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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第三章 王家と弁当屋
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星持ち様、過去の清算をいたしましょう。

 ことばを尽くしても、人はすれ違う。使っていることばが同じでも、含まれるものが違うなんてことはよくある。

 生まれ育った環境が同じだったとしても、似たような価値観だったとしても、別の人間なのだから。


 それを埋めるのは時間だったり、温かい抱擁だったり、ことばじゃないのか。


 でも、この件に関して、国王陛下もルーベントさんも何もしていない。

 アナスタシアさんは寝ていたので仕方ないにしても、目をそらして三十年て、どんだけ気が長いんだ。相手が王族でなかったら、バカじゃないのと吐き捨てるレベルだ。


 二人とも、忘れたことは片時もないはずだ。

 それなのに、こんなところまで何もせず来てしまったなんて。いや、治療という意味では、手を尽くしてきたのだろう。

 でも兄弟が顔を合わせることもことばを交わすこともほとんどなかったらしい。

 それで誤解が解けるわけがない。


「アナスタシアさんに、気持ちをきいたことはありましたか?」

 私のことばにルーベントさんが訝しむような顔をした。


「きかなくても、わかるよ。彼女のそれまでの言動からも、“心”からも」

「“心”はある程度の使い手であれば、どこまでも偽れるでしょう。それに、ルーベントさんとより親密になる以前は国王陛下に想いを寄せていたかもしれませんが、親密になってからの感情が誰に向いていたかなんてわからないはずです」


 ルーベントさんは“心”に頼りすぎて、他の手段を使わなかった。

 アナスタシアさんもはっきりと伝えることはしなかった。


「熱のない愛情が、家族愛だと信じておられるようですが、そんなの人それぞれでしょう。アナスタシアさんがルーベントさんを真実愛していたとしたら、それを信じてもらえなかったのはとても辛いことだと思います」


 ルーベントさんの瞳の色が変わってきた。


 いやに光る瞳に射竦められ、どくどくと心臓が速いリズムを刻み始めるが、こんなところでやめるわけにはいかない。何のためにこんな面倒なことに盛大に頭を突っ込んだか、わからなくなる。


 万が一命が危険になれば、きっと師長が助けてくれるだろう。最悪、血まみれ話に新たなエピソードが加わることは避けられるはず。多分。

 頼んだ、師長。


「互いの気持ちをろくに確かめもせずに、目をそらし続けた結果が、今でしょう。兄弟が離れてしまったことも、アナスタシアさんが三十年近く眠っていることも不幸ですが、アルドさんが一番とばっちりじゃないですか」


 アルドさんの王位継承順をどうするか。それは彼が生まれたときからずっと懸案事項だった。


 アルドさんが間違いなく国王陛下の子なら、エディくんやルーベントさんと同じ。カティーラでは生まれた順番は関係ないためだ。

 だが、もしルーベントさんの子であったら、継承順は下がってしまう。白翼派と緋翼派は、そこを密かにアルドさんの立太子反対理由として挙げてきたそうだ。


 密かにと言ったって、同じ王宮にいるのだから、絶対に噂は入ってくる。

 実際、何でもないことのように私に話してくれたのはアルドさん自身だが、幼いアルドさんがそんな話をきいて胸を痛めていたかと思うと、いたたまれない。


 私の予想では、アナスタシアさんは多分ルーベントさんのことを本当に想っていたのだと思う。心にもないのに、愛をささやけるような人ではなかったようだから。


 国王陛下を想っていたのも本当。ルーベントさんを想っていたのも本当。


 すれ違い続けたアナスタシアさんは、自分へ“心”を向けたのではないか?

