星持ち様(仮)、私闘。
案の定、その日からマデリーンの猛追は毎日のように続いた。
寮の中でも私の行動パターンを把握して先回りする始末で、もうこれは通報レベルだと思う。この世界に警察がないのが悔やまれる。
話の内容は大したことはない。スカートがシワになってて恥ずかしくないのかとか、平凡な顔がみすぼらしいとか、本当にしょうもないものばかりだ。
ミンティ女史のような大人の女性に言われれば傷つくかもしれないが、一回り年下の娘っ子に言われても全く気にならない。遠くの方で小型犬がキャンキャン吠えているわ~、程度だ。
それでも貴重な勉強時間が減るのは痛いので、休み時間はマデリーンに見つからないよう、あちこちさまよいながら予習復習。アカデミーの敷地は広いので、探検だと思えばこれも楽しい。
今日の候補地は寮と医療棟の間にある庭園の片隅。
バラの生け垣が繁っていて、しゃがんでしまえば他からは見えないところが素敵。
早速ハンカチを申し訳程度に敷いて、芝の上に座った。
むき出しの足は少し寒いが、冬の柔らかい日差しが気持ち良い。本を読むのにちょうどよい明るさだ。
良い場所見つけたな。ここでランチをするのも気持ち良さそうだ。今度ライラを誘ってサンドイッチでも持ってこようか。
ほくほく気分で教科書をめくっていると、いくらも読み進めないうちに足音が近づいてくるのに気づいた。誰だ、私の楽園に。
そっと生け垣から目だけで覗いてみると、何人かの女生徒が円陣を組んでいた。
「あなたが不正を働いたことは明らかですのよ。いい加減認めて、しかるべき処分を受けなさい」
きこえてきた高飛車な声は、確かアカデミーのボスであるサリエラの、取り巻きナージェのものだ。黒髪に濃い紫の瞳は懐かしさを覚えなくもないが、仲良くしたいタイプではない。
いつもたくさんの取り巻きを連れ歩いているサリエラは、関わったら面倒くさそうなNo.1だ。平和なアカデミー生活のために、今まで全力でサリエラとその取り巻きを避けてきたのだ。
サリエラが向かい合っている相手は、と少し身を乗り出すと見慣れた金色の髪が見えた。…ライラ?
「不正はしていない」
いつも通り、淡々とした声でライラが答えた。表情もよく見えないが、こちらもいつも通りのように見える。
「まだ認めないおつもりですの?あなたが定期考査で首席をとるだなんて、不正以外のどんな方法があるとおっしゃるの」
取り巻きの少女たちがわめく。みんなそれなりにかわいいし肌もぷりぷりしているのに、目を吊り上げて口元も歪んでいるので、みっともないことこの上ない。せっかくいいもの持ってるのに、もったいないねぇ。
「あなたたちよりは努力しただけ」
私がのんびりながめていると、ライラがさらりと爆弾を投下した。
ぎょっと目を剥いた私の倍は驚いただろう少女たちが、騒ぎ立てる。
ライラが努力しているのは、事実だ。勉強時間も私より多いくらいだし、実技の予習復習も欠かさない。私たちの部屋で使う魔力はすべて彼女のものだ。魔石になるべく頼らず、繊細な扱いを練習したいと彼女が申し出たからだ。
なるべくして、首席になったんだろうと思う。
ただ、事実を述べていい相手と、だめな相手がいると思うよ、ライラ。
事実を述べて引き下がる相手と、激昂する相手がいて。この人たちは絶対に後者だ。
「バカにするのもいい加減になさい!」
ナージェが振り上げた腕には桃色の光が走っている。
は?こんなところで魔力を使うつもりか?!
「ちょっと!!」
危ない、と思った時には制止の声を発しながら、もう茂みから出ていた。
急に茂みから飛び出した私に驚いたナージェの動きは、俊敏とは言い難かった。取り巻きは貴族の令嬢で構成されているらしいので、もともと運動神経も鈍いんじゃなかろうか。
難なく彼女の腕をつかみ、ライラとの間に割り込むことができた。
「ごきげんよう、みなさん。このようなところで何をなさっておられるの?」
細い手首をねじりながら、馬鹿丁寧にきいてやる。驚きのためか、痛みのためか、みるみる桃色の光が霧散していった。
ああ、面倒なことに首を盛大に突っ込んでしまった。でもライラにはいろいろ世話になってるし、尊敬もしている。まだ完全に打ち解けたとは言えないけど、彼女さえよければこれからいい友だちになれると思う。なのに、ここで保身に走ったら、すごく後悔するだろう。
「い…ッ!!離しなさい…っ!!」
苦痛に顔を歪めてナージェが叫ぶ。
誰が離すか。私の(仮)ライラに魔力で攻撃をしかけておいて。
「あら、きこえなかったのかしら?あなたたちは、このようなところで、何をなさっておられるの?」
ゆっくりと子どもに言いきかせるように、言ってやる。
さらに力を込めると、びくりとナージェが震える。
「私には、あなたが、魔力を使ってライラ・ディルスを攻撃しようとしていたように見えたのですけれど」
どうなの?と取り巻きの少女の一人に目を向けて微笑む。
顔色をなくした少女たちは、誰も口を開かない。
サリエラだけが銀の髪を指先で弄びながら悠然と、どこかバカにしたような微笑みを浮かべている。
サリエラはどんなときも自分では手を出さない。取り巻きの少女たちをうまく煽り、唆すだけだ。絶対に自分の手は汚さない、どこまでも汚い女。
「確か、アカデミー内で魔力および魔石を使用した私闘は禁ずる…という規則があったような気がするのですが。私、入学したばかりで自信がないのですけれど」
サリエラに向かって言うが、微笑みでかわされる。
苛立ちがこみあげ、どうことばを返そうか唇を湿らせていると、急に悲鳴が上がった。
「い…や!!やめて!」
ナージェが腕を振りほどこうと、急に暴れだす。瞳は恐怖に見開かれ、髪をかきむしるような仕草を繰り返した。
なに?どうしたの?
私が呆気にとられているうちに、ナージェはつんのめるようにサリエラの元へ走っていった。
サリエラを見ると、さっきよりもいっそう艶然と微笑んでいた。
「失礼いたしました。…ですが、彼女の場合、未遂だったということで、許していただけませんか?今回の件はわたくしからも学長へ報告しておきますから」
「……わかりました」
ここまで言われれば、引き下がらないのもよろしくないだろう。
ライラにも怪我はなかったことだし…。
サリエラの後ろでガクガク震えているナージェが気になるが。暴力に訴えるくせに暴力には弱いってどういうことさ。
ライラを振り返ると、少なからず動揺しているようだった。
「ライラ、行こう」
微かにうなずいたライラを連れて、講義の行われている本館へ向かった。
マデリーンの年齢を修正しました。
十六歳です。