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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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星持ち様、特別授業。

 アルドヘルム・ハートフォード・フォン・カティーラ


 名前の意味としては、ハートフォード公爵のアルドヘルム、カティーラの継承権がありますよ、ってところだ。

 カティーラも周辺国も、王族は大抵爵位を戴いていることが多い。

 王位を継いだり、王に嫁いだりすれば爵位は自動的に消滅するが、そうでなければその爵位を子孫まで継いでいくことになる。

 その論理でいくと、爵位が年々増えていくことになりそうだが、ある程度のところで調整するのだとミンティ先生が教えてくれたことを思い出す。



 身分が高い人だとは思ってたけど、まさか王子様だったとは。

 誰かもうちょっと早く言ってほしかったなとは思うものの、いきなり王子様だよ、とか言われてもまともなリアクションはとれそうもない。


 だって王子様とか言われたって。


 今まで普通に接してきたのに、どうすればいいんだ。

 ついでに野菜と魚が嫌いな腹黒は第二王子だと?


 王子様が弁当屋の常連で、しかも身元保証をしてくれて。


 今まで自分がしてもらったことや、相手にとってきた言動を考えると非常に恐れ多いが、いまいちピンとこないというのが正直なところだ。


 何せ、公爵だの侯爵だの王子だの言われても、そんなものは本の中か、遠い外国での話だと思っていたのだ。

 いまさら感が半端ない。



「リリア、眉間にしわ」

 翌日来ると言った通り、お見舞いに来てくれたライラが自分の眉間を指しながら言った。

「ああ…。何も知らなかった自分の愚かさを嘆いてたとこ」

 答えながら、戻ってきた喉?肺?の調子に安堵する。

 私のことばに、納得したとライラが頷いた。

「昨日、アルにきいたの」

「うん。…てか、ライラも知ってたのに何で言ってくれなかったの」

 思わず恨みがましい口調になってしまう。

 アルドさんとエディくんは王子様。宰相の娘であり、王太子妃候補のライラが知らないわけがない。

 しかも、アルドさんにきいた話によれば、ライラとは幼い頃から交流があり、わりと親しい間柄だとか!


「アルとエディが言わないってことは、勝手に私は言えない。それに二人が星持ちとして動いているときは、王族扱いしないっていうルールがある」

 でも、黙っていてごめん。ライラはちょっと眉を下げた。


 なんでも、優秀な成績を修めてアカデミーを出たアルドさんは国民のためにその力を使いたいと強く望んだそうだ。だが、星見台も国の要人もいい顔をしなかった。

 当然だろう。国の大事な人が星持ちとして国中を飛び回るなんて、いくら実力者だとはいえ危険すぎる。


 だが、アルドさんは譲らなかった。自分が王族であり続けられるのは、国民がいるからだと。自分が星持ちとして認められたのは、星持ちでない人たちを助けるためだからだと。それを疎かにして、王族だ王子だなどとは名乗っていられない、と。


 結局折れた星見台と国が提示したのが、できうる限り身分を隠すこと、という条件だった。

 幸い、よほど特別な時でないと王子として人前に姿を現すことはないため、顔はそれほど知られていない。侯爵以上の貴族や一部の星持ちには知られているが、そういった者には見て見ぬふりをしろと通達があった。星持ちとして動いているときは、王子ではなくただのアルドとして扱うようにと。


 アルドさんが頑張って道を切り拓いたおかげで、エディくんは難なく後を追うことができたそうだ。よかったね、次男。

 でも、私の予想では、エディくんは国民のために星持ちになったのではない気がする。なんとなくだけど多分当たってると思う。


「はぁ…。なんていうか、すごい人だねえ」

 貴族だというだけで威張り散らす奴もたくさんいるのに。王族でいられるのは、支えてくれる国民あってのこと、だなんてカッコよすぎる。

 他の人がそんなこと言ったらクサいことになりそうだが、アルドさんなら素で言って様になりそうだ。


「高潔で純真、穢れなき王子と言われている」

 うわぁ、恥ずかしい名前。

 たまに有名人が恥ずかしい二つ名を付けられてたりするが、穢れなき王子も大概恥ずかしい。

 私だったら耐えられそうもない。いやぁ恥ずかしい。


「だったら、緋翼の対で、アルドさんが白でよかったんじゃないの?」

「アルは黒髪で、黒を好んで着ているから、黒翼。エディは金髪で、白を好んでるから。…緋の理由はきいたの」

 ためらいがちにライラがきいてきた。

 緋の理由。そして、なぜ緋翼の君を頼るよう私に言ったのか。

「うん。きいた」

 緋翼と呼ばれ始めた事件のこと、真相が明らかになっていない部分、噂でささやかれている部分、アルドさんが信じている部分。


「アルドさんとしては、ルーベントさんは優秀な“心”の使い手だから、使い方を教えてもらえたらと思ってたみたい。噂ではなく、自分自身が見てきた叔父を信じてるからって」


