星持ち様(仮)、思いを打ち明ける。
ライラが連絡をとったのは、彼女の出身の街にある星見台だった。
「こちらは星見台ラトーヤ支部でございます」
涼やかな女性の声に、ライラが答える。
「私はアカデミー在学中のライラ・ディルスです。今一緒にいるリリア・ブリットが身元保証人と連絡が取りたいと言っているのですが、取り次いで頂けますか」
直接アルドさんに連絡を取るのかと思っていたので、ちょっと意外。きいてみると、通信機で連絡を取り合う際には、それぞれの通信機の識別番号が必要だそうだ。当然私はアルドさんの番号は知らないので、星見台に連絡をとってもらうのがいいだろう、ということだった。
個人的に連絡をとることはできません、と突っぱねられるかと思ったが、どうも通信機の向こうの女性はライラの知り合いらしく快く受けてもらえた。
「リリア・ブリットさんの身元保証人……、アルドヘルム様ですね」
記録と照合いたしましたので連絡をお取りします、と女性が答えてくれる。
「ただ、お忙しい方なのでお時間はいただくことになると思います」
少し申し訳なさそうな声。
いいか、とライラが私を見てくるので頷く。アルドさんが暇でブラブラしてるなんて思ってもないので、待ちますとも。
「そういえば、リリアはどうして王弟殿下と一緒にいたの」
星見台との通信を終えて、紅茶を一口飲んだライラがきいてきた。
あー。説明してなかったな、それ。
昼間の庭園の件から始め、私がナージェに危害を加えたと学長たちに疑われたこと、どうもそれはサリエラの報告によるものらしいことを伝える。
「腕輪をはめられそうになったとこに、乱入してきたのがルーベントさん」
あれは、助けにきたわけではないと思うんだ。本当に、面白そうだから割り込んだんだろう。愉快犯だ。
静かにカップを置いたライラが俯く。
「あのとき、確かにリリアからナージェに“心”の魔力が送られていた」
「えっ?!」
ライラのことばに、ひやり、とお腹の奥の方が冷たくなった。
知らないうちにとはいえ、人を傷つけたのか?入院が必要になるほど?
「でも、せいぜい少し心を乱される程度の量だった。壊れるとは考えられない」
私が固まったのを見て、慌ててライラが首を振る。
「多分、他に…」
言いかけたライラがことばを切る。目線を向けたのは部屋の隅に置いた魔石。
少し迷うように視線をさ迷わせてから、深く息を吐いた。
「もう場がもたない。ここからはきかれても困らない話を」
私が頷くのを確認して、ライラが風で覆われた場を解いた。
魔石が輝きを失った途端に、廊下を誰かが歩く音や、窓から風の音が入ってくる。
まだ見習い中とはいえ、こんなことができてしまうライラは本当にすごい。それを鼻にかけたりしないところもまたいい。
さすがに魔力を多く使ったのか、ライラの横顔にうっすら疲労が見えた。
「ごめんね、手伝えなくて。私のことなのに」
同室になったときに、私が星なしだとライラには打ち明けてある。彼女は特に驚きもせず、その後も私がアカデミーにいる事情もきいてこない。
「いえ。あのときリリアが来なかったら、私が学長室に呼ばれたと思うから」
ライラはほんのちょっとだけ口角を上げる。
どういうことだ?と首をかしげかけて、ライラの言外に気付く。
ライラはおとなしいけど温厚ではないようだ。敵にまわさないように、くれぐれも気を付けよう。
翌日、寮監を経由して学長からの手紙が届けられた。
それによれば、事件に関しての調査が不十分であるという申し出があったため、私の処分は保留になったらしい。ライラが昨夜、証言を学長へ持っていってくれたのも大きかったようだ。
保留ってなんなのさ。まあ、真犯人が出ないうちに無罪放免はないってのはわかるけど。
手紙の締めには、どこにいても監視されていると思うように、とあった。
本当に、うんざりだ。
講義中、イライラしながらノートに熊と狐の似顔絵を描いていたら、隣に座った知らない子に小さく笑われてしまった。
いかん、学科しか受けてないのにサボっては。
何とか気持ちを立て直し、午前の講義は終わった。昼食をとりに食堂へ向かうとマデリーンが立ちはだかっているのに気づく。
ごたごた色々あったので久しぶりな気がするが、何のことはない、一昨日会ったばかりだった。
「ごきげんよう、リリア・ブリット」
ごきげんよろしくないですよ、と思いながら、私も挨拶を返す。そもそもなんでこの人は私をフルネームで呼ぶんですかね。
「こちら、よろしいかしら」
マデリーンが指したのは、私の向かいの席。
え、なぜ?そんなに好感度上がってましたか?
「…構いませんけれど」
私の返事を受けて、マデリーンが優雅に腰かけた。
色々アホっぽいマデリーンだが、いいとこのお嬢様なだけあって所作は美しい。手入れの行き届いた金髪はいかにも柔らかそうだし、赤茶の猫目も生意気そうには見えるが魅力的だ。容姿は上の中くらいと言ってもいいんじゃなかろうか。
もちろん、しゃべったら台無しだけど。
「リリア・ブリット、あなた学長室に呼び出されたそうね」
ごく小さな声でマデリーンがきいてきた。
嚥下しかけていたパンがぐっと喉につまる。慌てないように、水を一口。
もうその話が知れ渡っているのか?狭いアカデミー内だから、そのうちに知られるだろうとは思っていたが、昨日の今日で?
「ええ。なぜそれを?」
あっという間に味がわからなくなった食事を脇に寄せながらきく。
「心配なさらなくても、皆に知れ渡っているわけではありませんのよ」
優雅にカップを傾けるマデリーン。香りからしてハーブのお茶だろうか。
「ですが、わたくしは見逃しません。あなたがこのアカデミーで何を行い、何を学び、何を思うのかをつぶさに見届けますわ」
マデリーン。それは堂々たるストーカー宣言なのか。
ここまで思われて追いかけられると、正直だいぶ気持ち悪い。
「ええと、それは一体なぜですか?」
もしかしたら、私の勘違いかもしれないし。理由をきいたら、納得できるかもしれない。
なんだ、そんなこと、とでも言わんばかりに得意気にマデリーンが言い放つ。
「あなたの今後の人生とわたくしの人生が深く関わっているからですわ」
えええーーー。
何ですか、まじでガールズラブですか?
かわいい女の子は大好きだけど、あくまでもそういう対象としてではない。
相手の性癖を否定することなく断るには…。
「……気持ちは有り難いのですが、私好きな人がいまして」
私のことばをきいたマデリーンはサッと頬を染めた。怒ったの?
「あっ、あなたは!何を言っていますの!困りますわ!」
そのままの勢いで、失礼いたしますわ!と言い捨て立ち上がったマデリーンは、椅子にぶつかったり他の人の足を踏んだりしながら食堂を出ていった。
マデリーンのことを害はないけど騒がしい、と思っていたのを改める必要があるのかもしれない。
まともに男の人にモテた経験もないのに、女の子からストーキング…。
結婚も焦り出す年頃なのに、アカデミーに拘束中…。
悲しすぎる。
口に入れた冷めたスープは、先程よりしょっぱい気がした。