星持ち様、罪を量産中。
「初めてあの村でとった食事は、リリアの弁当だった」
唐突に言われて、昨日のことのように思い出した。
エイダおばさんの宿に届けた四つの弁当。
つ、と視線を上げるとアルドさんは苦笑しながらことばをつづけた。
「立場上、幼い頃から“心”がこもった食事は望む望まないに関わらず、たくさん食べてきた」
自分を取り立ててほしい、富を与えてほしい、妃にしてほしい、王につなぎをとってほしい…。
“心”は色々な形で送られた。贈り物の形をしていることもあれば、握手を求められて直接送り込まれることもあった。
「エディは早々に、見知った人間の作るものしか口にしなくなった。…俺は、そこまで思い切ることが難しかった」
どんなに汚い“心”に触れても、食べ物に罪がある訳ではない。そして、“心”が含まれているかどうかは触れてみないとわからない。
はじめからすべて拒絶することを選んだエディくんと、しなかったアルドさん。
本来食事は楽しんだり喜んだりしながらとるものだと私は思っている。そんな悲しい選択をしてきた人がいるなんて想像もできなかった。
「だから、リリアの弁当を食べたとき、本当に驚いた。純粋に鉱山に入る者への気遣いしか感じられなかったから」
アルドさんのことばに、頷く。
エイダおばさんの宿に泊まる人は、大抵が鉱山に入る人。
大きな事故は多くないとはいえ、怪我をする人はしょっちゅうだ。
怪我しないといいなあ、おいしく弁当を食べてくれたらいいなあ、とあの当時はそれしか考えてなかった。
「俺が直接買いに行くようになってからも、“心”は変わらなかった。いつも気遣いに溢れて、優しい味がした。それは誰にでもできることではない。誇りに思っていい」
優しい灰色の瞳が、陽光を映し、さらに私を映している。
「……や、あの。もう、いいです」
なんなんだ、これは。
どんな羞恥プレイ。火を吹きそうなほど顔が熱いし、変な汗をかいてきた。
そして、いい加減この手を離してもらえないだろうか。
さっきから“心”がもれていかないように必死なのに。
「…こうして、触れていても“心”が流れてこないのを喜ぶべきなのだろうが」
何が楽しいのか、ふふっとアルドさんが笑う。
色気にやられてくらくらしそうです。
「?垂れ流しにするなって、師長にしつこく言われたんで、頑張ったんです」
「…ああ、そうだな。与えられた環境で精一杯前を向くところも、リリアの誇れるところだ」
笑みを強くして、誉め殺しは続く。
あーー。ごめんなさい、もううじうじしません。もう許してください。
私が落ち込んでいたのを慰めてくれたのだろうけど、こんなに誉められると、本格的に勘違いしてしまいそうだ。
私を見てくれている、私を欲しいと思ってくれる、なんて思って間違ったときの恥ずかしさったらない。あーないない。
本当に、罪作りな星持ち様ですね。
後夜祭が始まるまで行きたいところはあるか、ときかれ、少し悩んでからアカデミーの発表会を観に行きたいと答えた。
アカデミーの発表会とは、文字通りアカデミー在学生が日頃の勉強の成果を披露する場らしい。
学科しか受けていない私には関係ないが、トップクラスの成績の卵たちが腕をふるうそうだ。
ちなみにライラは去年出たからもういいと言っていた。
会場までは歩いてすぐだったので、並んで行った。何度かこうして歩いたが、アルドさんはごく自然に歩調を合わせてくれるのでとても歩きやすい。相手の様子を伺いすぎなジオや俺様なエディくんは見習うと良い。まあ、二人ともまだお子ちゃまだから仕方ないか。
発表会といわれて、私がイメージしたのは学芸会だ。照明を落とした客席、緞帳があがると明るい舞台が現れ、非日常が始まる。そんなイメージ。
ことごとく、そんな想像が裏切られた。
シフォンケーキの型のような形の会場にまず驚く。
客席は雛壇のように配置されているのに、舞台が一際高くなっている。ちょうどシフォン型の穴の部分が舞台だ。
「変わった形の会場ですね」
アルドさんにきくと、発表する内容によっては客席に被害が出る恐れがあるから、と怖いことを言われた。
え、うっかり力加減を間違えて暴発、とか?
