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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第三章 王家と弁当屋
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星持ち様、口頭試問を行う。

 より効率よく、より多くの星持ちを養成するため、アカデミーの学科と実技は自分のペースで修了できる。早く修了したいと思えば、試験をしてほしいことを申し出て結果を出せば、科目ごとの修了証がもらえるのだ。

 もちろん、実技は特に、時間をかけさえすれば修了できるというものでもないので、アカデミーには最長で十二年しかいられないそうだ。最終ラインを決めておかないと、新しいアカデミー生を受け入れられないということらしい。

 小学生の子が高校を卒業するまで、と考えるとぞっとするほど長いが、普通の人は卒業までに十年くらいかかるそうだから、割と必死らしい。


 そして私も、必死だ。


 気づけばこんなところで学生まがいのことをしているが、私は弁当屋だ。

 料理をする感覚を失いたくなくて、食堂の隅を借りたり部屋で簡単なものを作ったりしているが、物足りない。


 朝早くて、自分の自由な時間は少なくて、忙しなかったけど。決して裕福なわけではなかったけど。


 やっぱり戻りたい。



「まずは修了しやすいものからやるといい」

 ライラが私の目の前に、テキストを積み上げた。

 ぱらぱらとめくると、几帳面な字で書き込みがしてあり、ところどころヨレたり汚れたりしている。使い込んだテキストだ。


 ライラはちなみに学科、実技ともにほぼ修了しており、半年後の卒業試験を待っているらしい。


 卒業試験だけは、試験官が複数必要なこともあって年二回と決まっているため、次の卒業試験を待っているアカデミー生はちらほらいる。


 本来なら、私の卒業はもっと先になるはずだった。だが、今回アナスタシアさんの治療を始めるにあたり、多くの科目が免除されたのだ。はっきりとはきかなかったが、師長がかなり口添えしてくれたらしい。

 随分とずるをしている気もするが、私がここにいる理由の一つが“心”をコントロールできるようになることなので、多少は目をつぶってくれるようだ。


 ちなみに私は学科だけの履修なので、必要な試験に合格した上、星持ち様方が実施する口頭試問とやらをパスすれば卒業となる。実技の方は実践演習試験とやらがあるそうだ。

 簡単な面接のようなものだと思えばいい、とアルドさんは事も無げに言っていたが、天下のアカデミーの卒業試験がそんな簡単なはずはなかろう。

 脳の構造が違う人は嫌だね…。



 再度気合いを入れ直した私は、受験のときもこんなにしなかったと思うほど、テキストにかじりつき暗記を繰り返した。

 アナスタシアさんのところへ通うのもやめることになったので、単純に勉強に充てられる時間は増えた。




 イヴからは定期的に連絡が入った。

 あの後、アナスタシアさんは無事目覚めたそうだ。ルーベントさんが治療を始めてわずか数日後のことだった。

 つくづく、三十年も眠っていたアナスタシアさんは気の毒だが、それを取り戻すように三人は出来る限り顔をあわせ、色々な話をしているそうだ。

 魔力で身体の状態は維持していたそうだが、ずっと自力で動いていなかったから、アナスタシアさんは歩行もままならない状態らしい。リハビリにも国王陛下やルーベントさんがなるべく付き添っているそうだから、この三方は着実にいい関係が築けているようだ。


 アナスタシアさんは公には亡くなったことになっているから、やっぱり生きてましたなんて今更公表することは難しいらしい。なぜ亡くなったことにしていたか、どうして今目覚めたのかまで詮索される恐れもあるのだろう。


 アナスタシアさん自身が、余生を静かに暮らしたいと望んだこともあり、王宮には戻らずにあの館で生活していくそうだ。



 アナスタシアさんとアルドさんの関係も、まだぎこちないものではあるが、少しずつ打ち解けてきているらしい。

 アナスタシアさんからしたら、産んだばかりの我が子が立派になりすぎていて我が子とは思えないのでは、と周囲は心配していたが、アナスタシアさんは抵抗なくアルドさんを受け入れた。