 今でももちろん叔父を信じている気持ちはあるが、ルーベントさんは今回私が怪我をした件に一枚かんでいるらしい。

 そのため、叔父には近づかないでほしいと言われた。近づいてくる分にはどうするんだと言ったら、ルーベントさんはしばらく見張りが付き塔から出られないそうだ。


 私を刺したのはナージェ。唆したのはサリエラ。

 …そのどこにルーベントさんが関係してたんだろう?


「私も、王弟殿下には近づかない方がいいと思う。…でも“心”の使い方はどうするの」

「なんか、エリクさんが教えてくれるんだって」


 とっても多忙な医療師長様だが、その合間をぬって教えてくれるそうだ。

 なんでも、そのくらいはさせてほしいと向こうから申し出てくれたとか。


 なぜだかよくわからないが、もらえるもんはもらっとこうの感覚だ。好みのおじさまだしね。


「…よかったね」

 ほんのり微笑んだライラは、ギュッとしたくなるくらい可憐でかわいい。

 早く退院して、ライラと同じ部屋に戻りたいな。

「退院したら紅茶淹れてね」

「じゃあ、リリアはクッキー焼いて」

 取りとめのない、でも心がほっこりとする会話が、とても愛しかった。



 ◇◇◇◇◇


「ぼやっとするな。真剣に魔力を探れ」

 手元の書類から目は上げずに、エリクさんの怒声が飛ぶ。


 いつも思うが、この人の目玉は二つだけじゃないと思う。気配に敏いというか、勘が鋭いというか。


「…はい」

 頷いて、手元のカップを持ち上げ口に運ぶ。

 柑橘系の香りがついた紅茶。ほんのりとした渋みと甘味の向こうにある魔力に必死に集中する。


 久しぶりに会った人の名前を思い出すときのような、あーほらほら、あの人なんだっけ…とやるときの感覚。


「……怒り、ですか?」

 おずおずときくと、鋭い金色の眼差しがこちらを見た。

「やり直しだ。そんな漠然としたとらえしかできなくてどうする」


 無情なジャッジに頭を抱えてしまう。

「うぁあ~…。師長~!もう私おなかがちゃぽちゃぽ言ってます!!」


 さっきからお茶を淹れられ、飲み、込められた“心”を探っていたため、十杯以上紅茶を飲んでいる。小さめのカップを使ってはいるものの、胃はすでに水音を立てている。


「俺だって、何度も茶を淹れるのは面倒だ。飲むくらい我慢しろ」

 憮然と言いながら立ち上がったエリクさんは、ポットに新しい茶葉を入れた。


 もう嫌だ、と泣きたくなるが、エリクさんの仕事は本当に忙しい。この時間だって、本来なら書類整理にあてるか、仮眠をとっているべき時間なのだ。

 私のために時間を割いてくれているのに、泣き言はあまり言えない。


「……ちょっと、先にお手洗い行かせて下さい」

 でも出るものは、仕方ない。



 エリクさんによる特別授業は私が退院した翌日から始まった。

 やることは大きく二つ。

 エリクさんが込めた“心”を読み取ることと、指定された通りの“心”を食べ物や飲み物に込めること。


 “心”は直接肌に触れた方が伝わりやすい。だが、こちらの練習から始めるのはやや危険らしく、間接的なものから始めることになったのだ。


 私は宿題として出された“心”の魔力を込めて、お菓子や弁当を作って持っていく。

 エリクさんはお茶を淹れて、“心”の魔力を込めて私に当てさせる。

 ちなみに、なぜお茶なのかときいたら、料理はできないからとあっさり言われた。


 今日私が持ってきたのはクッキーだ。ココア生地とメープル生地を互い違いに組み合わせたチェック模様。

 “心”の魔力を込めることが目的の宿題だから、手の込んだものは必要ないのだが、つい。ライラも喜んで試食してくれるから、つい。


 おいしくできたと思うんだけど…と見ていたら、クッキーをかじった医療師長どのは吠えた。


「阿呆か、お前は!何を込めてきた!必死になりすぎて執念しか感じないだろう!」


 そんなの言われたって。

 半泣きになりながら、私は新しいお茶をすすった。

 しょっぱくて味がわかんないよ…。





お読みいただきありがとうございます。

ルーさんの血まみれ話は、後日別で出てきます。


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