星持ち様、細氷の向こうに。
祭事に関わる人が広場に出揃ったようだ。
国王陛下の両隣にはアルドさんとエディくん。その後ろには宰相閣下と司祭様がいる。聖祭事の主役は王族だけど、司祭様抜きではできないらしい。
「こうして、聖祭事を執り行うことができたことを、大変喜ばしく思う」
客席へゆっくりと視線を向けながら、厳かに国王陛下が口を開いた。
「国を支えるのは、選ばれた一部の者だけではない。この日が迎えられたのは身分に関係なくすべての民がこの国を支えてきたからだと私は思う」
具体的に自分が国のために何かできているという実感は全くないが、一国民として国王陛下にそう言ってもらえるとどこかこそばゆく、嬉しい。
「カティーラのため、カティーラで暮らすすべての民のため、この一年が幸多いものとなるよう祈りを捧げる」
言い終わるとともに国王陛下が掌を開くと、はじめはゆっくりと、そのうちものすごい勢いで水が溢れだした。
あまりの勢いに一瞬手品かと思ったが、水の魔力で出したのだろう。
いつのまにか足元に置かれていた水瓶に、どんどん水が満たされていく。
いっぱいになったところで、掌を再び握ると水は止まった。
しずしずと進み出た司祭様が杖を掲げて祈りを捧げ始めた。
口をあまり開かずモゴモゴしているので、何を言っているか私にはききとれない。
小さな声でライラにきくと、国王陛下が生み出した聖なる水にさらに魔力を込めているそうだ。
司祭様のお祈りが終わると、入れ替わりにアルドさんとエディくんが進み出てきた。
「すべての国民に祝福を。この一年が幸多いものとなるよう」
国王陛下の声に合わせ、水瓶に手を浸した二人は、サッと払う動作をした。
水瓶から飛び出した水が帯状に広がり、カーテンのように広場を覆う。
二人とも星が眩く輝いているので、もちろん魔力だ。水を帯にするってどうやるのか見当もつかないけれど。
水瓶が空になったところで、再度二人が腕を振る。
すると、硬い音を立てて、水のカーテンが細かい粒になりサァッと客席へと降り注いだ。
霧雨のような…と目を凝らして、ハッと気づく。
陽光に輝きながら落ちてくるのはごく小さな氷の粒。
これって、ダイヤモンドダスト?
テレビでしか見たことがないが、確か水蒸気が昇華して細かい氷の粒になって光り輝く現象だったと思う。
客席は歓声で溢れ、皆思い思いに細氷を浴びている。
私もそっと手を出してみると、一つ小さな結晶が落ちてきた。
正六角形の、とても馴染みのある雪の結晶。
熟練した職人さんが削った氷細工もこんなに精巧にはできない自然の美しさ。ずっと眺めていたいくらい綺麗なのに、瞬く間に体温で溶けてしまった。
「ね、ライラ。これ溶けないように持って帰れないかな」
目を閉じて細氷を浴びていたライラが、ぱっちり目を開けてこちらを見る。
「気に入ったなら、私が今度寮でやる」
「え、やってやって。これすごい好き」
あまり女の子らしくない私だが、光ものは好きだ。それも実は宝石のような人工物よりも、湖畔の輝きとか、照り焼きの照りとか、お天気雨とかが好きだったりする。宝石はいつでも見られる輝きだけど、そのときしか見られない自然な輝きほどうっとりするものはないと思う。
再度、細氷をじっと眺める。
客席の上に舞い散る細氷はそのまま風にあおられて、コロッセオの外にも届くらしい。
国王陛下のことば通り、すべての国民へ届くようにと願いを込めて。
すごいなあ。アルドさんもエディくんもすごいなあ。難なくこういうことをやってしまうし、全然疲れた様子もない。
細氷の向こう側に立つ別世界の人を眺めながら、皆にとって良い一年になりますように、と祈った。
その日はさすがに疲れもあったので、夕方にはディルス公爵家へ戻ることにした。
夕食までは屋敷内で好きに過ごしていい、と言われているのでこっそり行動。
夕食時にびっくりしてもらおう。
私のサプライズプランを使用人の方々に話したら、快く協力してくれることになった。やるなら徹底的に!と演出まで一緒に考えてくれる料理長。良い主人の元には良い人たちが働いてるんだね。
夕食時にまずは宰相閣下にお礼を言った。
「今日は聖祭事にお招きいただいてありがとうございました。すごく綺麗で感動しました」
宰相閣下も満足そうに、にっこりしてくれた。
「喜んでもらえてうれしいよ。アルドヘルム殿下もすぐわかったみたいだね」
ええ、悪目立ちしてましたもんね。
私ももさもさしたドレスを着ていたら、きっと埋もれてしまっていただろうから、そういう意味ではあの服装は正解だったのかも。
今日の祭りで見たこと、最近のアカデミーでの話などをしているうちに食事は進み、最後のデザートとお茶が運ばれてきた。
料理長が私にウインクを飛ばしてきた。軽く頷いて、公爵夫妻に向き直る。
「あの、今回はお招きいただいて、本当にありがとうございます。ささやかですが、厨房をお借りしてデザートを作ったので召し上がっていただけますか?」
皿の上にはオレンジのソースがたっぷりかかったクレープ生地。薄くスライスしたレモンやオレンジも添えてある。
材料は公爵家のものをいただいたので厳密にはお礼になっていないかもしれないけど。
私が返せるものってこれくらいしか思い当たらない。
「ねえ、ライラ。これに火をつけてくれる?」
「…お菓子を燃やすの」
私のお願いに、ライラはびっくりしたようだ。
「お菓子じゃなくて、上にお酒がかかってるから。アルコール分を飛ばしたいの」
ちょっと笑って答えると、頷いたライラが皿に手をかざした。
打ち合わせ通り、使用人の方が照明を少し落としてくれる。
ボッと音がして、皿の上に火が放たれた。
「まあ!綺麗!」
手を叩いて喜ぶ公爵夫人。
私の知る限り、カティーラではフランベは知られていない。かつてシャロンのお屋敷にお世話になっているときやって見せ、珍しく美しいととても喜ばれたのだ。
見た目は派手で味もいいけど、実は簡単。私の得意デザートの一つだ。
火が消えてから、ナイフで小さく切り分けたクレープを口に運び、公爵夫妻がにっこりした。
「…優しい、とても温かい味がするわ」
「おいしい。甘いものは苦手だけど、これなら毎日でも食べられそうだ」
大切なライラ、そしてその大切なご家族にたくさんの感謝と愛情を送りたい、と願いながら作ったクレープ・シュゼット。
「おいしい。リリア、“心”の込め方が上手になった」
ほんのり頬を染めたライラが誉めてくれた。
ひどい時代を知られているからこそ、ライラの誉めことばは、誰のものより嬉しかった。
翌日、朝食をとりに食堂へ行くと使用人の方に声をかけられた。
「ライラお嬢様からリリア様へお手紙でございます」
手紙?同じ家にいるのになんで?
不信に思いながら、渡されたペーパーナイフで封を切って便箋を取り出した。
『リリアへ。
今日、私は好きな人と後夜祭を見て回ることにしました。
リリアもアルと楽しんでください。
アルは奥手なので、押すことも大切。
朝食後、母が支度を手伝ってくれるので、されるがままでお願いします。
ライラ』