星持ち様、祭事を執り行う。
前夜祭は、真夜中に終わりを迎えた。
翌日は朝の鐘とともに様々な催しものがあるらしい。
屋台の中にはこのまま三日間ぶっ通しで商売をするところもあるそうだ。新年祭の経済効果の凄まじさに田舎の弁当屋はクラクラします。
お迎えが来て、到着したディルス公爵家は瀟洒なお屋敷だった。
ブラウンを基調とした扉や窓。屋根は赤茶。二階建てで部屋数としては、エディくんのお屋敷と同じくらいだろうか。庭も手入れが行き届き、かわいらしい冬の花を咲かせている。
真夜中というのに、玄関にはずらっとお出迎えの方々が並んでいた。どの顔にも笑みが浮かび、歓迎してくれるのがよくわかった。
そういえば、ライラが帰ってくるのも久しぶりだもんね。
「ライラた~ん!お帰り!ようこそ!リリアちゃん!!」
叫び声に目を向けると、銀髪の中年男性が大きく両手を広げて駆け寄ってきた。
ぎょっと身を引く私の前に、ライラが進み出た。
「お父様、それ以上進まれるなら、即アカデミーに帰ります」
ぴしゃっと音がしそうなほど厳しいライラの声に、男性が動きを止めた。
「ラ…ライラたん…」
「気持ちの悪い呼び方をしないで下さいませ。友人を招いているのに、ディルス家の恥をこれ以上晒すおつもりですか」
涙目の男性に、一切容赦しないライラ。
普段朴吶とした口調のライラが丁寧にしゃべると、なんだかすごい威圧感を感じる。
冬の女王の貫禄のライラと、今にも泣き崩れそうな美中年…。
「あ、あの。ディルス公爵家ご当主様でいらっしゃいますか。私はリリア・ブリットと申します」
簡素なワンピースの裾をつまんで、淑女の礼をする。
空気を読んでないことは百も承知だ。
むしろ空気をぶった切りたいんだ。
「あぁ~!リリアたん!なんてかわいいんだ!」
頬を染めて銀髪の男性が身をよじったところで、ライラのグーパンが炸裂した。
え、公爵令嬢のグーパン。しかもこの人は確かカティーラの宰相。
「気持ちの悪い呼び方をしないで下さいませ」
地に沈んだカティーラの宰相には、その声は届いていなかったと思う。
「リリアさんのことはライラからいつもきいているわ。ライラと仲良くしてくれてありがとう」
ライラと同じ金髪の、優しそうなお母様がにこにことお茶を淹れてくれた。
もう夜も遅いため、ハーブティーだ。
「いえ、私の方こそお嬢様にはいつも面倒を見ていただいて…」
「あらやだ、そんなかしこまった話し方しないでいいのよ。ライラの親友なんだから、あなたは私たちにとって娘同然なんですから」
ね?と首をかしげるお母様はめちゃかわいい。
ライラのお母様だから、若い頃に産んでいたとしても三十代半ばのはずだが、二十代でも通るかわいさだ。
大体私からすると老けて見えるカティーラの人たちだが、貴族の人たちや王族の方々は年齢相応か若く見えるようだ。一般庶民より良いもの食べてたり、美容に気を付けているからじゃないかと思う。
かわいらしいお母様と楽しくお茶をしてから、客間へ下がらせてもらうことになった。
ちなみにお父様は度重なる変態的な発言があり、途中退場させられていた。ライラが食べちゃいたいくらいかわいいのは同意するが、構いすぎると思春期の娘は逃げてしまうよ。
久々に会ったのにかわいそうな気が…とライラに言うと、明日も明後日もあんな感じだと思うから気にするなと言われた。
…この国は大丈夫なんだろうか?
