星持ち様、塔に住む。
ちょっと危ない男性は、ルーベントと名乗った。薄茶の長い髪を紐でくくり、藍色の瞳を楽しそうに細めている。
年齢は三十代後半くらい?ナイスミドルというにはちょっと早い気もするが、容姿はまあ整っているだろう。
中身とのギャップに寒気がしてしまうほどには。
「アルドヘルムに言われなかった?東塔の僕のとこに行けって」
「え、アルドヘル…あぁ、アルドさんですか?」
きき慣れない名前に、首をかしげかけて思い当たる。
ルーベントさんはちょっと目を見開いた。
「え。何キミ、アルドヘルムの愛称しか知らなかったの?身元保証もしてもらってるのに?」
へらへらと笑いながら、ウケる~、と肩をばしばし叩いてくる。
あ~、なんだろう。出会ったばかりで、こんなにイラつく人も珍しいな。
なんでこんな人を私に紹介しちゃいましたか?アルドヘルムさん。
今度会ったら一言くらい文句言わせてもらおう。
アカデミーは北側に正門があり、東側に寮棟、西側に本館、南側に医療棟を置いている。
ルーベントさんがまっすぐ歩いて行ったのは医療棟だった。真っ白な建物に、大きめの窓ガラスがはめ込まれている。ミンティ先生が教えてくれたのだが、病人や怪我人のため、わざわざよく陽の当たる南側に医療棟を作ったらしい。
確かに、身体が弱っているときに暗いところにいると、余計滅入るもんね。
片手で自分の髪をもてあそびながら、勝手知ったる様子で医療棟へスタスタ入っていくルーベントさん。
え、いいのか?ここって確か申請書を出してからじゃないと入れなかった気が…。
うろたえる私には目もくれず、受付の小さな窓をノックした。
「ど~もぉ。ちょっとお邪魔していいかな」
ルーベントさんが小窓に顔を寄せると、座っていた女性がぎょっと腰を浮かせた。
「すっ…少しお待ちください!」
慌てて手元の通信機に魔力を送り込み、誰かを呼んでいるようだ。
だって!とか、できません!とか、女性が小さな涙声で反論しているのがきこえる。やっぱり門前払いなんじゃないか?と隣をうかがうが、奴は機嫌良く鼻歌を歌いながら枝毛を探しているようだ。
やがて、二階から一人の男性が駆けてきた。受付前に立つルーベントさんの姿を認め、さほど大きくはないが鋭い声を上げた。
「お前…!何でこんなところにいる!黙って来るなといつも言っているだろう!!」
短い金髪に同じ色の瞳、やや無精さを感じさせるヒゲ。痩せてはいないが、無駄な肉のない締まった身体つき。四十代後半くらいかな?
私はイケメンも大好きだが、渋いおじさまも好きだ。今の私はアルドさん一筋だが、ぐらっとくるくらい好みだ。いいもん見た。
「あははー。忘れちゃうんだよね。それよりさ、今日運ばれたっていう“心”の魔力に喰われた子に会わせてよ」
ぽかん、と口を開けたおじさまと、同じく口を開けた私の目が合う。何を言い出すんだこいつは、とあなたも思いましたね、私もです。
「そんなこと、できるわけがないだろう。大体その子はなんだ。なぜ連れ回している」
すぐに落ち着きを取り戻した様子でおじさまが唸る。
「またまたぁ、エリクならできるでしょー。医療師長なんて大層な身分なんだもん。ああ、この子は犯罪者扱いされそうなところを連れてきたんだよー」
僕エライでしょ、と大の男が首をかしげるのは、シュール以外の何物でもない。
思わず腕をさすってしまったが、エリクと呼ばれたおじさまも同じ気持ちのようで、吐き捨てそうな顔をしている。
「お前の話は全く要領を得ない。ちょっと来い。…そっちの子も」
通してもらったのは、簡素なテーブルと椅子がある会議室のような部屋だった。先程の受付嬢がお茶を持ってきてくれるが、手がぶるぶる震えている。何とかこぼさず提供できたのが奇跡ではなかろうか。
多分、というか、間違いなくこの男が何かしたんだろうな。さっきのやりとりを見る限り、普段からこんな感じに迷惑をかけているんだろう。
