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星持ちと弁当屋  作者: 久吉
第二章 アカデミーと弁当屋
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星持ち様、虎か狼か。

 庭園から本館に戻る道すがら、ライラは一言礼を言っただけで、あとは何かを考えるように唇を引き結び押し黙ってしまった。


 事情はきかなくても大体わかったし、根掘り葉掘りきくつもりもないから構わないけど。

 急に私がしゃしゃり出たのが嫌だったのだろうか?それとも別れ際のサリエラの様子が気になるのだろうか?


「私はこっちだから。…またあとで」

 本館の入口でライラが顔をあげる。冬の湖のような瞳からは何の感情も読み取れない。


「うん。じゃあ夕食のときに」

 手を振って別れてからも、講義が始まってからも、もやもやした気分は晴れることはなかった。





「リリア・ブリットさん、すぐに本館四階の学長室へ行ってください」

 今日の分の講義を終えて寮に戻るなり、寮監のマチルダさんが呼び止めてきた。

 本館?しかも学長室?


「え…?なぜですか?」

「私には内容までは…。どうもお急ぎのようでしたけれど」

 いかにも田舎のおばあちゃん、といった風情のマチルダさんは申し訳なさそうに眉をひそめる。


「ああ、構いません。何となく想像はつきましたから」

 きっとサリエラの件だ。確か学長に報告するとか言ってたから、事実確認をするために呼ばれたのだろう。


 今歩いてきたばかりの道を引き返す。正直、気が重いので行きたくはない。事実確認をするなら、サリエラやナージェとも顔を合わせることになるだろうから。

 胸くそ悪くなるようなサリエラの微笑もナージェのキンキン声もお腹いっぱいです。



 学長室へ入るのは、アカデミーに入学して以来だ。

 型通りのノックをしてから扉を開けた。

「失礼いたします。リリア・ブリットです」

 淑女の礼をとり、目線を上げると正面の立派な椅子に学長が掛け、その脇に副学長が立っていた。

 蓄えすぎた熊のような学長に、痩せこけ神経質な表情の狐のような副学長。似顔絵を描いたらきっとそっくりに描けると思う。

 ナージェやサリエラがいると思っていたが、部屋には学長と副学長しかいなかった。


「ああ、急に呼び立てて悪かったね。ええと、まあ、なんだ。今回ここへ来てもらったのは…」

「学長、悠長に話をしている場合ではありません」

 熊が煮えきらない口調で話すのを、狐がイライラと遮り陰気な眼差しを私に向ける。

「リリア・ブリットさん。あなたは今日庭園でナージェ・バーロウとサリエラ・エイリーと会いましたね」

 会った。他にも参加者は何人かいたけど。

 私が頷くと、狐が一層まなじりを上げる。熊は首を軽く振りながら狐を手で制し、深く息を吐いてから続けた。


「ナージェ・バーロウは医療棟で治療中なのだよ。“心”の魔力を大量に受けたらしく、まともに受け答えもできない状態だそうだ。サリエラ・エイリーが報告したことによれば、それは君がやったことだと」

「えっ?」

 私がやった?

 …まさか、腕をつかんだあのとき?

 いやいやいや、まさか。


「私は、ナージェの攻撃を止めるため腕をつかんだだけです」

 慌てて弁解するが、狐は冷やかな眼差しをかえない。

「入学前の推薦書や調書を読むと、君は“心”の魔力を持っているとあります。ただ、コントロールはできないようで、売り物の弁当に魔力を流していた恐れがあると」

 人をバイオテロリストのように言わないで、と悲鳴を上げそうになったが、すんでのところで堪えた。

 事実だったのかもしれないが、弁当屋として非常に不名誉だ。

 調理師免許も持っていないし(そもそもこっちにない)、特にグルメなわけでもないけれど、8年間それなりに一生懸命やってきたつもりだ。


 悔しい。


 思わず目元が熱くなるが、ここでこぼすわけにはいかない。私にだって矜持くらいある。

 ひとつ、息を吸ってからゆっくり言う。

「確かに、私は“心”の魔力を持っていると言われました。ですが、わずかな量しか外部には流れていないとも。それでも、私がナージェに危害を加えたとおっしゃられますか?」


 じっと私を見ていた熊が深くため息をついた。

「それがな、今このアカデミー内の生徒で“心”の魔力を扱えることが明らかなのは君だけなんだ。現場にいたことも含め、君を疑わざるを得ない」


 そんな。


「小さな力だから、と今まで自由にさせてきましたが、ことが起こったからにはこのままあなたを野放しにしておくわけにはいきません。魔力を封じさせてもらいます」

「な…!」

 私の方へ一歩近づきながら、狐が鈍く光る細身の腕輪を取り出した。

 実物を見るのは初めてだが、魔力を封じるというなら、罪を犯した星持ちにつけられるという腕輪だろう。

 一度嵌めたら外すことはできない、とミンティ女史が教えてくれて、まるで呪いの腕輪のようだと思ったことをよく覚えている。


「これを嵌めなさい」

 私の手に腕輪を載せながら命ずる。

 ひんやりとした金属へ少しずつ私の体温がうつるのがわかった。



 嫌だ。


 わけのわからない魔力が封じられるなら、願ってもない。

 でもこれは犯罪者の証だ。

 疑わしいというだけで、犯罪者扱い?

 よく吟味もしないで?

 状況証拠とサリエラの証言だけで?



 絶対に嫌だ。



 嫌です、と腕輪を返そうと口を開いた瞬間、急に身体が後ろへ傾いた。


「はい、はーい!そこまで~」


 妙に明るい間延びした声が頭の上できこえた。

 身をよじって見上げると、知らない男性がいた。右腕で私をがっちり抱え、左手には私が持っていたはずの腕輪。


「なぜあなたが…!リリア・ブリットから離れなさい!」

 狐がひどく狼狽えながら、なぜか一歩下がる。

 私を離せ、というなら、そこは割り込むべきじゃ?


「楽しそうなことしてるなーと思って、出てきたんだよ~。僕もまぜてよ」

 へらへらと笑う男性に熊も狐も絶句した。ちなみに私もことばはない。なんなんだ、この危ない人。


「この子、国の保護受けてるんだよね?勝手にこんなの嵌めちゃっていいの?バレたらまずいと思うんだけど」

「…!それは…」


 返すよ、と無造作に投げた腕輪を慌てて狐が受け取る隙に、男性は私をぐいぐい扉の外へ押し出す。


「ちょっと!やめてください!」

「自分で歩くのと、運ばれるのとどっちがいい?」

 僕面倒なの嫌いだから早く決めてほしいなぁ、とへらへら笑いながら、男性が言う。

 無情にも背後で学長室の扉が閉まる音がした。



 犯罪者に担ぎ上げられるのは防げたようだけど…。

 これは…。


 前門の虎、後門の狼。


 昔懐かしいことばが、頭を過った。










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