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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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〈幕間〉送られる想い〈別視点〉

 父からの、いつもと違う手紙が届いたのは、アカデミーに入って四年目のこと。


 急なお願いで申し訳ないがどうか受けてほしい、と普段気弱な父にしては強い調子で書かれた手紙だった。


 何でも、今度アカデミーに入学してくる子を私の同室にするので気にかけてほしいらしい。


 同室にする、と簡単に言うが、いくらうちの父でもアカデミーの部屋割りには口を出せないだろう。ここは国の法よりもアカデミーの法が優先される特別な地なのだから。


 同室になれるかはわからないが、なったなら気にかける、と父には返事をしておいた。

 



「リリア・ブリットと申します。よろしくお願いいたします」

 略式の礼をとって、黒髪の女性が微笑んだ。

 金髪人口が多いカティーラでは珍しい色。それに、瞳の色もこげ茶と暗い。どこか異国の血を引いているのかもしれない。


 本当に、父の言う通り彼女は私の同室になったらしい。気にかけろといっていたが、何をどの程度なのだろうか。お世話できるほど私にも余裕があるわけではないから、限界もある。


 だが、リリアは思っていた以上にしっかりした女性だった。

 アカデミーの細かい規則こそ知らないが、他の人とトラブルにならない方法や振る舞い方もしっかり身に付けていたし、何より受講態度もとても良かった。

 どうも、入学前に慌てて身に着けたらしい礼儀作法などは、自室では早々にやめてしまったが。元々、私もそんなに育ちがいいわけではないから、気にならない。

 リリアは面倒くさがりなのに、負けず嫌いなため、やり始めるととことんやりきる。スタートは遅いが、走り出したら止まらないタイプのようだ。


 寝食を惜しむといえば大袈裟だが、必死に予習復習をする彼女に理由を問えば、少しでも早くアカデミーを卒業したい、と返ってきた。

 年をきいたら二十歳と渋い顔で教えてくれたので、妙に納得する。


 アカデミーの在学期間は人によって差はあれど、十年から十五年くらいかかると言われる。学科専攻にしても、五年はかかる。五年経ち、二十五になってしまえば、カティーラでは立派な嫁き遅れだ。

 十二で入学し、ようやく折り返し地点に来た私も、卒業するころには結婚適齢期まっただ中だ。うかうかしていると婚期を逃すことは必至だ。私は一生独り身でも構わないが、一般的に考えて四つ年上のリリアが早く卒業したいというのはわかる。

 二十三くらいで卒業できるといいねとリリアに言ったら、とても苦い顔で頷いていた。



 リリアとの同室生活は、とても快適だった。

 四つ年上の女性ということもあり、自分のペースを守りつつ私のペースも乱すようなことはしない。とても居心地の良い相手。



 ある日、リリアがクッキーを焼いてくれた。講義で習った魔力の応用法で作ってみたらしい。


「私、星なしだから。バターは湯煎で溶かしてたし、かき混ぜるのも木べらでやってたよ」

 魔石を使ってるから超高級クッキーだね、とため息をつきながら言う。


 勧められるまま、まだ温かいクッキーを一つ手に取って食べる。

 ほどよい甘味とチーズの塩味がまじりあい、ほろほろと口の中で崩れていく。

 そっと目を閉じて魔力を探ると、火と風。

 材料を溶かすのに火石を使い、かき混ぜるのに風石を使ったのだろう。


 おいしい、と言おうとしたところ、ふと何か違った魔力を感じて、首をかしげる。


 もう一度慎重に探り直した。


 火、風…そして。


 温かい、優しい、“心”。


「あ、口に合わなかった?チーズは好きかと思ったんだけど」

 動きを止めた私に、慌ててリリアがきいてくる。

「ううん」

 首を振り、もう一つ口へ運ぶ。

 やはり、火と風、そしてわずかだが、“心”。

 魔石や人から放たれた魔力は、時間とともに空気中に霧散していくため、先ほどよりも弱くはなっている。


「これは、私に焼いてくれた?」

 それでも、“心”は私に向いていた。決して押しつけがましくはないが、感謝や好意であふれている、とても温かいもの。


「うん。いつもお世話になってるから。ありがとう、ライラ」

 はにかんだ友人の顔を見て、母を思い出した。



 私の母は、ほんの少しだけど“心”の魔力を扱うことができた。“心”の魔力は良くも悪くも注目を集めてしまうから、と母はそれをひた隠しにしていた。

 それでも、私が怖い夢を見て泣いているときは、いつも温かい“心”を送り、宥めてくれた。

 友達と喧嘩をして落ち込んでいるときには、甘いお菓子を作ってくれた。甘いお菓子に溶けたほのかな“心”の魔力は、いつも私を励ましてくれた。


「あなたを愛してるわ、ってことばにしなくてもこんなに伝えられることは、とても幸せよ」


 “心”の魔力により苦しめられたこともたくさんあっただろう母は、よく言っていたものだ。



 リリアは自分の魔力を全くコントロールできないようだった。

 つまりは、彼女から注がれる“心”はありのままの彼女の想い。


 こんなに開けっ広げで大丈夫だろうか、とこちらが不安になるほどの真っ直ぐな気持ちを伝えられるたび、リリアへの私の好意も募っていった。


 星がないのに、“心”の魔力を扱える。

 星がないのに、私より四つ年上。

 不思議に思わないと言ったら嘘になるが。

 リリアから向けられる心地いい“心”が、そんな小さなことはどうでもいいか、と思わせてくれた。




 紅茶を蒸らしている間、落としていた砂時計が音もなく終わった。ぼんやりと考えている間に、随分時間が経っていたようだ。

 リリアの入浴時間は大体同じだから、帰ってくるのを見計らって淹れた紅茶だったが、まだ彼女は戻らない。


 湯あたりでもしてしまったのだろうか。それともどこかで誰かと話し込んでいるのか。

 時間をかけて入浴するときは、必ず言っていくリリアなので、出たあとに何かあったのか?


 しばらく待ったが、どうにも落ち着かない。


 部屋着の上にショールを羽織り、部屋を出た。




「誰か!医療棟に早く!」

 浴場へ向かう廊下の最後の角を曲がる手前で、悲鳴がきこえた。


 慌ててそちらへ駆け出すと、顔色をなくした女生徒の足元に伏す見慣れた姿。



 床にみるみる広がっていく赤黒い染み、蒼白といっていいほどの顔に乱れた黒髪がかかっている。



「…リリア!」

 慌てて駆け寄り、軽くゆさぶっても瞳はかたく閉じられたままだ。震える手で、傷を確かめる。


 左脇腹に大きな傷、そして背中にも二ヶ所。

 急速に手先が冷えていくのを、何度か握り、感覚を無理矢理取り戻す。


 傷を、塞がなければ。

 医療師が来るまでに、少しでも出血を抑えなければ。


 血液の凝固を助けるため、水を奪い風を送る。もどかしいほど、ゆっくりと魔力がリリアに送られていく。


 腹部の傷を塞いでいる間も、背中からどんどん出血していっている。


 早く、早くと焦るたび、注がれる魔力がぶれてしまう。


 言いようもない焦りと、間に合わないのでは、という絶望が襲ってくる。



 友達の命も救えず、なにが首席だ。

 いくら普段できていても、今できなくて、どうする。



 涙で視界が曇るのを、強く頭を振って払う。


 リリアが送ってくれた想いを受けとるばかりで、まだ何も返せていない。


 まだ、何も言ってない。


「リリア、目を開けて…!」


 つぶやいた声は、廊下の奥からきこえてきた足音にかき消された。

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