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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第三章 王家と弁当屋
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星持ち様、過去を語る。

後半部分は、〈回想〉灰色の星が生まれたとき〈過去編〉とリンクしています。


 ボトルを三本、空けた頃だろうか。

 イヴは当然、アルドさんもかなりのザルだった。結構なペースでゴブレットを干しているのに、ちっとも顔色は変わらない。

 この二人と飲んでたら、記憶を失うのも時間の問題だ。


「ねえ、リリア。このワインには何が合うかしら?」

 うっとりとゴブレットのワインを眺めながら、いつものようにイヴがきいてきた。


 アルドさんがいるので、私のペースはかなり抑え気味だが、それなりにアルコールが循環してきた。

 だらしない話し方にならないように、意識して舌を動かす。


「…甘味が強いですが、渋味もあるので…、リコーラ産の干しいちぢくがいいと思います」

「甘味が強いのに、甘いいちぢく?」

 イヴもアルドさんも不思議そうだ。

「私は生チーズに蜂蜜がいいと思うけど」

「それもいいですね。生チーズに岩塩でもいいと思います」

 私の答えに、イヴがおもむろに立ち上がる。

「ちょっと全部用意してもらうわ!」


 全く酔ったそぶりもない優雅な足取りでイヴが出ていくと、アルドさんがなんとも言えない笑みを浮かべてじっと見つめてきた。


「…イヴとはいつもああなのか」

 しばし迷ったが、もうここまでくれば繕っても仕方ないか。


「はい。ワインの銘柄当てとか、おつまみとの相性勝負とか、下らないことをしてます。私、銘柄当てはいつも負けちゃうんですけど、相性勝負は負けなしですよ」

「つまみとの相性は、どこで決まる?」


 あー…。これは何と説明したものか。

 元々、父も母も酒好きだったので自然と詳しくなっただけなのだ。もちろん根拠には栄養素などの概念があるが、この世界ではたんぱく質だの炭水化物だのといった考え方自体がないのだ。


 迷った末、味には相性というものがあるという無難な説明にした。甘い卵焼きを作るときにほんの少量入れる塩のように、相対する味を引き立てるものもある。相乗効果を生むものもある。

 食べ合わせという概念もこちらでは薄いが、一緒に飲んではいけない薬などはもちろんあるので、それも引き合いに出しながら説明した。


 途中で、イヴが戻ってきた。


「全部用意してもらったわよ!そしてついでに待ち人も連れてきたわ」

「ついでってお前…」


 イヴの後ろに苦笑しながら立っていたのは、背の高い金髪の男性だった。

 簡素な服に身を包んでいるが、見るからに生地は高級そう。がっしりした身体つきのナイスミドルだ。


 ――あれ?この人どこかで…。


 いかんいかん。きっと高貴な方なんだろうから、淑女の礼をとらなきゃいけない。

 慌てて立ち上がってゆっくり礼をして、顔を上げたところでアッと気付いた。


「アナスタシアさんの“心”に出てきた人!」


 私の発言に、部屋の中の空気が凍りついた。


 金髪の男性も、アルドさんも、イヴも、食い入るように私を見ている。


「え…えーと、申し訳ありません?」


 まずいことを言ったか。

 アナスタシアさんのことは誰にも言わないようにと言われていたから?

 それとも、人違いでびっくりさせた?


「……いや。謝ることではない。どうか、詳しく話をきかせてくれないか」


 こわばった表情を解いた金髪の男性が、座るよう促してきた。


 イヴを見ると、軽く頷いてくる。

「あ、これ、私とアルの父よ」



 ………。


 王女様と王子様のお父さんってことは。



 サーッと血の気と一緒にアルコールが引くのがわかった。


 どこかで見たって、新年祭で祭事をやってたのを見たんだよ!もっと早く気づけ私!!



 土下座でもしようか。いやでも土下座はカティーラの文化にはないから通じないか。

 悶々と悩んでいると、笑って男性は手を振る。


「ああ、硬くなる必要はない。私的に話したいと思ったから、謁見ではなくこういう形をとらせてもらったのだ。国王としてでなく、これらの父として同席させてほしい」

 言いながら、空になった私のゴブレットにどぼどぼとワインをついできた。


 ぎゃあああ!国王陛下の酌って!!!!


