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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第三章 王家と弁当屋
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星持ち様、千尋の谷へ。

「行ってこい。講義をいくつか免除してもらえるよう俺からも学長へ伝えておく」


 後夜祭の翌日。

 イヴからの頼みごとの話を師長にしたところ、あっさりとそう言われた。


 …これは、あれか。

 かわいい子には旅をさせろってことか。

 師長なら、お前は俺が守る!とか言ってくれると思ったのに。

 今更突き放すなんて、ひどすぎる。


「師長は、私がどうなってもいいんですね!」

 お土産で渡したジンジャークッキーをかじりながら、とりあえず文句を言ってみる。

 私の淹れた課題のお茶を飲みながら、師長は眉間のしわを一層強くした。


「阿呆。どうもなりはしない。あいつも無茶苦茶な奴だが、王族としての自覚はしっかりある。お前を危険な目にあわせたりはしないだろう」


 あほ、じゃなく、あほうって言った。あほうって。


「そうじゃなくて。身分の高そうな女の人だったし。うっかり悪化させちゃったりしたら、命がヤバそうで」

「それはあるかもしれないな」

 やっぱり!

 師長のことばに青ざめると、ブハッと吹き出された。

「冗談だ。それもない。そもそも三十年近く彼女はあのままだ。俺も年に何回かは行っているが、効果はみられない。お前程度の“心”をどれだけ流したって、悪化する心配はない」


 それは、喜んでいいんだか、悲しんだらいいんだかよくわかりません。


「お、これ旨いな。シナモンクッキーよりこっちの方がいいな」

 雪の結晶を象ったジンジャークッキーをかじり、師長がつぶやいた。

「シナモンがこの店の名物だって言われて迷ったんですけど。師長ジンジャー好きでしょ」

「…その気遣いを“心”に反映させられたら完璧だな」

 にやり、と師長はニヒルな笑いを浮かべた。




 師長の許可を受け、イヴと契約したのは週に一度、週末の夜だけ。

 それ以上は学長の許可も出ず、私自身あまりにアカデミーを空けて落第するのも嫌なので良い妥協点だったのではないか。


 ライラには細かい事情は話していないが、イヴとの約束で週に一度出かけることになったと言うと、ものすごく嫌な顔をされた。


「イヴもエディも使えるものはとことん使うから。危なくなったらすぐ逃げて」

 なにそれ、こき使われるってことですか?

 ていうか、そんな妹と弟がいてアルドさんかわいそすぎる。




「こんばんはー。今日も寒いですねえ」

 人懐こい笑みを浮かべて私のコートを脱がせてくれたのはピーターさん。

 イヴの従者さんらしく、二十代前半の軽そうなお兄さんだ。

 ちなみに、このコートを脱がせてくれたり着せてくれたりするやつは、どうにも慣れない。子どもじゃないのでコートの脱ぎ着くらい、一人でできる。

 初日のときに抵抗してみたが、意外にピーターさんは頑固で折れなかった。このくらいでないとイヴの手綱はとれないってことか。


「お部屋でイヴ様がお待ちですので」

 頷いて、随分慣れたお屋敷の中を進んだ。

 シンプルだが美しい調度品、毛足の長い絨毯。気を付けて足を運ばないと、つんのめること請け合いだ。


「こんばんは。リリア・ブリットです」

 軽くノックをすると、すぐにイヴが扉を開けてくれた。


「いらっしゃい。ワイン飲む?」

 イヴの魅力的な提案に、思わず喉が鳴る。

 ワイン。赤かな、白かな。つまみはチーズ?木の実?燻製?


「……終わってから、いただきます」

 理性を総動員して、なんとか答えた。



 この屋敷に初めて招かれたとき(目くらましで連れてこられたのを除く)、私はそれなりに頑張って猫をかぶった。

 ミンティ先生の教え通り、淑女らしく振る舞おうとしたのだが、イヴに「付け焼き刃は見ていて痒い」と一蹴されてしまったのだ。

 それに、イヴ自身、公の場以外では庶民のような話し方や振る舞いだ。

 そんな彼女にあわせて、遠慮なく、猫は脱ぐことにした。


 イヴは美食家で大食、しかも大酒飲みだった。彼女のリクエストで食事を作ることもあったが、その細い身体のどこに入るのかというくらい食べた。あれか、全部胸にまわってるのか。