 ―――まあ、心中はそんな簡単なものではなかったろうけど。


 今更、お母さんに甘えるような年ではないけれど、大人同士としていい関係が築くことができるならいいな、と思う。


 自分が不義の子ではないかと疑い続けていた時間。

 お母さんと過ごせなかった時間。


 過ぎてしまった時間は取り戻せない。

 でも、今からできることはたくさんある。



 アルドさん自身は相変わらずあちこち飛び回り忙しいようだが、時折連絡をくれる。

 地方の特産品である珍しいお菓子や綺麗な小物などを、ライラと二人分贈ってくれることもあった。ライラは好みが意外と激しいのか、特に小物類は受け取らず、ほとんど私にくれた。


 伝統的な毛織物のミトン、細かな刺繍が入ったハンカチ、いい香りのするハーブの石鹸。

 高価すぎるものは受け取れないが、ぎりぎりのところを選んでくるところが憎い。贈り物に慣れているのだろうね。


 物自体ももちろん嬉しいのだけど、これを選ぶときに、もしかしたら私のことを考えていてくれたのかな、と思うことが何より嬉しかった。




 必死ではあるものの、穏やかな日々を過ごすうちに季節は巡り、すっかり日差しが高く厳しくなっていた。


 本格的な夏が来てから、どことなくアカデミー内は緊迫したムードが漂っている。

 今回卒業試験を受けるアカデミー生は全体の三分の一程度らしい。卒業試験を受ける予定のアカデミー生と、そうでない人は顔色を見たらわかる。蒼白だったり、クマができていたり、鬼気迫る顔だったりしたら、卒業試験を受ける人だ。



 私も相当ひどい顔をしながら、何とか卒業試験の数日前に、必要な科目をすべて修了することができた。

 数日前というあたり、ギリギリ具合がよくわかる。ライラがいなかったら本当に危なかった。


 気づけば外は晩秋。

 もう少しで、私がアカデミーに来てから丸一年になろうしていた。




「ありがとうございました」

 まだ緊張を残した、でもどこか安堵の色を浮かべたアカデミー生が目の前の部屋から出てきた。

 頬も瞳も喜色に染まっているから、うまく受け答えができたのだろう。


 あー。どうしよう。


「ライラ、どうしよう。もうだめかも」

 極度の緊張のため、さっきから口から何かが飛び出そうだ。

 オエッと。

 でも朝から飲み物しか口にしていないので、実際は何も出ない。

「大丈夫。口頭試問は受け直しができる」

 私に付き合ってテキストをめくっていたライラが、あっさりと言う。


 ええ、ええ。そうですね。口頭試問に落ちたあとは一年以内であれば、講義を受け直す必要がないそうだ。裏を返せば、口頭試問に二回受からなければ、振り出しに戻るということ。


 振り出しって!!

 自慢じゃないが、短期集中型のつめこみでやってきたから、正直今振り出しに戻ったらだいぶきつい。

 特に歴代星持ち様の偉業とか、魔学の応用理論とかはかなり微妙だ。


「次、リリア・ブリットさん、入室してください。所持品は一切持ちこまないでください」

 試験官から声がかかると、テキストから顔を上げたライラが私を見てにっこり笑う。


「一緒に卒業しよう。リリア」

「……やるだけ、やる。骨は拾って」


 ごくり、と唾を飲み下し部屋に入る。

 もちろん入室時には淑女の礼だ。採点対象になるわけではないらしいが、何事も印象って大事だよね。


「リリア・ブリットです。よろしくお願いいたします」

 顔を上げると、そこには五人の試験官が座っていた。

 講義でお世話になった星持ち様もいるが、見知らぬ人もいる。

 不正を防ぐために外部や星見台から試験官を招くこともあるそうだから、アカデミー外の人もいるのかもしれない。


「はい。座ってください。…ではまず、グランデンの理論について、あなたの思うところを簡潔に述べてください」



 ―――大丈夫。ここまで割と頑張った。


 ゆっくりと息を吸ってから、私は口を開いた。





お読みいただき、ありがとうございます。

あと少しお付き合い下さい。

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