと、微かに頷いてくれた。

 唇を湿してから、かすれたり震えたりしないよう意識しながら声を出す。


「……私は、王都から離れた小さな村で弁当屋をしていました」

 胸がどきどきと鼓動を刻んでいる。

 間違えちゃいけない。

 私が欲しいもの。

 私が手に取れるもの。


「裕福な生活ではありませんでしたが、村人のために料理をして感謝される日々は何よりも幸せなものでした」

 つらいことがなかった訳ではないが、誰かを憎んだり憎まれたりしなくてもいい生活だった。

 星持ち様たちと出会ってからの生活にも、楽しいことはいっぱいあった。今まで感じたことがない気持ちにも、たくさん出合えた。


 でも。


「私の願いは、ただ一つです」


 声が震えそうになるのは、目にたまったもののせいか。

 それとも自分がこれから言う畏れ多いことのせいか。


「弁当屋に戻りたい。ですが、私は“心”を使うことができます。このために、自分の力を隠しながら生きていかねばなりませんし、星見台の管理下に置かれることになると思います」


 “心”を使える以上、弁当屋も許可が出ないのではないかと思う。

 “心”は隠しておかなくてはならない力。


「私が国王陛下にお願いしたいのは、“心”を使える人が、他の魔力の使い手と同様に、堂々と生きられる国にして頂きたいということです」


 “心”が使えることを公にしているのは、私が知る限り医療師の人かルーベントさんくらいのものだ。

 だが、隠しているだけで、実際はかなりの数“心”の使い手はいるのではないだろうか。


「…なるほどな。だが、どうやってそれを行うというのだ?」


 黙ってきいていた国王陛下が、どこか面白がるようにきいてきた。


「まずはアカデミーで“心”を他の魔力同様に教えること、使い方さえ誤らなければ他の魔力と同じ安全なものだと教えることから始められると思います」


 隠すからいけないのだ。

 かつて国も自分も滅ぼしてしまった星持ちの話だって、隠したりせずに公にすればよかったのだ。

 道具には罪はない。道具を扱う人に罪があるのだ。道具を隠したって、悪いことをする人はするものだろう。


「あとは…星見台を使って、地道に広報活動をする…とか…」

 言いながら段々尻窄みになってしまう。

 啓蒙活動…布教活動…なんて言ったらいいだろう。

 アカデミーに行かないような、一般の人にも“心”のことを知ってほしい。そんなに怖いものじゃないし、悪いものでもないと知ってほしい。


「馬鹿なことを。事実、“心”は人を操れるだろう。軽々しく広めていい力ではない!」

 私の斜め後ろに座っていた男性が声を荒げた。


「…それがそもそも偏見です。“心”を知らないから操られるんです」

「どういうことだ!」


 いちいちでかい声を出さないでほしい。そんなに離れてないから、きこえてるよ。


「魔力には作用、反作用があります。相性のいい魔力も、そうでないものもある。“心”には相対する魔力はありませんが、自分に向けられた“心”をそらす方法はいくつかあるのです」


 私が師長に習ったことの一つだ。


「“心”について教えないから、自己流で習得した人以外は防ぎ方も知らない。だから悪意を持った“心”の使い手に操られてしまう……ただ、それだけのことだと私は思うんですが」


 しん、と静まり返った場には、記録を取るペンの音だけが響いている。


 弁当屋をつづけたい。そのためにも、“心”を偏見なく皆に知ってほしい。

 もし褒章をもらえるとしたら、そう言おうと決めていた。


 今なら、あの人に手が届くのかもしれない。


 でも。


 誰かのために分不相応な地位に上がるのは、私のしたいことじゃない。地位や権力に相当する責任を私は負える自信がない。


 ―――今が、私にとって最初で最後のチャンスなのかもしれない。


 でも。




 灰色の眼差しが、一体どんな感情を浮かべて私を見ているのか、怖くて見ることはできなかった。



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