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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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星持ち様、契約を望む。

※本日、二話更新(一話目)

「そろそろ見えるようになったかしら?」


 美女の声に、びくびくしながら瞼を持ち上げると、シンプルだがよく磨きこまれた壁と天井が目に入った。

 私は手すりのついた座り心地の良い椅子に座らされているようだ。


 目が眩んだまま、しばらく歩かされたのはわかったが、元々土地勘がない上に室内なので、ここがどこだかさっぱりわからない。


「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はイヴェンヌよ。イヴでいいわ」

「……」

 にこやかに自己紹介されても、どちらのイヴさんだか、何の目的でここへ連れてきたのかわからない。


「いやねぇ、そんな顔で見ないでよ。リリア・ブリットさん。ちょっとお話ししたら、ちゃーんと送っていってあげるから」

 イヴの口から私の名が出ても、さほど驚きはなかった。タイミングよくアルドさんが離れた少しの時間を狙ってのこと。私がどこの誰かくらいよく知っていてやったんだろう。


「お話しする、って何についてですか」


 友好的じゃない相手に、礼儀正しくできるほど私は人間できてない。


 しかも!次の機会があるかもわからないアルドさんとのデートを邪魔されて!どうしてくれるんだ!!


 遠くの方では、ドンドンと断続的な音がきこえる。後夜祭の始まりを告げる花火が上がったのだろう。


「そうね。こちらについてきて」

 イヴは頷いて、別の部屋へ案内した。どうも、それなりの大きさの屋敷らしい。廊下にも手がかけられているのがよくわかる。


「入って」

 イヴに促されて入った部屋には、窓辺に一人の女性がいた。

 黒髪の青い瞳の女性。四十代くらいだろうか?

 ゆったりと椅子に腰掛け、ぼんやりと外を眺めている。


「あなたには、彼女を治してほしいの」

「治すって…。私、医者でも医療師でもないですけど」

 医者は魔力を使わず薬や食事療法で傷や病を治す。医療師は魔力で傷や病を治す。どっちも私には無関係だ。


「彼女は、身体にはどこにも異常がないの。精神が壊れてしまっているだけ」

 自分ことを言われているのに、黒髪の女性はぼんやりとした視線を外に投げるばかりだ。


 イヴが静かに女性に近づき、手を握る。


「アナスタシア様、イヴェンヌですわ。今日はお客様にきていただきましたのよ」


 イヴの声かけにも、女性は反応しない。握られた手も、だらりとされるがままだ。

 そっと女性の手を離し、イヴが私を目線で促す。


「あなたの“心”を、アナスタシア様に送ってほしいの」

「えっ?!何で私?医療師を呼べばいいでしょう」


 一般市民では呼ぶにも手間がかかる医療師だが、ここはきっと貴族のお屋敷だ。イヴだって、アナスタシアと呼ばれたこの女性だって、身なりがよく長く日に当たったり重いものを運んだりしているようには見えない。絶対に一般市民ではない。簡単に呼べるだろう。


「だめなのよ。この国で確認されている“心”を使える星持ちは全員試したわ。医療師長も、彼女に“心”を送ったけど、効果がなかったわ」


 バカじゃないの!と思わず叫びそうになる。

 師長は私の師匠だが、習ったのは“心”を垂れ流しにしないことや、狙った“心”を食べ物に込めることだ。直接人に対して意図的にやるのは危険だと言って、禁じられているのに。


 師匠ができなかったことを、私ができるわけがないでしょうが。


 無理だ、と言おうとするが、イヴに遮られた。


「もし、あなたが彼女の精神に何らかの影響を与えられたら、今後起こるすべての煩わしいことから、私が必ず守ってあげる」


 今後起こるすべての煩わしいこと?


 パイがこげたとか、師長に辞書でぶたれたとか、そんなことじゃないんだろうな。

 もう、いまこの状況が煩わしいというのに、今後もあるんですか。


「…嫌だと言ったら」

 恐る恐るきくと、イヴは微笑んだ。


「あまり、取りたくはない手段だけど。あなたが異世界から来た得体の知れない魔女だとでも星見台に申告するわ」

「なっ!」

 ザッと顔から血の気が引くのがわかる。

 どうしてそれを知っている?

 ごく限られた人にしか話していないのに。


「あなたには、選ぶまでもないことだと思うわ。やるだけやって、効果がなかったら私も諦める。でもやらずに逃げることは、その身の破滅だと思って」

 イヴは言いながら、どこかが痛むような顔をした。


 アナスタシアという女性は、イヴにとって大切な人なのだろう。手段は誉められたものではないが、イヴも、望んでしているわけではないのだろう。

 そこまでしても、可能性はすべて試したいということなら。


「わかりました。…でも、どうなっても責任は取れませんよ」


 窓辺の女性に近づくと、淡い優しい香りがした。黒髪は艶を失い、青い瞳もぼんやりと濁りガラス玉のようだが、かつてはとても美しかったのだろう。


 労働を知らない白くほっそりとした手を握る。


「はじめまして。私はリリア・ブリットと申します」


 ひんやりとしたアナスタシアさんの手に、温もりがうつるように、少し力をこめて握る。


 私が送れる“心”なんて、たかがしれてる。


 確実に、安全に送れるものとなると、誰かに向ける好意や何かに感動した気持ちくらいだ。

 アナスタシアさんに好意を抱けるほど彼女を知らないので、今回は後者だろう。それもなるべく最近のものの方が確実だ。


 目を閉じて思い返す。


 空が綺麗に晴れていたこと、食事がおいしかったこと、屋台での買い物が楽しかったこと。


 それに。


 聖祭事で舞うダイヤモンドダスト。

 そして、池でアルドさんが見せてくれたもの。


 今まで生きてきて、あんなに綺麗なものは見たことがなかった。

 あっという間に消えてしまう、儚いけれど強い光。



 ふと、手の中で何かが動く感触がして、ハッと私は目を開けた。

 今、手が動いた?


「っ!アナスタシア様!」

 少し離れたところに立っていたイヴが駆け寄ってくる。


 だが、アナスタシアさんがそれ以上動くことはなかった。

 しばらく呼びかけていたイヴは、そっと息をついて振り返った。


「…あなたと、契約を結びたいの」

「契約?」

 アナスタシアさんの手を離した私は、首を傾げた。


「アナスタシア様が反応を示したことは、初めてだから。あなたの可能性にもう少し賭けたいの。アカデミーにいる間でも、私と契約すれば必要な分、外出が許されるわ」

 だから、しばらくここへ通ってほしい、とイヴは頭を下げた。


 てっきり私が異世界出身だとバラす、とまた言われるかと思ったので面食らってしまう。


 私がもし断っても、イヴは星見台には申告しないかもしれない。意外と悪い人ではなさそうだから。

 でも、もしかしたら自分にも何かできたかもしれないのに、なかったことにして立ち去って後悔しないか?


 星がない私に“心”が使えた不思議。それを見つけてもらった縁。


 でも、明らかにこれは面倒ごとだ。しかも予感が確かなら、かなり大きなサイズの。



 ……だめだ、決められない。



「……師長の許可が得られれば、お受けします」


 私では判断がつかないので、丸投げだ。そもそも師長がちゃんと治療してれば弟子の私がこんな目には遭わなかったはずだ。


 アナスタシアさんの治療に来たことがあると言っていたし、師長が危ないと判断すれば断るだろう。



「…ありがとう」


 ほんのり目元を染めたイヴが嬉しそうに微笑んだ。大輪の薔薇がほころぶような、美しい笑顔だった。



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