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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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〈幕間〉闇の中の手〈別視点〉

 照明を落とした病室で、少女の様子を看ていた若い医療師がふと息をついた。

 運び込まれたときと比べ、随分容体は落ち着いた。この分なら、明日頃には詳しい話がきけるかもしれない。


 噂にはきいたことはあったけれど、初めて見た“心”に喰われた患者。魔力を流し込んでも、バラバラになった精神は崩れ落ち、元には戻らないのではないかと危ぶまれた。


 ことが起こったのが医療師長がいるときでよかった、と心底思う。彼がいなければ、この少女はただの容器いれものになっていただろう。


 “心”の魔力で壊された精神は、“心”の魔力でしか治せない。出血を止めるため水や風を使うのとはわけが違う。“心”には“心”でしか触れられないのだ。医療師の中には“心”の魔力を使える星持ちが数名いたが、あくまでも使える、というだけだ。そんな中で医療師長はずば抜けて優秀な“心”の魔力を使える星持ちだった。


 医療師長が少女の額と胸元に手を当てながら魔力を送り込む姿がいかに凛々しかったことか。男女問わずその姿に見惚れ、感嘆のため息をついた。今も思い浮かべるだけで、うっとりしてしまう。


 いつかあんな風になりたい、と夢に胸を膨らませながら、若い医療師は病室をあとにした。




 速く、浅い呼吸を繰り返す少女。ベッドに横たえられた身体には玉のような汗が浮いている。

 起きているのか、眠っているのか。涙で頬をぬらしながら、うわごとのように繰り返す。

 怖い、と。


「あ…あっ!やめて!こな…いで!」

 少女はきつくシーツを握りしめ、いやいやをするように強くかぶりを振る。ベッドは乱れ、少女の長い髪が額や首筋にはりついていた。


 嫌、怖い、来ないでと繰り返す少女の手をそっと撫でる冷たい手が闇からのびる。



もう、怖いことなどなにもない、心配しなくて良い、と闇が告げる。リリア・ブリットはいない、と。



 告げられた名前に、少女が固く目をつむり甲高い悲鳴を上げる。嫌だと身をよじる少女を宥めるように冷たい手が撫でさする。



怖いのは、弱いから。怖いのは、待っているから。

強くなれば、怖くない。先に攻撃に出れば怖くない。



 話をきいているうち、少女の慟哭はすすり泣きにまでおさまっていった。


「つ、強く?」

 涙と鼻水に濡れた少女が闇を見つめる。

 くすり、と笑い声がきこえたのは気のせいか。



攻撃は最大の防御、とも言うでしょう。強くなれば、誰もあなたを害せない。



 闇に落ちる平坦な声は、奥底に愉悦と僅かな侮蔑を含んでいたが少女はそれには気づかなかった。


「攻撃…。わたくしが…強くなれば…」

 うわごとのように、少女がつぶやく。闇から肯定の声がする度に、少女の呼吸は落ち着いていった。


 撫でさする手がすっかり温もった頃、静かに眠りが少女を迎えに来た。その寝顔には、先ほどまでの絶望や恐怖感は浮かんでいない。


「おやすみなさい」


 弧を描いた唇が歌うようにつむぎ、来たときと同じく音もなく病室を出ていく。あとには少女の寝息だけがきこえていた。






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