余程渋い顔をしていたのか、アルドさんがプッと吹き出した。
「そうならないように、会場の要所には警備の星持ちが配置されている。滅多なことはない」
そうですか、それはよかった。すいませんね、世間知らずで。
客席はすでに満席に近かったので、きょろきょろと二人分の席を探した。二つ続きの空席ってなかなか見つからない。
「まあ、アルド様!」
女性の声に振り返ると、相手もびっくりしたようだ。私もびっくりした。
「マデリーン…」
あんた、なんでこんなところにと言おうとしたところ、鋭い眼差しがマデリーンから飛んでくる。
「ご無沙汰いたしておりますわ、アルドヘルム様。…少しよろしいかしら?」
アルドさんに淑女の礼をとってから、マデリーンが私の袖を引いた。
不審に思いながら身を寄せると、耳元で囁かれた。
「いい傾向ですわ、リリア・ブリット!その調子で押しなさい」
は?
マデリーンの言った意味がわからず、ぽかんとしてしまう。
私の袖を離して満足げに微笑んだマデリーンは、特に説明もしてくれず、再度礼をした。
「では、わたくしはこれで失礼いたします」
…つくづく意味のわからん奴だな。
マデリーンを見送り、ようやく見つけた席に並んで座る。
「ハノーヴァー公爵令嬢と親しいのか?」
「ハノーヴァー?」
首を傾げると、マデリーン・ハノーヴァーだと教えてくれた。
「ハノーヴァー公爵令嬢は白翼派の王太子妃候補だ。あのように声をかけてくることは珍しい」
えーと、つまりマデリーンはエディくんを王にしてその妻になりたいってこと?
でもそれに私とアルドさんが何の関係が??
「よくわかりませんけど、アカデミーでもよく絡まれます」
「ハノーヴァー公爵令嬢は王位を継ぎたくないエディの気持ちも知っている。だが、ハノーヴァー公爵としては娘を王太子妃にしたい。そのため行動しかねているのだろう」
エディくんの望みを叶えるなら、アルドさんが王位につくことになる。そうするとマデリーンはアルドさんの婚約者候補になる。エディくんの望みを叶えるか、彼の妻になりたい自分の気持ちを叶えるか。
「…ライラなら、両方手に入れそうですね」
簡単ではないだろうが、王位を継がないエディくんの妻になる方法もあるんじゃないだろうか。
それにマデリーンが気づいているのか、そこまで頑張れるのかはわからないが。
「やりがいがある、と言いそうだな」
ライラの顔が思い浮かび、つい笑ってしまった。
アカデミーの発表会は、雑多に物が詰まったおもちゃ箱のようだった。
見上げるほどの岩でできたゴーレムを歩かせる人、風を操って会場に花を降らせる人、火を操って龍のように会場の周りを踊らせる人。
手際の良さや鮮やかさには欠けるが、どれも素晴らしかった。
どうやって魔力が使われているのかわからないものは、アルドさんが説明してくれたので素直に楽しめた。
歓声でうるさいせいで耳元で説明されるのが、とっても心臓に悪かったが。
発表会が終わり、後夜祭の時間まであと少しというとき。
「少し待っていてもらえるか」
人通りの多い、メインストリート。屋台が多く立ち並び、とても賑わっている。
「あ、はい。じゃああそこの屋台を見てます」
かわいらしい小物を売っている屋台を指す。頷いたアルドさんは、すぐ戻ると離れていった。
何か買い忘れた物でもあったかな?アルドさんが欲しがるものって一体なんなんだろう。
屋台の小物は小さな髪飾りやハンカチ、ブローチなどもあった。新年祭のシンボルでもある雪の結晶を象ったものも多い。
あれこれ目移りしてしまうが、髪飾りは小さな物でも結構値が張るし…と迷っていたところ、声をかけられた。
「ちょっといい?…あなたよ、あなた」
自分が話しかけられたとは思わず、答えなかったら肩を叩かれる。
振り返ると、目が覚めるような美人が立っていた。
キャラメル色の柔らかそうな髪に、勝ち気な印象を与える青い目に肉厚な唇。スタイルも抜群だ。
ハリウッド女優のような姿に見とれていると、美女が微笑んだ。
「場所を移して、ゆっくり話したいの。ついてきて」
「え、いや。連れを待っているので。すぐ来ると言ってましたし…」
きびすを返しながら言う美女に慌てて手を振る。
「だからよ。戻ってこられたらお話しできないじゃない」
美女は事も無げに言い放った。
「え?どういう…」
「もう、まだるっこしいわね!」
いらだたしげに美女が私の腕を引いた。
まさかそんなことされると思っていなかったので、もろにバランスを崩した。
転ぶ!と思った瞬間、無数のフラッシュがたかれたように目の前が光り、思わずきつく目を瞑る。
何が起こったのか、どうなっているのか確めたいが、眩しくて目が開けられない。頼りになるのはつかまれた腕の感触と地を踏む足の感覚だけだ。
一体何を、ときくが、それには美女は答えない。
「少し大人しくしててね。乱暴したくはないの」
かわりに、物騒なことばが、まぶたの裏に響いた。