出されたお茶を飲みながら、庭園で起こったことから始めて学長室でのできごとまでを話した。私が話している間、奴はへらへらしながら茶菓子を頬張っていただけだった。
「なるほど。それで患者の様子を見に来たというわけか」
「そそ。僕直々に看てあげようと思って」
ルーベントさんが話し出すと、途端に苦虫を噛みつぶしたような顔になるエリクさん。
「お前に看せるまでもない。容態は快方に向かっている。それに、疑いが晴れていない人物と被害者を会わせるわけにはいかんだろう」
あー…、呪いの腕輪の刑は免れたけど依然容疑者ですもんね。
「それなんだけどさぁ、エリクもホントにそう思うの?」
こくり、とお茶を飲んで、ルーベントさんが笑う。
「錯乱してるっていう女の子、腕を少しの間つかまれていただけなんでしょ?それだけの時間で深部まで壊すなんて、すごいよね~」
「……何が言いたい」
エリクさんが睨む。肉食獣のような凄みに、思わず私が謝りたくなる。
睨まれても全く気にしないルーベントさんは、へらへらと続ける。
「そんな力があったら、僕なら目撃者全員壊すけど。だって話が広まると動きにくいもん」
物騒な物言いに、背筋が凍る。壊すって、どういう意味?殺す…ではなく?
「それにさぁ、そんなに力を持ちながら、アルドヘルムもエディラードも欺くなんて、すっごいよねぇ。それがキミならすっごく面白いのに」
すごいすごいと言いながら、ね?とウインクを私にとばしてくるのはやめてほしい。さっきから寒気が止まらないんだよ。
「まあでも、あんまり現実的ではないよね。こうして探っても、許容量は多くないみたいだし」
ひっ。
手を握らないで!
ぞわぞわ~っと私の肌が粟立ったのを、うふふと嬉しそうに眺めるルーベントさん。
「……今のところは、俺からは確かなことは言えない。ただ、可能性としては上に報告しておこう」
「あ、あの。なんの可能性ですか?」
ルーベントさんの手を振りほどきながらきく。ざんねーん、と間抜けな声がきこえたが、無視無視。
「被害者が精神面に大きな打撃を受けたのは明らかだ。ただ、それが一時に一気に与えられたのか、長期にわたって少しずつ与えられたのかは不明だ」
「では、長期にわたって与えられたのが明らかになれば、私への疑いが晴れるということですか?」
深いため息をつき、エリクさんが頷く。
「ただ、もし長期にわたって被害者の精神を喰った奴がいるなら、探し出すのは困難だろう。先程こいつが言ったように、巧妙に手口を隠しているだろうからな」
とりあえずエリクさんは私を頭から疑っているわけではなさそうなので、良かった。
こんな素敵なおじさまに犯人扱いされるのは嫌だ。熊と狐も不快だけど。
「じゃあ、もう行こうか~」
私の肘のあたりを引きながら、ルーベントさんが立ち上がった。
エリクさんが目をすがめて唸る。
「おい、その子はおいていけ」
「え。エリクいつの間に僕に命令できるようになったの?」
わあ、知らなかったとおどける顔は変わらずへらへらしているが、機嫌が悪くなったのははっきりわかる。
「…お前」
剣呑な空気をまとったエリクさんが立ち上がると、サッと機嫌の悪さを拭ってルーベントさんがへらへら笑う。
「やだ~。怖い怖い~!ちゃんと寮に送ったら僕も塔に帰るよ~」
行こう、とやや強引に腕を引かれ扉を出る直前、エリクさんがポケットから何かを放ってきた。
「リリア・ブリット、何かあったら使え」
放物線を描いて掌におさまったのは、小さな通信機だった。ちょうど地球儀のように丸い魔石に軸が刺さっていて、くるくると回転している。台座と軸には美しい彫刻が施されていた。
「あ、ありがとうございます」
使い方、わかんないけど。
星なしでも使えるんですか、これ。
…帰ったらライラにきこう。
医療棟を出ると、外はすでに日が暮れて星が輝き始めていた。