 美味しいものには美味しいお酒、と豪語するイヴは夢見るほど美味しい酒を出してくる。

 つい飲みすぎて、お泊まりしてしまったことが何度かあったほどだ。

 美味しい酒がいけない。私は悪くない。多分。



「アナスタシア様、こんばんは」

 窓際の椅子に座ったアナスタシアさんに近づき、そっと手をとった。

 白魚のようなほっそりした手は、確かに年齢を重ねているが美しい。爪もきれいに磨きこまれている。いつ見ても羨ましいな。



 …実はまだ誰にも言っていないことがある。

 アナスタシアさんにこうして触れると、彼女から何かが流れてくるのだ。


 はじめはぼんやりした靄のようなものだった。

 次第にそれははっきりしてきて、色々な心情を映し出した。


 庭で駆け回る二人の男の子を愛しいと思う気持ち。

 優しく触れてくる男性の手に泣きたくなる気持ち。

 年配の夫婦を労る気持ち。


 時系列もばらばらで、掴もうとすると消えてしまう。

 これは何なんだろう。

 彼女の記憶?

 でも、こうして流れてくるということは、これは“心”だ。


 アナスタシアさんも“心”を扱える星持ちだったのだろうか。


 考えても、答えは見つからない。

 首を振り、“心”を紡ぎ直す。



 アナスタシアさん、三十年近く眠って、そろそろ退屈じゃないですか?

 季節はこれから春を迎える、とてもいい頃ですよ。

 暖かくなったら、アカデミーの裏の森へ山菜を探しに行こうと思ってるんです。やっぱり一番は天ぷらですよね。


 アナスタシアさん、あっちでイヴが心配してますよ。グラスにワインが入ってるのに、ちっとも進んでない。今日は赤ワインらしいですよ。きれいな葡萄の色。


 私も、目を覚ましたあなたと、色々な話がしてみたいです。

 あの男の子たちは誰なのか、とか。好きな食べ物は何ですか、とか。

 あ、庶民の娘とはお話しにはなりませんか?

 だったら、ちょっとツンとした感じで断って下さったらそれでいいですよ。

 いつかデレて下さるのを待ちますから。そんなのも面白いですよね。





 とりとめのない“心”を流す一方、今日もアナスタシアさんからは優しい“心”が流れてきた。

 今までも何度か感じた、二人の男の子への温かい気持ちだ。


 誰なんだろう、この男の子たちは。



 しばらく続けると、めまいがしてきたので“心”を流すのを止めた。


 一度、師長に自分の限界を知っておけと言われ、とことんやり続けさせられたことがある。

 そのときは、体感で三十分程度でめまいがした。それでも“心”を流していると、一時間ほどで鼻血が出てのぼせたようになった。そこで師長がストップをかけたので、それ以上はわからない。

 “心”の鍛練を繰り返すたび、持続時間は少しずつ延びている気がするが、私の場合はめまいがサインのようだ。鼻血は危険信号。


 人によって色々なサインがあるらしく、皆自分の限界サインを知り、魔力をセーブするそうだ。



「ご苦労様。どうぞ座って」

 アナスタシアさんの手を離したのを見て、イヴがソファを勧めてきた。

 移動すると、グラスが置かれ、なみなみとワインが注がれた。

 空気に触れたワインから、芳醇な香りが漂ってくる。

 一仕事したあとの一杯はたまらないよね!

 しかもこのワイン、きっと私の月収くらいはするんだろうな。


 口の中で渋みと甘味を楽しんでから、イヴにきいてみた。


「そういえば、アナスタシア様って“心”を使えるんですか?」


「…きいたことがないけれど」

 一口サイズに切った果物を口に運びながら、イヴは怪訝な顔をした。


 アナスタシアさんの手を握ると流れてくるものがあること、二人の男の子がよく出てくることなどを話すと、ますますイヴは困惑の色を濃くした。


「私だけじゃ判断がつかないわ。昔の話に詳しい人にきいてみて、来週報告するわ」


 イヴはそれきりその話には触れず、グラスを傾けた。


 その後も何となく会話もあまり弾まないまま、まだ早い時間にアカデミーへ帰ることになった。




いつの間にか二人は飲み友達。

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