「あっ!ちょっと父上、ワインこぼれてるじゃない。不器用なんだから余計なことしないでよね」

「すまんすまん」

 ぷりぷりと怒るイヴに国王陛下が謝る。


 親子仲が良さそうで何よりです。ところで、そろそろ私、猛烈に帰りたくなってきたんですけど。このままでは胃に巨大な穴があいてしまいそうなんです。


「今回、父とリリアを会わせたかったのは、昔の話をそろそろ私たちもきかせてもらおうと思って」


 テーブルを拭き終わったイヴは、国王陛下のゴブレットにワインを入れる。


 当然、私の帰りたい欲求なんかに、誰も気づいてくれるわけはないですよね。

 そしてさすがにこの状況で、帰りたいと言えるほどの度胸は私にはない。



「アナスタシア様はね、“心”を使えることをごく身近な人にしか知らせていなかった。今回リリアに言われて、ご両親はもう亡くなっているから、アナスタシア様の侍女をしていた人にまで確かめに行ったわ」


 アルドさんも、国王陛下も、静かにゴブレットを傾けている。

 酔える気は全くしなかったが、私もヤケクソでワインを喉に通した。素面でこんなところに座っていられるか。


「アナスタシア様があんな風になってしまった当時のことは、誰もが口をつぐんでいるの。ごく内輪以外には、アナスタシア様は亡くなったことになっているし。…でもこのままではだめだと思う」


 イヴがアルドさんに視線を向けた。


「アルは、噂のことがあるから王位を継ぎたくないんでしょう?」


 ゴブレットを持ったアルドさんの手がかすかに震えた。

 瞳だけは揺らがずに、イヴを見つめている。


「父上も、口では否定していても、信じきれない部分があるんでしょう?」


 国王陛下の眼差しも凪いだままだ。肯定も否定もしない。


「アナスタシア様が目を覚ませば、すべてがわかるわ。…リリアがそのきっかけをくれる」



 永遠にも思えるような沈黙のあと。


 長く、深い息を国王陛下がついた。


 諦めとも、決心ともつかない、深い深い思いとともに。


「…目を背けたまま、こんなところまで来てしまったからな」


 自嘲するように呟いた国王陛下は、一息にゴブレットを干して、ゆっくりと話し始めた――。





 ◇◇◇◇◇◇◇


 きいた話は、今からちょうど30年前に起こった悲劇。


 引き裂かれた恋人たち。

 通じ合うことがなかった夫婦。

 生まれてきた子どもにつきまとう噂。


 ルーベントさんも、アナスタシアさんも、国王陛下も、アルドさんも、誰もが不幸だ。


 でも、きいていて、言い様のない違和感があった。


 アナスタシアさんの“心”を思い出せば、違和感の正体にはすぐに気づくことができた。


「…あの、王妃殿下が王弟殿下と恋仲だったということは、間違いないのですか?」

「ああ、ルーベントはずっとナスターシャに想いを寄せていた。二人が睦まじく過ごしているのも、多くの者が見ている」


 淀みなく答えた国王陛下に、この先を言うべきか迷う。


 間違っていない自信はある。

 師長の特訓は伊達じゃない。怒鳴られながらも散々身体で覚えさせられた“心”を、読み違えることは今はもうない。


 それにあんなわかりやすい“心”。


 でも、これから言うことの影響を思うと、躊躇ってしまう。

 それに何より、信じてもらえるだろうか。


 躊躇う私に気づいたのか、アルドさんがテーブルの下の私の手をそっと握った。


 いつの間にか冷えきっていた私の手へ、そっと熱が送られる。そこには“心”は含まれていないが、励ますような優しさが確かに伝わってきた。


 感謝の意をこめて軽く握り返してから、そっと手をほどく。


 一つ息をしてから、国王陛下の瞳を見つめた。


「…私が王妃殿下から読み取った“心”には、二人の男性に対する思いが含まれていました」


 一方は恋情。

 もう一方は親愛。


 相手を思う意味では似ているが、前者は焼けつくような強さで、後者は包み込むような優しさで作られていた。



「アナスタシア様が強く想い、焦がれていたのは、金髪に青い目の男性…。王弟殿下ではなく、国王陛下だと思います」




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