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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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星持ち様、新年祭の始まりを告げる。

 カティーラの時刻の移り変わりは、鐘の音で知らされる。

 それは私が弁当を売っていた村も、この王都も同じ。

 夕の鐘が鳴ると、もの寂しい気持ちになるのも同じ。


 街の中心部に作られた櫓を見上げながら、ぼんやりと考える。

 櫓…というか、これはあれだ。巨大キャンプファイアだ。


 一抱えほどもある太い木材を交互に組み合わせ、小さなビルくらいの高さまで積み上げられてある。


 その周りには溢れるほどの人。それまではざわざわと騒がしかったのに、鐘を合図に皆口をつぐんでいる。


 多くの視線が向かう先には、二人の星持ち様。

 一人はまだ若い栗色の髪の女性、もう一人は女性よりは年嵩の黒髪の男性。


 この二人は、最近のアカデミー卒業者の中から選ばれた優秀な星持ち様らしい。

 本当はエディくんがあそこに立っているはずだったが、王族にはこの三日間ぎっしりと公務があるため、次席の黒髪の男性が選ばれたのだとライラが教えてくれた。


 夕の鐘が鳴り終わると、二人は厳かに櫓に近づき、両手をかざした。


 次の瞬間、空までのびる火柱が立った。


「…わ!」

 大きな火柱に思わず顔を覆うが、熱くない。どうなっているんだ?

 ぽかんと口を開けていると、ドッと広場に集まった人たちの歓声が沸いた。


「女性が風で壁を作って、男性が中で火を点けているから熱くない」

 私の顔を見てちょっと笑ってライラが教えてくれる。

 間抜けな顔してましたね、すみません。


「これ、祭りの間中ずっと点けておくの?」

「うん。何人かの星持ちで交代しながら点けておく。新年を迎えるための神聖な火だと言われている」

 なんでも、絶やすとその年は災いが起きるとか言われているそうだ。

 火を守る星持ち様の重責を思うとぞっとするが、とても名誉なことだそうでやりたがる星持ち様は多いらしい。


 しばらく火を眺めていた人たちも、街のあちこちに散っていく。

 現在いるのは中央広場だが、西の広場には大きな舞台が組まれていて歌劇をやっているらしい。屋台もたくさん出ていて、店先につるされたランプが幻想的な通りを作り出している。


 王都に来るのは初めてだ、と私が言っていたので、ライラが簡単な地図を用意しておいてくれた。

 王都はちょうど碁盤のように区画整理されていて、それぞれ番地がふられている。とってもわかりやすい。西―3-6なら、西地区の3ブロック6区画目という感じで、縦と横をたどっていけばすぐわかる。地図を見るのが苦手で、くるくる上下を回転させる私でも、これならわかる。


「どこに行きたい」

 ちょっと首を傾げながらライラが言う。

 今日のライラは白いコートを着ている。フードや袖まわりにファーがついていて、すごくかわいい。

 ライラ自身がオコジョか何かのようだ。

 抱きしめてぐりぐりしたいが、我慢。オコジョが逃げたら悔やまれる。


 何か食べたい、という私の提案でまずは屋台めぐりから始めることになった。

 このまま屋台で時間をつぶしながら西の広場へ行けば、ちょうど歌劇の時間にも間に合うだろうとのことだった。


 屋台、といっても私の慣れ親しんだものはほとんど見ない。

 あえて言えば、肉を串にさして焼いてあるようなものは、なじみがあると言えばある。

 でも、綿菓子もりんご飴もなければ、切れ目を入れたイカも、ちょっと生焼けのたこ焼きもない。

 普段はほとんど感じなくなった郷愁を、こんなところで思いがけず感じてしまう。

 弟と焼きそばをわけっこして、肉の取り合いになったっけ。うっかりもののおばあちゃんが綿菓子をつぶしちゃって泣いたっけ。



「リリア、行こう」

 ぼんやりとしていた私の手をライラがつかんだ。手袋ごしの温かさに、ハッとする。

 今私がいるのはここ。私はリリア。

 過去を忘れる必要はないけれど、今を見失ってはぐれてはいけない。

 つなぎとめてくれる手を、そっと握り返した。



 西の広場に到着するまでに買ったのは不思議な色のスープとマフラー。

 スープはじゃがいものポタージュに近い味がしたが、色はどう見ても緑。緑色のイモがあるのだろうか?

 マフラーは思った以上に寒かったので、購入。ライラも買うと言ったのでおそろいにした。私がオレンジ、ライラが青。ライラの白い肌をより引き立たせ、瞳の色ともよく合っている。

「かわいい。よく似合ってるよ」

「……ありがと」

 リボンの形に巻いてあげながら言うと、ライラが頬を染めてうつむいた。

 美少女っていいね。



 西の広場では、恋の歌劇が行われていた。

 ある国の不遇の王子が侍女と手に手をとって逃げるという、ありがちなストーリーだった。だが、主役の王子様がなかなかにイケメン。朗々と歌い上げる姿も凛々しく、見惚れてしまう。相手役の侍女も線の細い可憐な人で、庇護欲をそそる。


「実際は王子様と侍女なんて無理だよね」

 こっそりライラにささやくと、珍しくライラがにっこりした。

「物事には段取りがあるから。きちんと手順を踏めば無理ではない」

「うーん…。それは確かにそうかもしれないけど」

 納得はいかなかったが、ライラは前を向いてしまったので、会話を中断させる。

 家よりも自分の思いが大切、と言っていたライラだから、彼女が侍女だったとしても王子様と恋は成就させるのかもしれない。たくましい限りだ。


 私は…と思い、無理無理とすぐ頭を振ってしまう。

 アルドさんのことは好きだけど、その後ろにあるものを思うともう一歩も進めない。


 王子様だと知らなかった頃は正直もっと前向きだった。

 でも今は自分の気持ちがわからない。


 アルドさんのことを好きでい続けると、どうしてもぶつかるのが身分の壁。

 もし、万が一、アルドさんが私のことを好きになってくれたとしたって、障害が多すぎる。

 たとえ、周りにもろ手を挙げて祝福されたって(あり得ないけど)、アルドさんについて回る義務や責任はなくならないし私にもそれは求められるだろう。


 それをわかっていながら、踏み出す勇気がない。

 王子様、素敵!と素直にはしゃげるほど、私は幼くない。アルドさんが王子様でいる以上背負っているものを見てしまうのだ。


 あの歌劇の侍女だって、同じだったのではないだろうか。

 王子様のことがどれだけ好きでも、王子様にどれだけ思われていても、同じ道を歩いていけるかとは別の話だ。それをわかっていたから、侍女は身を引こうとしたのではないか。


 シンデレラストーリーと簡単に言うけど、シンデレラは血がにじむほど大変だったろう。愛だけじゃ乗り越えられないことはいっぱいあるのだ。


 はあ、と息を吐くと白く染まった。

 不毛だな、と思う。


 それでも、通信が入ればうれしいし、明後日会えるのもとても楽しみだ。

 新年祭中は王族は公務にまわるそうなので、うまくいけば公務をこなすアルドさんを見られるかもしれない。


 アルドさんが王子様じゃなかったら良かったのに。

 別に大きな権力も地位もいらない。

 あの穏やかで優しい人が好きなだけなのに。


 歌劇の中で身分違いの二人が固く抱き合うのを見ながら、ぼんやりと考えた。


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