 目を開けていたくない、何も見たくない、感じたくない。

 幸せな“心”に混じって流れてきた強い拒絶。


 でも、目を覚ましてもらわないと、確証はない。



「遺恨を抱えたまま、次代に問題を先送りするのはあまりに無責任です。いい加減、三人とも目を覚ましてください」


 俯きそうになるのを必死で叱咤して、ぐっと顎を上げた。




 ◇◇◇◇◇


「……ただいま」


 萎える足を引きずって寮の部屋へ戻ると、ライラが迎えてくれた。

 夜も遅い時間なのに、待っていてくれたらしい。


「数日中に、国王陛下に会いに行くんだって」


 私みたいな部外者に好き放題言われたルーベントさんの纏う空気は、本当に怖かった。不敬とかそういう問題じゃない。でも、ルーベントさん自身が長年思ってきたこともあってか、師長の出番には頼らずに済んだ。


 ルーベントさんが軟禁状態だということもあるし、相手は多忙な一国の王だ。そのため、今日明日というわけにはいかないようだが、アナスタシアさんの国王陛下への幼い頃の想いや、当時のルーベントさん自身の思いを伝えるということだった。


 伝えても、まだすれ違うかもしれないけれど。このまま黙っているよりは絶対にましだろう。


 私にできることはやったし、あとは当事者同士で何とかしてほしい。


 ライラが温かい紅茶を淹れて手渡してくれる。


「アナスタシア様のところへはもう行かないの」

 ライラがそっと首を傾げると、さらりと金の髪が肩を流れた。


「多分。ルーベントさんと国王陛下の会談が終わったら、治療方針を決めるらしいよ。でも普通に考えたら、ヒントさえわかれば師長やルーベントさんの方が治療するには適役だよね」


 そもそも、私にアナスタシアさんの“心”が流れてきたのはなぜだろう?

 師長もアナスタシアさんの治療には行ったことがあると言っていたのに、アナスタシアさんが“心”を使えるということは知らなかった。他にも星持ちが何人か定期的に通っていたのに。


 ど素人の私が、何かイレギュラーなことをしてしまいショック療法になったとか?

 …あり得そうな話だ。


「…今回のことで、リリアに選択肢が与えられる。その時がきたら、選んで」

「選択肢?」


 眉をひそめると、ライラがカップを置いた。少し迷うように目を伏せてから、口を開く。


「今後どうなるかはまだ不明だけど、リリアのしたことに対して褒賞が期待できる」


 それはつまり、褒美をとらす、ってやつ?


「アカデミーにいることに関しても、星見台の説得に一役買ってもらえる」


 星見台と国は別の機能を持ち、それぞれが独立した権力だ。干渉することは難しいが、意見を伝えることは可能だということらしい。


「…私、弁当屋に戻れるかな」


 ぽつり、と落としたことばにライラが微かに頷いてくれる。


「リリアがそうしたいなら、私もできる限り力を貸す」


 弁当屋に戻るために国が意見をしてくれるとしても、何だかすっきりしない。危ない奴だけど国が言うなら仕方ないかと思われるよりは、星見台にも国にもきちんと認めてもらってから戻りたい。


 私自身、“心”の魔力にそこまで執着はないから、魔力を封じる腕輪をはめれば話は早いのでは?と思ったこともあった。

 だが、魔力を封じる腕輪をはめるとなると、どこからどう見ても犯罪者なのだ。村にいた頃は身近にいなかったから知らなかったが、腕輪をはめた人に世間の目はかなり厳しい。腕輪には魔力を封じるとともに、見せしめの意味もあるのだろう。何時代だったか忘れたが、罪人に刺青や焼き印を入れたのと同じ意味か。

 そんなものはさすがにつけたくない。


「…頑張って勉強する」

 正攻法でどれだけ時間がかかるかはわからないけど。

 ライラがちょっとにっこりしてくれたから、何となくできそうな気がした。





 ―――『その時がきたら、選んで』―――


 ライラが言ったそのことばを、あのときの私は本当の意味ではわかっていなかった。


 私が考えているようには、他の人は考えていないかもしれないこと。ひとつの物事にはたくさんの思惑が絡みついていること。


 そんな当たり前のことに、全く気づいていなかったのだ。

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