翌朝、ライラのご両親と朝食をとり、中心街へ出発した。
ライラのお父様も仕事へ行くということで、馬車に乗せてもらうことになった。
「新年祭の間もお仕事が普段通りにあるんですね」
始めこそ一生懸命繕っていた私のお嬢様語は、気さくな公爵夫妻のおかげでもはや崩壊している。
「新年祭の間は、王族の方の予定管理が主だった仕事になるね。あとは式典に一緒に出ないといけなかったり…。本当はライラと本祭が見たかったけど」
口をとがらせる宰相閣下には、ちらりとも目を向けないライラ。公爵夫人に確認したところ、いつものやりとりらしい。二人ともお互いの本心はわかった上でじゃれあってるのよ、と教えてくれた。
「あ!そうだ。昼から行われる聖祭事を見においでよ。王女殿下は参加されないけど、国王陛下と王子殿下二人が祭司をつとめるんだよ」
聖祭事、とは読んで字のごとく、聖なる祭事。中心街の北にあるコロッセオのようなところで王族によって行われる祭事のことだ。
確か、参加できるのは貴族とその年の特別功労者だけに限られていたはずだったが…。
きいてみると、宰相閣下が大丈夫、と胸を張る。
「要職に就いている者の家族は特別席に入れるんだ。リリアちゃんは私の姪ってことで問題ないよ」
「…宰相自らそんなことで国民に示しがつかないとは思いませんの」
宰相閣下の反則技に、じろりと睨むライラ。
「あ、でも。もしご迷惑にならないなら、聖祭事なんて一生見る機会ないだろうし、見てみたいです」
公務をこなすアルドさん。きっと悶えるほどかっこいいだろう。遠目でいいから見たい。
期待を込めてライラを見ると、軽くため息をついて頷いてくれた。やった!
午前中は色々な店をまわってアクセサリーを買ったり、おみやげを買ったりした。いつも医療師長にはお世話になっているので、彼がよく食べているスパイスの入ったお菓子を購入。アイシングが新年祭バージョンとのことで、雪の結晶が描かれている。
聖祭事は昼の鐘とともに始まるとのことで、ライラとコロッセオに向かった。
宰相閣下からもらった許可証を入り口で見せて、中へ入る。
中央には楕円の広場があり、それを囲むようすり鉢状に客席が配置されている。
広場に近い方が爵位が高い人しか座れないとか。これは、選民思想も根強いけれど、不特定多数の人間に王族の顔を知られないようにという配慮もあるそうだ。
確かに、王子が二人も星持ち様として働いてるなんてことが一般庶民にバレたらそりゃまずかろう。
宰相閣下が用意してくれたのは、前から数えて三番目の席。広場までは大体十メートルないくらいだろうか。
周りに座っているのは、いかにも貴族!な方々ばかり。女性のほとんどが、隣の席をふさぐほどボリュームのある色とりどりのドレスを着込んでいる。もちろん化粧もばっちりだ。
ちょっと浮いてるかな…と不安に思い始めたところ、ライラが耳元でささやいた。
「気にしなくていい。ほとんどが結婚相手を探しに来てる。社交シーズン以外で公に交流できるのが新年祭くらいだから」
なるほど。よく見れば若い男性の姿も多く、ちらちらと着飾った女性に視線を送っている。
座っている席がそのままその人の身分を示しているので、相手探しにはうってつけらしい。
大変だね、貴族の人も。
昼の鐘を合図に、広場に王族の方々が入って来られた。
それまで騒がしかった客席は水を打ったように静まり返った。
先頭にいるエディくんと似た金髪の男性が王様だろう。額に宝石を散りばめた冠をつけて、地面につきそうなほど長いマントを羽織っている。厳めしい顔はどことなくアルドさんにも似てるかな?さすが王者の貫禄、だ。
王様に続いて入ってきたのはアルドさん。その姿に周囲の令嬢から熱い吐息がもれたが、私も全く同じ気分だ。
艶やかな黒髪、星を閉じ込めたような灰色の瞳、いつもと違う王族の正装がたまらない色気を醸し出している。間近にいたら間違いなく飛びかかる自信がある。
だらしなくやに下がらないよう表情筋に力を入れていると、ふとアルドさんが客席を仰ぎ見た。
あれ?目が合った?
気のせいかなと思いつつ、胸元で小さく手を振ってみた。
少しだけ目を見開いたアルドさんは、やがて目尻を下げた。
あれは、笑いたいのを堪える顔だ。
こんな偉いさんばっかの席に普段着丸出しのワンピースで座ってんなって?
場違いなのは百も承知ですよ。だって見たかったんだもん。
恥ずかしさに顔をあおぐ私は、横でライラがしかめ面をしていたことに気付かなかった。
おかしいな…。
なかなかデートにたどり着かないな…。