星持ち様、人でなし。
痛い表現、残酷な表現があります。
岩の向こうからかすかにきこえる話し声。
アルドさんを見ると、軽く頷く。
「この向こうにいるようだ」
言いながら、目の前の岩に触れる。
なんでもないことのように岩へ魔力を這わせるアルドさんだが、さすがに疲労がたまってきているんだと思う。
岩を動かす速さが少しずつ落ちてきている気がする。横顔もなんとなく、疲れているような。
無表情だからよくわからないのだけれど。
ズズッ…と鈍い音を立てながら、ゆっくりと岩が動くことで、かすかだった話し声がはっきりと聴こえるようになった。
「ヴィクトール様…っ、このままでは…」
「うるさい!」
ようやくできた細い通路にアルドさんが立っているため、前がよく見えない。
何かを言い争っている?
「ヴィクトール」
「…!」
アルドさんが声をかけると、びくり、と赤毛の男性がこちらを振り向く。
身なりがよく、立っているだけで絵になるような若い男性だが、いかんせん浮かんだ表情が醜悪だ。
「アルド様…助けて下さい!」
ヴィクトールさんと言い争っていた男性が、悲痛な声を上げた。
見れば、男性の足元にはもう一人男性が横たわっている。この二人が従者さんかな?
アルドさんが二人の男性に近づくので、私もついていく。
「こいつを助けて下さい!」
アルドさんのローブにすがりつく男性。
額を流れる血の量は多いけど、わりと元気そうだ。頭は小さいケガでもたくさん出血するというから、見た目ほど大したことないのかもしれない。
こいつ、と言われた男性の状態は…と下を見て私は息を飲んだ。
横たわる男性の四肢は投げ出されあらぬ方向へ曲がり、うっすら白いものがのぞいていた。
腹部に穿たれた穴からは、拍動にあわせてか真っ黒な染みがどんどん滲み出してきている。
「…っ、ひどい…」
医療の知識などない私にだって、わかる。例え、ここに医療師がいたって。
―――助からない。
「ヴィクトール、彼の傷をふさげ」
薄闇を裂く声に身動ぎしたのは、私だったのかヴィクトールさんだったのか。
言いながらアルドさんは跪き、倒れた男性の腹部に魔力を送り込み始める。
「……」
ヴィクトールさんは答えない。
倒れた男性の治療にあたるアルドさんを睨んだままだ。
「傷は小さいが出血が多い。早く…」
「なぜ俺がやらねばならない?」
再度、指示を口にしかけたアルドさんを遮り、ヴィクトールさんが唸る。
「そいつらは星持ちになれない、役立たずの従者だ。自分の身も守れないような従者は死ねばいい」
ぎらぎらと嫌な光を浮かべる瞳。
「魔力はここを脱出できるまで温存しておきたい。使い道は選ばせてもらう」
医療師じゃないしな、とヴィクトールさんは吐き捨てた。
医療師じゃないため血を戻せないことを詫びてくれたアルドさん。
今も明らかな疲労の色を浮かべて必死に治療してくれている。
魔力を温存することを考えるなら、治療しないのが正解だ。
だが、そんな言い方があるだろうか。
今使うことができる力を持っていて、使わないと平然と言い切れるなんて。
「私、アルドさんと崩落に巻き込まれて良かった」
鞄からハンカチを出しながら、思った以上に尖った声が出てしまう。
「アルドさんは魔力の温存なんて言わずに、私の傷をふさいでくれました。ここにきたのも、従者の方を心配してのことです」
やや力をこめて頭から出血する男性にハンカチをあてる。
傷自体は小さいから、すぐ止まるだろう。
「私は、星持ち様ってアルドさんみたいに当たり前に人を助ける人だと思ってました。それは勝手な思い込みだったんでしょうけど」
ゆっくりとヴィクトールを睨みつける。
星持ちだとか、そういう問題じゃない。
「せめて、人として恥じない行動をすべきじゃないですか」